シルクロード鉄道旅行-第6弾(アルマティ→サマルカンド)(11)

シャーヒズィンダ廟群(2)
6日目

青の都(3)

 明け方のことだった。お腹に激しい違和感(痛みではない)を感じて慌ててトイレに駆け込んだ。ついに中央アジア名物の下痢に見舞われたのだった・・・。

 朝、軽く食事をするも、すぐにトイレに行きたくなる。日本から持ってきた腹痛薬を飲む。一体何が原因なのかと考える。特定の食べ物は思い当たらないが、厳しい暑さによる体力の消耗、油の多い食事、調子に乗って食べ過ぎたことなどが複合的に作用したのかもしれない。

 前日と同じく9時に観光に出発する。念のため、ガイドさんに事情を話して薬局に連れて行ってもらい、薬を買う。ウズベキスタンでは市販薬でもバラ売りしてくれるので、必要最小限の量を買うことができた。

 薬を飲むと、タクシーに乗って町の東北部にあるウルグベク天文台跡に行く。ここはその名の通りウルグベクが15世紀に建てた天文台の跡で、サマルカンド一の高台にある。ウルグベクはここで天体の観測を行い、地球が太陽の周りを1周する長さを現代の測定値とほとんど変わらない正確さで把握していた。しかし、そうした彼の科学的知識や思想がイスラム保守派の反発を招き、ウルグベクは暗殺され、この天文台も破壊される。現在残っているのは、かつては完全な円形であった六分儀の下弦(地下にあったため破壊を免れたらしい)だけである。だが、その大きさと精巧さを見るだけでも当時の技術水準の高さが偲ばれる。天文台跡からは、レギスタン広場も良く見渡すことができた。

 天文台跡から丘陵地帯を西に進む。車の通りが非常に少ないのでタクシーを捕まえるのに一苦労する。向かった先は、サマルカンド歴史博物館だ。まずは博物館裏手のアフラシャブの丘へ。アフラシャブとはサマルカンドの旧名であり、かつてはここにサマルカンドの町があった。しかし13世紀にモンゴル軍に破壊された後は、すっかり廃墟となってしまい、今ではわずかに草が生えるだけの寂しい場所である。
 サマルカンド歴史博物館は、主にアフラシャブの丘から発掘された旧サマルカンドの遺物を展示している。ゾロアスター教の祭壇などもあってなかなか面白いのだが、圧巻なのは7世紀の宮殿跡から発掘された本物の壁画が展示されていることである。破損がかなり目立つとは言え、人物・動物の輪郭や鮮やかな色彩ははっきりと見てとることができる。

 博物館を出て丘を下ったところにハズラティ・ヒズル・モスクがある。お祈りの儀式に参加する。人の好さそうな司祭のおじいさんが私達を温かく迎えてくれた。モスクから道路を渡った所は墓地になっている。ここは富裕層の墓が多く、墓石には氏名・生没年の他、生前の写真を基にしたレリーフが彫りこまれている。中には墓石の上に立派な日よけが作られているものもある。

 墓地を抜けると、そこはシャーヒズィンダ廟群の最奥部だった。丘の南麓にある廟群には、11世紀から15世紀に建てられた廟が20近くもずらりと建ち並んでいる。廟群の入口まで行って、そこから見学を始めようと思った矢先、廟群の中でも最も古くて立派なクサム・イブン・アッバース廟を早急に見学するように言われる。なぜなら、その廟にはまもなくVIPが来訪するため、一般人の見学ができなくなるからだ。
 アッバース廟の装飾墓標は確かに立派で、ゆっくり見学したいのだが、とにかく見学を急かされる。廟を出ると、廟群の入口まで坂を下る。改めて入口のアーチをくぐって坂を上ると、それぞれに青く美しいアーチと屋根を持つ廟が道の左右に現れる。数百年もタイムスリップしたような不思議な気分だ。廟の外装だけでなく、内装も美しい。さながら野外の美術館である。

 青空に輝く太陽が最も高くなる時間となり、そろそろ私の体力も限界に達していた。そこで、いったん観光を中断してホテルに戻ることにした。廟群を出て丘の下まで行き、タクシーを待つ。その時、丘から下りてくる道路では警官達が車両を通行止めにしていた。まもなくVIPを乗せた車が丘から下りてくるらしい。丘の下の通りを走っていた1台の路線タクシーが、丘からの道を塞ぐように停車してしまった。慌てた警官が、ものすごい剣幕で運転手を怒鳴りつけ、バックさせる。運転手も慌てたらしく、車の後輪が溝に落ちてしまった・・・。その直後、VIPを乗せたらしい数台のリムジンがパトカーに先導されて通り過ぎる。

 ホテルに戻ると、すぐにベッドに横になった。酷暑の野外で予想以上に体力を消耗したらしく、体がだるい。腹の具合も悪いままだ。

 夕方、体力が少し持ち直したので再び観光に行く。向かった先は、ビビハニム・モスク。ティムールが建てた巨大なモスクの跡だ。モスクの入口まで来ると様子がおかしい。中に誰も入っていないのだ。実は、あのVIPがまもなくやって来るため、一般人の立ち入りが禁止されてしまったのだ。だが、私達の後には欧米人を中心とするツアー客が続々と集結する。それぞれのツアーを率いるガイドさん達が入口を固める警官達に詰め寄る。警官達が「俺達だってこんなことしたくないのさ」という風情でどこかに無線連絡すると、まもなく入口の閉鎖が解かれる。
 ようやくモスクに入る。かつての巨大モスクも、今では入口や四方の壁とアーチにのみその面影をとどめるに過ぎないが、それらの遺構だけでも十分に巨大であり、修復が進んで、かつての精巧な美しさも取り戻しつつある。中庭は今でこそ屋外だが、かつては頭上を屋根が覆っていたことを、巨大なコーラン台がかろうじて主張している。
 帰り際、すっかり露払いされた入口の通路で、向こうから1人歩いて来るタキシードを着た欧米人風の初老の紳士とすれ違う。これがあのVIPらしい。VIPがたった1人のおじさんだったのかと思うと、何だか拍子抜けした気分になった。

 ビビハニム・モスクの隣にはシヤブ・バザールがある。もう夕方なので人の姿はまばらだが、それでも野菜・果物・肉など様々な品物が並ぶ様子は壮観である。私は、翌日には下痢が治ることを期待してウズベキスタン名物のメロンを探す。バザール内にはメロンがあまり無いので、バザール外の露店で黄色いメロンを買う。

 これで私のサマルカンド観光は終わった。

 夕食は野菜をすりつぶしたスープだけ。食べ終わるとすぐに寝てしまう。後は体調が回復するのを待つしかない。

続く
目次へ

"シルクロード鉄道旅行-第6弾(アルマティ→サマルカンド)(11)" へのコメントを書く

お名前
メールアドレス
ホームページアドレス
コメント