ヨーロッパ横断鉄道旅行-第4弾(ウィーン→プラハ)(17)

カレル橋の塔から
9日目

流れゆく歴史

 とうとうプラハを発つ日が来てしまった。地下鉄C線でいったんプラハ駅に行き荷物を預けた後、前日と同様にムゼウムでA線に乗り換え西に向かう。今度はヴルタヴァ川を渡る手前、スタロメーストスカーで下車する。

 地上に出てしばらく東に歩くと、旧市街広場に出る。ここはその名の通りプラハの旧市街の中心だった場所なのだが、「新」と「旧」の市街に分かれたのはカレル4世の時代(14世紀)のことである・・・。
 広場の中心には土台の大きなフス像が建っている。今まで見てきた街の広場のイメージを損なうことなく、この広場も昔ながらのスタイルの建物群や、聖ミクラーシュ教会ティーン教会などの大きな教会群に囲まれている。

 この広場の隅にあるのがプラハの旧市庁舎である。この旧市庁舎は、一番目立つ塔のある建物だけでなく、隣接する全く趣の異なる建物も含んでいるのが面白い。(隣接する建物を市が徐々に買い取っていったからなのだとか。)
 この市庁舎の塔からは、広場だけでなく、旧市街を中心としたプラハの市街地を一望することができる。どこまでも尽きることのない赤い甍の波。大都市でありながら、これだけの景観を保っているのは本当に素晴らしいと思う。
 旧市庁舎の塔の下には、天文時計と呼ばれる時計が備え付けられている。2枚の時計盤には時刻だけでなく、天動説に基づく天体の動きが描かれている。これだけでも見ごたえがあるのだが、毎正時になると時計上部の扉が開いて死神が鐘を鳴らし、続いて12人の聖人が現れては消えて行くという仕掛けがある。さらに、塔の上にラッパ吹き(こちらは本物の人間)が現れて演奏を始め、時計の動きに彩を添える。

 旧市庁舎の前から細くて曲がりくねった道を進んでゆく。観光客でごった返しているから、思うように進めない・・・。カレル通りと呼ばれるこの通り沿いには、壁にも様々な装飾を施した建物が並んでいる。スグラフィット装飾と呼ばれる黒地に白が浮かび上がる装飾の建物もある。実はこれも旧市庁舎の一部なのだ。

 かつてフス派に対抗したイエズス会が修道院を構えていたクレメンティヌムの前を過ぎると、またが現れる。この塔から先がヴルタヴァ川に架かるカレル橋で、その名の通り、チェコ王であり神聖ローマ皇帝でもあったカレル4世によって架けられた橋なのだ。
 塔に登ってみる。ヴルタヴァ川、対岸に聳えるプラハ城、そして無数の人が行き交うカレル橋。本当に絵画の世界にいるような気分になる。私の頭の中には、スメタナ作曲の「ヴルタヴァ」(交響詩『わが祖国』の第2曲で、日本人には「モルダウ」の方がなじみがあるだろう)が流れてくる。

 塔から下りて、私もカレル橋を行き交う一人となる。橋の両側には聖人などの人物像が並んでいる。像のない所には露店が並んでいる。だから橋からの眺めはさほど良くはないのだが、ここを歩くという行為自体が「プラハに来た」という証に感じられる。だからこれほどの人々が押し寄せているのだろう。

 対岸側の橋のたもとにもが建っている。この塔の下をくぐってしばらく進むと、マラー・ストラナ広場に出る。ここにも聖ミクラーシュ教会が建っているが、旧市街広場のそれとは似ていない。
 広場にあるレストランで昼食をとる。軽め?にハンバーガー、そしてチェコで飲む最後のビールだ。

 マラー・ストラナ広場から北に向かうと緩やかな上り坂になる。この辺りはプラハ城の麓だ。道の両側には、一続きの立派な建物が並んでいる。ようやく建物が切れたところで、公園らしきところにふと足を踏み入れると、そこは宮殿の庭園だった。そして、地下鉄のマロストランスカー駅はすぐそばだったのである。

 いったんプラハ駅に戻って荷物を持ち、再び地下鉄A線を西に向かう。A線の終点・デイヴィツカー駅から、空港行き119番市バス(2両)に乗る。市街地の西側の丘陵を上ってゆく。辺りは閑静な住宅街だ。やがて、道の脇にはところどころ岩がむき出しになった広い谷間が現れる。なかなか良い景色で、ピクニック向きの場所だ。トラムはこの辺りで終点になるが、バスはさらに進む。
 谷間が見えなくなった辺りで、バスは空港の敷地に入る。路線バスらしく敷地内の各所に立ち寄った後、ようやく空港ターミナルに到着する。

 それから3時間ほど後、私の体は大地を離れ、大陸横断の夢はまた眠りについた。

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