シルクロード鉄道旅行-第6弾(アルマティ→サマルカンド)(13)

タシケント駅に到着したN9列車
8日目

サマルカンド→タシケント

 ついにサマルカンドを離れる日がやって来た。10時、前日に予約しておいたタクシーに乗ってホテルを後にする。15分ほどでサマルカンド駅に到着する。駅前の路地には小さな商店が軒を並べているので、ここで昼食用の食料を買う。外国人が来ることは少ないらしく、皆恥ずかしげに、けれども親切に応対してくれる。

 駅舎の中を改めて見渡すと、天井が非常に高く、各所にシャンデリアやステンドグラスのある豪華な施設であることがわかる。
 10時40分頃、ホームに列車が到着する。これはタシケントからやって来たレギスタン号だ。車体のデザインがなかなか良い。レギスタン号は、乗客を降ろすと、今までの電気機関車に代わりディーゼル機関車を連結して、どこかへ回送されて行った。

 レギスタン号が去ってしばらくして、ブハラからやって来たタシケント行きN9列車が到着する。N9列車が到着したのは駅舎から線路一つ隔てたホームだった。ホームには階段らしきものが見当たらない。見渡すと、駅舎側のホームから飛び降りて反対側のホームに向かう人々がいるので、私もそれにならう。自分の背丈ほどあるホームを飛び降りるには結構勇気がいるが、今は躊躇している余裕は無い。幸いにも反対側のホームは低く、登るのに困難は無かった。登った所は列車の最前部。ここから、自分が乗るべき最後部の「SHARQ」と書かれた車両に大急ぎで移動する。
 入口で切符を女性の車掌さんに見せると、彼女は私を先導して車内の空き座席を探し始める。始発列車でないと座席を指定できないのは、ウズベキスタンでも同じなのだ。
 空き座席が見つかり、そこに腰を下ろして、ようやく気分も落ち着く。よく考えてみると、このホームの中央付近に、地下階段があったような気がする・・・。室内を見渡すと、寝台が2つある点は今までの1等車と同じだが、こちらは壁・シーツ・カーテンなどが新しく、しかもテレビがついている。先ほど見たレギスタン号はもっと豪華なのかもしれないが、シャークでも十分豪華である。

 11時11分、列車はサマルカンドを発車する。ほどなく、コーヒーと軽食(おそらく朝食)が出される。豪華なのは設備だけではなかったのだ。その間に列車はザラフシャン川を越え、緑豊かなオアシスから再び不毛の砂漠へと入って行く。
 12時過ぎ、昼食も登場する。前もって昼食を買う必要は無かったのだ。その頃、列車はティムールの鉄門付近に差し掛かる。線路のすぐ脇に巨大な岩山が立ちはだかる。ほどなくジザクを通過する。やがて、辺りには牧草地が広がる。牛の群れがうずくまったまま動かない。暑くて動けないのだろうか・・・。
 しばらく東に向けて走っていた列車は、フェルガナ盆地へ向かう線路と分岐して北へと進路を変え、まもなくギルスタンに到着する。13時37分。そのまま北に向かった列車は、北東へと向きを変え、14時頃にシルダリヤを渡る。しばらく起伏に富んだ野山を通り過ぎると、やがてタシケントの大きな市街地が現れる。そして、14時57分、タシケント駅に到着する。

<タシケント>
 初めて降り立つタシケント駅は、大きく、そして真新しかった。駅舎を出ると、強烈な西日が容赦なく照りつける。
 駅の近くにある鉄道技術博物館に行く。ここにはおそらく旧ソ連時代も含めた数々の機関車が展示されている。博物館とは言え野外なので、木陰を選んで進まないと日射病になりそうだ。各機関車には、展示用のためなのか新たにペンキが塗られているのだが、そのためにかえってツヤが失われ、オモチャのような垢抜けない印象を与えている。

 タシケント駅の方に戻り、地下鉄駅に入る。タシケント駅を通るのは、タシケント市内を北西(旧市街)から南東に結ぶウズベキスタン線だ。窓口で運賃を払うと専用のコインをもらえる。これを改札口の機械に投入するだけだ。ホームは、豪華そのものであった。壁は大理石で、照明はシャンデリアになっている。改札やホームには係員や警官がウロウロしているが、特に呼び止められることも無かった。なお、地下鉄の構内は写真撮影が禁止されており、ホームや車両の写真を撮れないのが残念だ。
 ホームに旧市街方面へ向かう列車がやって来る。水色の地に模様が描かれているが、それほど派手ではない。時間帯のせいなのか、車内はガラガラであった。つり革は存在せず、壁に広告が貼られている。1駅先のオイベック駅で下車。ここで市内を南北に結ぶユーヌサバッド線に乗り換える。
 長い地下通路を進む。ここも壁は大理石で、小さなレリーフが筋になってずっと続いている。照明は小さなシャンデリアだ。地下宮殿を歩いているような気分になる。
 ユーヌサバッド線の乗り場に来ると駅名がミング・オリクに変わる。どういうわけか、タシケントの地下鉄では、乗り換え可能な駅でも名前が全て異なるのだ。
 北行きの列車がやって来る。車両はウズベキスタン線と同じに見える。なお、2007年8月時点では、ここから南の区間は開通していない。最前部の車両に乗り込む。運転席との間にはドアはもちろん、窓すら存在しない。2つ先のアブドゥラ・コディリで下車する。

 地上に出ると、そこは大きなティムール通りだった。通りに面してアライ・バザールと言う大きなバザールがある。バザールの前方には屋根がガラス張りのショッピングモールがあり、ここにはブティックや貴金属店が軒を並べる。そこを抜けた所が、バザールの中心だ。巨大な屋根の下に野菜・果物・肉など様々な食料品が並べられていた。

 バザール前のバス停で、空港行きのバスを待つ。バスは間を置かず次々にやって来るのだが、いずれも空港行きではない。しばらくして、ようやく空港行きの67番バスがやって来る。中に車掌さんが乗っていて料金を回収するのは、カザフスタンと同様である。バスは市内を南北に横断して、約30分ほどで空港のバス乗り場に到着する。

<帰国>
 国際線ターミナルの入口で、ガイドさんに再会した。彼はこの晩に到着予定の日本人ツアー客を待っていたのである。何とも世間は狭い・・・。

 ガイドさんに教えてもらって、国内線ターミナルの右端にある公衆トイレ兼シャワールームに入った。(当然シャワーとトイレは別料金であり、シャワーを利用する人は少ないので、受付の人には「ドゥーシ」(ロシア語でシャワーの意味)と言った方が良い。)長丁場となる飛行機の旅の前に、汗と埃を落としてさっぱりする。

 だが、まだまだ一息つくことはできなかった。ソウル行きのOZ574は22時30分の出発予定なのだが、日本や韓国からのツアー客は、20時過ぎには早くもチェックインカウンターに並び始める。だが、その列が30分経っても全く動かないのだ。21時、そして21時30分になってもほとんど動いていない・・・。それまでベンチに座って個人旅行者の特権をフルに享受していた私も焦り始める。通常ならチェックインの終了時刻だからだ。幸い、ツアー客の後ろに並んでから10分程度でチェックインが完了したが、よく見ると係員が手作業で名簿を確認しているようなのだ・・・。時間がかかるはずである。
 出発時刻が迫っているためか、鬼門であるはずの税関とパスポートチェックは早々に終了する。機内に入った時は既に22時20分。だが、機内に人は少ない。あれほど前からカウンターに並んでいたはずのツアー客を追い越していたのだった。当然のことながら出発は遅れ、23時過ぎにようやく出発。心地よい眠りがようやく訪れる。

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