シルクロード鉄道旅行-第2弾(上海→敦煌)(10)

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5日目

敦煌への道

 今しがた列車を降りたばかりの「敦煌」駅が敦煌の街中にあると思ったら大間違いである。実はここは柳園と言う町で、敦煌からは実に130kmも離れているのだが、敦煌に最も近いという理由で2000年に「敦煌」駅と改称された。確かに駅前の町並みを見ると田舎町の風景であり、とても世界的観光地には見えない。
 だが、2006年3月(もちろん、この旅行の後のことだ)に敦煌鉄路が開通した。これは、蘭新線(蘭州-ウルムチを結ぶ路線で、先程まで乗っていたT52特快列車もここを走っていた。)から分岐して敦煌の町へと到る鉄道である。これにより、今度こそ敦煌の町に敦煌駅が開業し、今までの「敦煌」駅は元の「柳園」駅に戻ってしまったらしい。
 話を元に戻そう。このようなわけで、「敦煌」駅からは車で敦煌に行かなくてはならない。最も安いのがミニバスなのだが、駅前には団体客用の貸切バスやタクシー、その他の車が無秩序に密集していて、どこで敦煌行きのミニバスに乗れるのかさっぱりわからない。こんな所で油を売りたくないと思っていたその時、客引き中らしいタクシー運転手のおじさんがやって来る。敦煌までの値段を聞いてみると40元だった。一般には150元と言われているので、OKしてしまった。値段の安さを訝りつつ車に行ってみると、そこには先客がいた。しかも3人・・・。乗り合いなのだ。

 タクシーは私を乗せると、すぐに出発。だが、町外れまで行くと道端に停まってしまう。そして運転席の引き出しから屋上灯を出して車の天井に載せ、再び走り出す。えっ!と驚く暇も無かった。なぜなら、すぐに道路で検問中の警察官に停められてしまったからだ。どうやら白タクを取り締まっているらしい。運転手のおじさんは免許書らしきものを警官に提示したが、何か言われて道の脇にある建物へ連れて行かれてしまった・・・。おじさんの運命やいかに?そして、こんな所に取り残されてしまった我々はどうすれば良いのだろう?
 しばらくして、おじさんが苦り切った顔をして戻って来た。おじさんがシロかクロかはわからないが、ともかく運転は続行できるようだ。草がわずかに生えているだけの砂漠。遠くに小山がいくつか見える以外は視界を遮るものは何も無い。確かに道の見通しは抜群に良いのだが、一般の道路で前の車を追い越しつつ猛スピードで走るのはたまったものではない。恐らく時速150kmは軽く出ていたであろう。後部座席には3人座っているので、車が揺れていてもシートベルトは着けられない。椅子に深く腰掛け、足を床に踏ん張るしかない。旅情はもうどこかに吹っ飛んでしまった・・・。
 やがて草の密度が濃くなり、前方に緑の「島」が見えて来た。オアシスだ。敦煌だろうか?だが「島」に入ると、すぐに緑は疎らになってしまった。そして車には砂嵐が襲いかかる。砂嵐がやみ、視界にはまた荒涼たる砂漠が広がる。
 しばらくして、再び前方に緑の「島」が現れる。先程とは異なり、「島」に入ると人家が点在している。緑は次第に濃くなり、やがて大きな木々も現れる。そして町並みが現れる。やっと敦煌にたどり到達したのだ。さすがに敦煌の街中では、車のスピードも落ちる。敦煌の中心部にほど近いホテルに着いた時、腰が少し抜けてしまったのは、旅の疲れからだけではないだろう。

続く
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敦煌駅


敦煌市街

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