ヨーロッパ横断鉄道旅行-第14弾(ニース→マルセイユ)(17)



一望
 サン・ジャン要塞から乗った60番バスは、旧港からは超満員になる。そして急な坂を上る。坂を上るにつれ、道幅も狭くなる。もし歩いて行ったなら、とても疲れるだろうし、きっと道にも迷ったであろう。
 行き着いた先は、港からも見える大きな塔のある教会、ノートルダム・ド・ラ・ガルド聖堂だ。内部は、色の異なる石を交互に配した柱やアーチで構成され、天井は黄金に塗られるなど壮麗だが、意外に奥行きは狭い。には、信者から寄進されるEx-votoと呼ばれる絵馬のような小さな絵が多数並んでいる。

 聖堂の前からの景色には思わず息を吞む。そこからは、旧港を含むマルセイユの市街地を一望することができ、沖に目を転ずれば、イフ島・フリウル島の姿も見える。

 帰りも超満員の60番バスに乗り、旧港で下車。ここから地下鉄でサン・シャルル駅に向かう。駅からはマルセイユ空港行きのバスに乗る。バスは駅を出発するとすぐに高速道路に入る。途中渋滞もあってヒヤヒヤしたが、それほど遅れることなく、マルセイユの北西・ベール湖のほとりにある空港に到着。と思いきや、空港にはターミナルが実は2つあって、私は手前側にあるMP2と呼ばれるLCC専用のターミナルで降りてしまった。ターミナルに入ってから間違いに気づき、第1ターミナルまで歩くことに・・・。さらに、第1ターミナルは手前のHall1から4まで分かれていて、パリ行きの飛行機は一番奥のHall4から、ということで、キャリーバッグを引きずりながら、空港内を歩き回るはめに・・・。おかげで、今夜のフライトではよく眠れそうだ。

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ヨーロッパ横断鉄道旅行-第14弾(ニース→マルセイユ)(16)

要塞とMuCEM(2)
7日目
旅愁

 マルセイユを発つ朝となった。サン・シャルル駅から地下鉄に乗り、また旧港へ。そこから北岸のポール通りをしばらく歩く。やがて、道が北へと大きくカーブする辺りから左側に高い城壁が姿を現す。
 この城壁を登るにはどうすればいいのだろう?少なくとも道の左側には階段や入口は見当たらないし、何も案内板もない。前を見ると、城壁から道路をまたぐ細い橋があるではないか。ということは、城壁の入口は道の右側にあるということだ。
 そんなわけで道の右側を注意して見ていると、高台の上に教会らしき建物が建っているのが見える。とりあえず、そこまで登ってみよう。階段を上ってみると、それは確かにサン・ローランという教会であった。

 サン・ローラン教会から後ろを振り返ってみると、そこには先ほど下から見上げた通路があの城壁に向かって伸びているではないか。通路の上からは、マルセイユの旧港と、大型船舶のために造られたらしい新港の両方を眺めることができる。
 こうしてようやく城壁の中に入ると、何体もの巨大な首がつながった銅像に迎えられる・・・ここは一体何なのだ?
 整然と部屋分けされた建物や、旧港に面した胸壁を見て、ようやくここがサン・ジャンというかつて港を守った要塞なのだとわかる。

 だから、ここからは旧港をよく眺めることができる。明治時代から、昭和時代の後半に民間航空機網が発展するまでの間、日本の人々がヨーロッパに行くには船便が主流であった。そして、ここマルセイユこそは、ヨーロッパ大陸の船の玄関口だったのだ。今見るこの景色から、ずらりと並ぶヨット群を差し引けば、それは私たちの先人が見た「はじめてのヨーロッパ」だったのではないか。そんな感慨に思わず耽ってしまう。
 そこからふと振り返ると、そこには港の入口が見える。前に広がる都会の景色に対して、それは田舎の入江の景色に見えてしまう。このギャップはとても面白い。

 要塞からは、さらに通路が伸びている。そして通路の先にあるのは・・・何とも奇妙な建物である。通路を進み、その建物に屋上から入ってゆく。屋上からは建物の外周を螺旋状のスロープをたどって下に降りてゆく。この建物は、ヨーロッパ・地中海文明博物館(MuCEM)で、このスロープから脱線して各フロアの展示室に行くことができる。

 MuCEMから外に出て、近くのレストランへ。もちろん前菜はブイヤベースだ。メインはバスのムニエル。

 昼食後、サン・ジャン要塞のバス停から60番の市バスに乗る。

続く
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ヨーロッパ横断鉄道旅行-第14弾(ニース→マルセイユ)(15)

要塞(4)
孤独

 とりあえず満腹になって元気を取り戻した私は、再びツーリストインフォメーションに向かう。マルセイユ・シティ・パスそのものには問題なく、どうやら有効になっていなかったらしい・・・。ついでに、「明日はイフ島に行けなくなるかも」という情報を仕入れた。これも何度か書いているが、特にヨーロッパではストやら貸し切りやらその他もろもろの理由により、観光地が急にクローズするということが本当に多い。予約でもしていない限り、「この日、絶対ここに入れる」という保証はないのだ。

 港に戻り、フェリーの切符を買う。切符売り場には大行列だ・・・。マルセイユ・シティ・パスを持っていると、マルセイユ←→イフ島、マルセイユ←→フリウル島のどちらかは無料になる。しかし私は欲張ってどちらの島にも行きたかったので、追加料金を払う。列に並んでいる間に、乗るはずだった13時45分発のフェリーは出発してしまう・・・。こういう状況だからだろうか、時刻表にない14時15分発のフェリーが到着したのでそれに乗る。

 フェリーが岸壁を離れ、港の建物が次第に遠ざかる。港に向かって右手には、おびただしいヨットのマストの奥に、ノートルダム聖堂の姿が見える。左手には、サン・ジャン要塞が姿を現す。フェリーは波しぶきをあげながら、マルセイユから離れてゆく。

 20分ほどで、フェリーは岩の上に建物が聳え立つ島に到着する。コンクリートで舗装された船着き場があるものの、人間にとってあまり来やすくない場所であることは確かだ。ここが、イフ島である。
 船着き場から伸びる階段を上ると、そこは意外にも平坦な土地で、そこにあの建物が聳えていた。これが、かの有名な、というより悪名高いイフ島の要塞である。
 要塞の上からの眺めは素晴らしい。青く澄んだ海面が、マルセイユの方まで広がっている。ここでのんびり過ごすことができたら、それは天国のような暮らしであろう。ところが、建物の中に一歩入ると、そこには地獄のような生活があったのだ。小さな回廊を囲む小さな窓の数々、それは鳥の巣箱を思わせる。その「巣箱」の一つ一つがかつての独房であった。部屋の入口の案内板には、その部屋に収容された著名な囚人の名前が記されている。その「著名な」囚人の代表格がモンテ・クリスト伯であるが、もちろん、この人物は小説中の登場人物である。
 モンテ・クリスト伯を除けば、ここの囚人達の胸中など知りようがない。しかし、この島が大洋の中の孤島ではなく、マルセイユという都会の近くにあることによって、かえって深い孤独感に襲われていたのではないかと想像する。自らの声が誰かに届きそうで届かない、光や文字に書いた何かが誰かに見せられそうで見せられないのだから。

 そう思うと、美しい海の青も何だか悲しく見えてきた(若山牧水の歌を思い出しますね)。早々にここを「脱獄」しよう。船着き場に戻って、15時30分発のフェリーに乗る。フェリーはマルセイユ→イフ島→フリウル島→マルセイユという経路で運行される。だから次のフリウル島まではあっという間だった。
 フリウル島は、実際にはラトノー島とポメーグ島という2つの島がつながっていて、そのちょうどつながった所にがある。上陸してから気づいたのだが、ここには観光地がないこともないが、歩いて行くには時間がかかる。また海で泳ぐこともホテルに泊まることも考えていなかったから、要するにここですることは何もないのだ・・・。カフェで時間をつぶし、16時45分のフェリーでマルセイユに戻る。

 お土産を買ったりして、いったんホテルに戻り、日の暮れる頃、夕食を食べに、3たびマルセイユ旧港へ行く。表通りのレストランはもう席が埋まっているが、一つ裏手に回るとそこにも多くのレストランがあり、十分に空席がある。多くの店が定額のコースメニューを出している。
 前菜もいろいろ選ぶことができるが、ここマルセイユのブイヤベースを外したくはない。出てきたスープは濃い緑色をしていて、魚の濃厚な出汁が出ている。これに唐辛子とニンニクで味付けしたチーズとクルトンをのせて食べると、もうたまらない。メインも魚で、バスのクリームソース煮を選択。ワインはプロバンスのロゼ。濃厚なので、この暑さでもぐびぐび飲むことはできない。

 帰りがけ、港の観覧車が点灯を始めた。ほんのりした色使いがいい。

続く
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ヨーロッパ横断鉄道旅行-第14弾(ニース→マルセイユ)(14)

Vieux Port駅(1)
6日目
彷徨

 起床するや否や、私は出かけた。それは文字通り「朝飯前」にやっておきたい「仕事」があったからだ。

 ここで話は少し脱線する。旅行(Trip)というものを分解してみると、大きくSightseeingとLogisticsに分かれる、と私は思う。Sightseeingとは何かを見たり体験したりする活動のことで、大抵の場合、旅行の目的であり本体だ。観光地に行く、というのがその代表例だろう。一方、LogisticsとはSightseeingを実現させるための補助的しかし必要不可欠な活動だ。例えば、旅行の計画を立て、航空券やホテルの予約を行い、飛行機や電車やバスに乗り、スーツケースを運んだり預け場所について頭を悩ましたりするというのはLogisticsだ。
 一般論としてパック旅行の良いところは、各旅行者のLogisticsの負担をできるだけ減らしていることだ。一方、個人旅行ではLogisticsの負担を全て一人で担わなければならない。負担を全て一人で担うということは、見方を変えれば、それらを自由に考えてよいということでもある。Logisticsの自由を楽しめるかどうかが、個人旅行を楽しめるかどうかを大きく左右するのであろう。
 本来Logisticsであるはずの「鉄道に乗って移動すること」自体をSightseeingに、さらには旅行の目的にしてしまっている私の一連の旅行は、だからLogisticsの自由がなければとうてい実現できないものだ。だが、その自由と引き換えに、私は旅行中であってもLogisticsのことをいつも考えていなければならない・・・。

 話を戻そう。その朝行うはずの「仕事」とは旅行のLogisticsの中でもなかなかしんどい作業の一つ、洗濯である。シルクロードを旅行していた頃、旅先にコインランドリーなどなかった。だから洗濯はホテルの部屋で行うしかなかった。日本から持ってきた粉末洗剤さえあれば、服を洗ってすすぐところまでは実は大した労力ではない。一番しんどいのは、そこから服を絞ることだ。疲れて手に力が入らなくなるまで絞っても絞りが甘く、干してしばらくすると服から水が滴る有様で、当然乾きは悪い。
 それがヨーロッパ(特に西欧)に入ると、この労働から解放されるようになる。コインランドリーがあるからだ。もちろん、ホテルから徒歩数分のところにあるラッキーなケースもある。しかし、そんなケースは実は少ない。コインランドリーを求めて地下鉄やバスに乗ってさまよい歩くことも珍しくないのだ。これから書くことも、そうしたケースの一例である。

 というわけで、その朝出かけたのもコインランドリーである。前日にホテルのスタッフに教えてもらったコインランドリーの場所に、徒歩10分くらいで到着。ところが、店が開いていない・・・。開いていないどころか、営業している痕跡すらない。おそらく、しばらく前に閉店してしまったのであろう。これもよくあるケースである。
 計20分くらい歩き回ったのでお腹が空いてきた。ホテルに戻って朝食。

 次の作戦に移るため、不本意ながら洗濯物をバッグに詰め込んで観光に出かける。まずはサン・シャルル駅に向かう。マルセイユ・シティ・パス(主な見どころの入場券と公共交通の〇日券のセット)を買いにツーリストインフォメーションに行ったのだが、ここも開いていない・・・。仕方なく、地下に降りて地下鉄の切符を買う。
 サン・シャルル駅の地下鉄ホームは、中央に1号線(島式)、その両側に2号線(相対式)となっている。これだと、どの乗り換えパターンでも階段を使わなければならないので不便に思えるのだが・・・。私は1号線に乗り、2駅目のVieux Port(旧港)で下車する。ホームの壁には、海岸の小石を思わせる石で壁画が描かれており、ホームの中央にはなぜか水槽もあり、海をイメージしたものになっている。
 外に出ると、そこは駅名の通りマルセイユの旧港だった。長方形に深く抉られた小さな湾。長辺にあたる北と南の岸にはそれぞれが由緒ありげな建物がずらりと並び、湾の奥である短辺、すなわち駅周辺は開けて、ここが船着場となっている。歩行者の屋根にもなっている大きな鏡が度肝を抜く。

 私は潮風に吹かれながら、港の景色に見とれてぼうっと立ち尽くす。あっ、「仕事」を忘れていた。急いでタブレットを開く。マップアプリでこの近辺にあるコインランドリーを探すのだ。「ランドリー」はすぐに何件か見つかった。だが、一番近い場所に行ってみると、そこはクリーニング店であった・・・。"laundry"で検索すると、クリーニング店も含まれてしまうのである。(ちなみに「コインランドリー」は和製英語なので、外国では通じない。)それでは次の場所へ。やった!ここでようやく真のコインランドリーを発見し、「仕事」を開始する。コインランドリーでは洗濯物を放り込む以外は何もすることはないのだが、洗濯が終わった後に乾燥機に移し替える作業は必要だ。洗濯の約30分、乾燥の約30分は時間が空く。そしてその時間も無駄にすまいと、また「仕事」を入れる。

 「仕事」は、買い損ねたマルセイユ・シティ・パスを買いに行くことだ。旧港の船着場から通りを折れてしばらく歩くと、大きなツーリストインフォメーションがある。今度こそ開いているだろうか?良かった。開いていた。無事にマルセイユ・シティ・パスを入手。
 またコインランドリーに戻り、洗濯物を乾燥機に移し替える。しかし、もう「仕事」は見つからない。休もう。近くのカフェで一服。
 乾燥が終わると、服を再びバッグに詰める。当初はそのまま観光を続けようと思っていたのだが、よく考えると煩わしいので、また地下鉄に乗ってホテルに戻る。

 全ての「仕事」から解放された身になって、またまた地下鉄で旧港に向かう。今度は海とは反対方向に歩き、サントル・ブールスというショッピングセンターに向かう。お土産を買いに来たのではない。「同じ場所」にあるという歴史博物館に行きたかったのだ。しかし「同じ場所」というのが案外曲者で、私は「建物が隣接しているのだろう」と勝手に解釈していたのだが、辺りを見回してもショッピングセンターの建物しか見えない。結局敷地を一周してしまった・・・。それではショッピングセンターの中に入るしかない。しかし、これもまたトラップで、どこまで行っても、上の階に上がっても通路とお店しか見えない・・・。ほとほと途方にくれた私だったが、そこで「地下」があることに気づく。実はこのショッピングセンターはエスカレーターで上った先、すなわち2階に入口がある。それで1階の存在にまるで気づかなかったのである。
 「地下」に降りてみた。博物館はやはりそこにあったのだ。

 昔、ショッピングセンターを建設していたらギリシャ・ローマ遺跡が見つかった。だからこれを保護しつつショッピングセンターも建てた、博物館も作ったということらしい。ショッピングセンターの入口が2階にあるのは、1階にある遺跡を守るためだったのである。
 さて、ひと仕事で手に入れたマルセイユ・シティ・パスをここで活かせるはずだったが、なぜか入場券売り場の端末で認識されないというトラブル発生・・・。結局は中に入れてもらったが、後で再びツーリストインフォメーションに行くという新たな「仕事」が発生するはめに。
 博物館の展示そのものはとてもビジュアルで面白かった。かつて「マッシリア」と呼ばれたギリシャ植民地の時代からの各時代の街の模型、沖で沈んだ船の搭載品(土器・羅針盤・大砲、そして船そのもの・・・)、などなど。

 もう疲労と空腹で、あまり出歩きたくなかったので、ショッピングセンター内のレストランで昼食。たまたま「今日の一皿」が私の大好きなギリシャのムサカ(グラタン)だったのですかさず注文。ひき肉の上にナスやペンネが乗っていて、とてもおいしい。

続く
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ヨーロッパ横断鉄道旅行-第14弾(ニース→マルセイユ)(13)

カシ海岸からカナイユ岬を臨む
断崖

 正午過ぎ、マルセイユ・サン・シャルル駅を出て駅近くのホテルにチェックイン。すぐさま駅に引き返して昼食。
 13時4分、トゥーロン行きの列車で出発。13時8分、マルセイユ・ブランカルドに停車。だが、ここで異変が発生する。何と列車の電源が落ち、照明もエアコンも止まってしまったのである・・・。車掌がやって来て、何か説明しているのだが、さっぱりわからない・・・。誰も降りようとしないから、運転見合わせでこの列車が回送化することはないということを辛うじて理解するのみだ。
 しばらくして電源が入り、エアコンもオンになった(夏場だからこれだけでも嬉しい)。対向列車がやって来たから、この列車も動くかと期待したが、それはなかった・・・。後からやって来たTGVも、ここで停まったままだ。
 結局、停車してから約40分後の13時49分にようやく発車する。

 列車はユヴォーヌ川を遡り、14時ちょうどにオバーニュに停車。ここから山越え区間に入り、トンネルを抜けると14時10分にカシに停車。私はここで下車する。

 高台にある駅から、海岸にあるカシの町までは少し距離があるのでバスに乗りたい。だが、本来間に合うはずだった14時5分発のバスはもう行ってしまった・・・。同じ期待を持っていたに違いない多くの乗客と共に、小さな駅舎の前でバスを待つ。
 待つこと約1時間(待つことの何と多い日であろうか)、ようやくバスがやって来る。バスと言ってもマイクロバスだから、利用客はあまり多くないのであろう。15時5分に発車。

 バスはずっと坂道を下ってカシの町に入り、終点のカジノ前に到着。海岸に歩いて行って、思わず息を吞む。彼方にぐっと突き出た赤く巨大な断崖(カナイユ岬)と手前に広がる青く透明な海の見事なコントラスト!

 だが、あまり見とれている暇はなかった。カランク巡りのクルーズ船がもうすぐ出航しようとしている。船が港の入口を過ぎると、カナイユ岬が再び姿を現す。船はスピードを一気に落として、深く抉られた入江(カランク)に入ってゆく。海面の上昇と下降が深くシワを刻み込んだ白い岩肌が印象的だ。そして船は再びスピードを上げて、へと戻ってゆく。

 陸に上がると、今度は港の先端に行く。目の前の海は、時折行き交う小さなクルーズ船以外には動きがない。岸壁や周囲の建物の白と海の青のコントラストが、止まった時間の中で固定される。

 町の中心部、カシ城の見える辺りで少々早い夕食をとる。カシ特産の白ワインとシーザーサラダという簡単なものだが、辺りの景色と相まって、とてもおいしい。

続く
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ヨーロッパ横断鉄道旅行-第14弾(ニース→マルセイユ)(12)

マルセイユ行き列車(マルセイユ・サン・シャルル駅)
5日目
イエール→トゥーロン→マルセイユ

 8時35分過ぎにイエール駅に向かう。電光掲示板を見ると、マルセイユ行きの列車が8時38分発になっている。何で調べたかは忘れてしまったが、私は8時58分発だと思っていたので、ちょっと慌てる・・・。もはやこのタイミングでは切符を買うことは困難だし、焦って行動を起こすとロクなことがないので、ここは諦めて次を考えよう。
 次の列車は・・・9時18分発で始発のTGV(パリ・リヨン駅行き)だ。だが、この列車はマルセイユを通過してしまう・・・。やむなく、トゥーロンまでの切符を買う。このTGVは既に入線していたが、まだ準備中であった。

 9時過ぎ、TGVに乗車。そして定刻の9時18分に発車する。TGVであるから、途中駅は当たり前のようにすっ飛ばしてトゥーロンに停車。9時33分。

 既に朝食も済ませていたので、特に何もすることなく、トゥーロン駅で時間を過ごす。
 10時45分、マルセイユ行きの列車が到着。これはニース始発らしく、かなり混んではいるが、それでも2階建て車両であり、2階席にはまだ空席があったので座れた。
 10時51分に発車。列車はトゥーロンの市街地を東西に横断するとラ・セーヌを通過して大きな操車場を抜ける。普通列車だと思っていたが、どうやら快速だったようだ。
 郊外に出ると、丘陵が広がり、その上には住宅地が連なる。次いでバンドル湾の青い海が左手に現れる。やがて海から離れていったん内陸に入る。
 サン・シル・シュール・メールの辺りで再び海が姿を現すが、それも長く続かず、再度内陸へ、それも山道を上る。カシを通過すると長いトンネルに入る。
 トンネルを抜けたところは大きな町・オバーニュだが、ここも通過する。ここからはユヴォーヌ川に沿って西に進む。ラ・ポムの辺りで川から離れる。ブランカルドを通過すると、市街地はさらに大きくなり、線路が束になる。ここまでノンストップで飛ばしに飛ばしてきた列車が、ようやく徐行を始める。やがて北東方向から来た線路の束と合流して、束はますます太くなる。そして、列車はマルセイユ・サン・シャルル駅にゆっくりと入線し、停車。11時30分。

 到着したのは前方に張り出したホームだったから、駅舎まではけっこう距離がある。出口は途中にもあるので、何も駅舎まで行く必要はないのだが、駅舎を見るのも鉄道旅行のうちである。
 やがて屋根を構成する巨大な鉄骨が現れる。何だか船のドックか工場に入る気分だ。屋根の下に入ると、そこはさすがに厳しい日差しから守られ、涼しい。
 そして、ホームの先端を越えてようやくコンコース(何だか空港のようだ)にたどり着く。この駅も他のヨーロッパの大都市の駅と同じく、コンコースの先に頭端式のホームがずらりと並ぶ構造になっている。

続く
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ヨーロッパ横断鉄道旅行-第14弾(ニース→マルセイユ)(11)

サン・ポール通り
花束

 バスは駅前を通過すると、市の中心部に入る。そして、公園の前に停車する。ここが終点のようだ。まずは近くのレストランに入って昼食。コース料理を食べる。前菜のカクテルにチーズのピザ風・西洋わさびのせ、メインはチキンのソテーとトマトのグリル。満腹・・・。

 ほろ酔い気分で公園西側の旧市街地に向かう。その入口に口を開けているのが、マシヨン門だ。ここをくぐると狭い路地が北西側の丘に向かって上り坂となっている。タンプリエの塔の前を通って、さらに坂を上る。この街には花が多い。家々の壁から飛び出すその姿は、実に鮮やかだ。

 サン・ポール教会の前までやって来た。ここでも草が壁からはい出して花を咲かせている。人家はまばらになるが、上り坂はさらに続き、勾配もきつくなる。腹ごなしの運動としては、ややきつい・・・。

 息を切らせながら坂を上りつめると、そこは城跡だった。イエールの町と青い海、そして島々が一望できる

 城からの下りは、別の道を通ってみた。こちらはヘアピンカーブの続く、いかにも山道らしい道だ。そしてここでも、鮮やかな花が顔をのぞかせる。

続く
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ヨーロッパ横断鉄道旅行-第14弾(ニース→マルセイユ)(10)

ポルクロル島→ラ・トゥール・フォンデュ
4日目
白波

 朝、イエール駅前から67番の市バスに乗る。バスは幹線道路を南東へと向かうのだが、線路が並走していることに気が付く。前回も少し触れたように、この線路は駅からずっと伸びている。だが、イエール港の手前で線路はぷっつりと途絶えてしまう。おそらくは、かつて港への引き込み貨物線だったのであろう。
 幹線道路は、港の入口で向きを南に変える。ここからは細長く海に突き出た潟となる。ビーチが続き、リゾートホテルが立ち並ぶ。宿泊客と思わしき人々が次々とバスに乗り込んでくる。
 潟が尽きると、今度は山道を上る。ここは、おそらくかつては島だったのであろう。坂道の途中でバスは横に折れ、さらに狭い坂を上ると、教会の前の展望台のようなところに到着。ここでしばらく停車すると、今度は来た道を折り返して、先ほどの道の分岐点に戻ると、南東へと坂道を下る。
 そして終点のラ・トゥール・フォンデュに到着

 ラ・トゥール・フォンデュという名前は、おそらく岬の先端にある灯台のような砦のような建物を指すのであろう。ここにも小さな港があり、イエール諸島に向かうフェリーが発着している。その一つ、ポルクロル島に向かうフェリーに向かうが、早くもすごい行列だ・・・。
 フェリーは9時30分に出発する。混雑のため、ど真ん中の何も見えない席に追いやられてしまう。10時前にはポルクロル島に到着。

 島は、港の周辺こそ賑わっているものの、その先に行くと未舗装の道路も多く、バスなどはない。長時間滞在できるのであれば、あちこち散策できるのだが、私には長くて数時間しかなく、港の周辺を少し歩き回るしかできない。
 まずは港から東へ少し歩くと坂道となり、崖下にはビーチやボートの停泊場が見える。
 今度は港から南に向かうと小山があり、山の上にはいつの時代のものかわからないががある。
 もちろん、どの方向にも道はずっと先に伸びているのだが、あまり深入りできない私は早々に引き上げてしまう。

 11時30分のフェリーでイエールに戻る。さすがにこの時間に島から戻る人は少なく、今度は船縁に座れる。乗客が少ないせいなのか、潮のせいなのか、船足が速い。白波を立てて快調に進む。早くも11時45分にはラ・トゥール・フォンデュに到着。
 折り返しのフェリーは、乗客を満載して慌ただしく出港する

 11時50分発車予定の67番バスは、なかなかやって来ず、結局12時15分に到着した・・・。案の定、ここまでぎっしり詰め込まれた超満員の乗客が一斉に降りてゆく。フェリーと同様、イエールへ戻る便は大して混んでいない。潟のビーチも大勢の海水浴客で賑わっている。バスは、遅れを取り戻すためなのか、恐ろしく飛ばす・・・。今度は駅前では降りず、終点の市中心部まで乗り続ける。

続く
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ヨーロッパ横断鉄道旅行-第14弾(ニース→マルセイユ)(9)

パリ行きTGV(トゥーロン駅)
カンヌ→トゥーロン→イエール

 カンヌ駅に戻って列車の切符を自販機で買おうとするが、何だかんだで乗りたい列車を予約できない・・・。結局スマホのSNCFアプリで購入。もうこういう時代なのだ。
 16時22分発のパリ行きTGVは、10分以上遅れてカンヌに到着。1等車は左右2列ずつでとてもゆったりしており、乗り心地もいい。それは良いのだが、私の座席は山側で、海が見られない・・・。
 列車は12分遅れの16時34分に出発。すぐに入ったトンネルを抜けると、ビーチが広がる(はずだ)。ラ・ボッカの手前で北に向かう線路と分岐すると、大きな操車場を抜ける。次いで、大きなヨットハーバーのあるシアーニュ川を渡ってナプールを通過。海岸にはナプール城が見える(はずだ)。

 ここからは、「コルニッシュ・ドル(黄金の断崖)」と呼ばれるエリアに入る。確かに山側には赤茶けた岩山が無数に聳えている。だが、海岸の方は見ることができない。何だか、真っ二つに割られた風景画の片方を見せられているようでモヤモヤしてしまう。この景色を堪能したいならば、やはり途中下車すべきなのだろう。
 私がモヤモヤしている間に、列車はテウール、ル・トラヤ、アンテオール、アゲ、ル・ドラモン、ブルリと(たぶん)風光明媚な港町を次々に通過する。
 そして、列車は早くもコルニッシュ・ドルの西端、サン・ラファエルに停車する。16時56分。

 ここからは海と離れて内陸に入る。大聖堂とローマ遺跡のあるフレジュスを通過し、TGVらしくスピードを上げて西にぐんぐん進む。17時12分、レ・ザルクに停車。南に向きを変え、さらにぐんぐん進む。ラ・ポリーヌの手前で、左から線路が合流。これがイエールからの線路である。
 やがて大きな市街地が現れ、列車は徐行する。17時45分、トゥーロンに停車。私はここで下車する。

 フランス海軍の拠点もある大きな港町の玄関口だけあって、トゥーロンの駅舎はなかなか立派である。一方、イエールへ向かう路線はローカル線だからか、TGVの停車するホームに比べるとそのホームは非常に狭い・・・。

 18時5分、イエール行きの列車が入線する。マルセイユ始発の列車である。18時7分に発車。いったんカンヌ方面へと逆戻りする。
 2つ目の駅、ラ・ポリーヌには18時14分に停車。おそらく信号待ちをするのだろう、ここで4分待って18時18分に発車。その直後、カンヌ方面への線路と分岐して東に向かう。ここからはイエールへ向かう単線の支線となる。
 18時19分、ラ・クロに停車。そして18時26分、終点のイエールに到着。結局、この支線には駅が2つしかないのだ。

 イエールは行き止まりの駅だから、ホームが頭端型になっているのは不思議ではない。だが、通路が踏切になっているのは、後述するようにこの先に貨物線が伸びているからだろう。それにしても、ローカル線の駅とは思えないくらいホームは広く、長い。トゥーロン駅のホームとは対照的ですらある。それは、パリに直通するTGVが発着しているからなのであろう。

続く
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ヨーロッパ横断鉄道旅行-第14弾(ニース→マルセイユ)(8)

フェリー乗り場(サント・マルグリット島)
透明

 駅のコインロッカーに荷物を預け、街に出る。何も考えずに駅の反対方向にまっすぐ歩くだけで海岸通りに出る。そこは、世界で何が起ころうともずっと陽気でいられるのでは?と思えるくらい明るい場所であった。だが、他のリゾート地と同じく、ここでも散歩以上のことをしようとすれば、何をするにもお金がかかってしまう。だから私は、街の喧騒から逃れるように港へと向かう。ビーチのすぐ隣に、今や大型船の停泊にはすっかり適さなくなった小さな旧港がある。係留されたクルーザーがずらりと並ぶ姿は圧巻である。

 旧港のずっと奥に、新しい港が続く。ここのフェリー乗り場からは、カンヌ沖合のレランス諸島へ向かう船が出ている。
 フェリーは12時ちょうどに出港。ヘリポートのある港の灯台をたちまち通過すると、大型客船やクルーザーが行き交うナプル湾に出る。屋根がないので、正午の陽光をまともに浴びてしまうのがつらいが、その分海風が心地よく感じる。まもなく島影が現れ、フェリーはそこに近づいていく。12時15分、サント・マルグリット島に到着

 まず、海底が透けて見えるのに驚く。カンヌのような都市の間近にあるとはとても思えないくらいだ。
 驚いてばかりもいられないので、どこかに歩いて行こう。フェリー乗り場から東に歩くと、小高い丘の上に要塞がある。以前は監獄であった場所で、かの「鉄仮面」も収監されていたと言われる。現在は海洋博物館になっているが、廊下や部屋はとても狭く、監獄だった時代を偲ばせる。
 要塞の城壁からは、島の美しい海岸ナプル湾、そしてニースの方まで一望できる。

 要塞を出て、花咲く小道を歩いて港の方へ戻る。レストランは混み合っているから、何かテイクアウトできるものを探していたのだが、どうやらチャーハンに見える写真を見つけたので、思わずその品を買ってしまう。ところが、それは米ではなく、クスクスのサラダ(タブレ)であった・・・まあ、デュラム小麦からできているので主食には違いないが。
 海岸は暑くて仕方ないから、少し小高い丘に登って木陰で休む。

 14時15分発のフェリーが、10分ほど遅れてやって来る。フェリーはをあっという間に離れると、ナプル湾を通り、そしてカンヌの港が再び現れる。クルーザーのポールがまるで剣山のように無数に聳えて町を守っているかのようだ。14時40分に到着。

 芋の子を洗うよりも若干少ないかもしれないが、それでも海水浴客でごった返すビーチを後にして、駅へと向かう。カンヌで遊べるようになるには、私には何十年も早い気がする(笑)。

続く
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