ヨーロッパ横断鉄道旅行-第9弾(ヴェネツィア→フィレンツェ)(15)

ドゥオーモ
11日目

フローラ

 前日とは打って変わって、よく晴れた朝だった。この日最初に向かったのは、フィレンツェのシンボルであるドゥオーモ。正しくは、花の聖母教会である。この華麗にして壮大な教会の内部は後で探訪することにして、まずは教会の中心・クーポラ(ドーム)に向かう。クーポラの入口は、教会北側にある。やはりというべきか、そこには既に壮大な行列が・・・。
 ようやく入口まで至った時、もう一つの入口があることに気がつく。何と、それはフィレンツェ・カード専用の入口であった。並ぶ前に確認しておけば良かった・・・。結局1時間半並んでようやく中へ。だが、苦難はまだ続く。急で狭い階段をひたすら上る。上から下りてくる人と行き違うのも大変だ(それゆえ、一度にクーポラに入場できる人数は制限されているのである)。
 そんな苦難にあえぐ人間に安堵を与えるかのように、あるものが見えてくる。クーポラの天井に描かれた巨大な壁画だ。上から天界・人界、下には地獄が描かれている。この苦しい階段を上り詰めれば天界に至れるのだろうか?
 階段の先に、やっと光が見えた。その光にたどり着くと、そこは天界、ではなく、クーポラの展望台である。フィレンツェの街並みと、その背後にはトスカーナの丘陵が一望できる。教会の隣に聳える巨大な鐘楼も、ここでは見下ろすことができる。人々はしばし神の心地に酔いしれ、そして再び下界へと戻っていく。

 ドゥオーモの内部は、華やかな外観とは異なり、厳粛なゴシック様式になっている。もちろん、見上げれば、あの巨大な天井画が見えるのだが。

 ドゥオーモから南に行ったところにバルジェッロ宮がある。かつての警察署で、現在では博物館になっている。彫刻の展示がメインであるが、他に陶器などもあり、とりわけウルビーノ産の陶器コレクションが良い。

 午後は街の西側に向かう。共和国広場にはメリーゴーランドなどがあり、ちょっとした遊園地になっている。その先にあるのがストロッツィ宮で、現在では展示場になっている。この時はポントルモとロッソというマニエリスムの画家の作品展であった。規模は小さいけれど、照明など展示方法に工夫があって良かった。
 東側への帰り道にはあえて大通りではなく、昔の佇まいが残る路地を進むと、新市場のロッジアに行き着く。ここはトスカーナ大公国以来の市場で、今でも露店がひしめいている。

 夜、洗濯ついでに食事に行く。フィレンツェは狭い町の中にコインランドリーが数多くあり、旅行者にはうれしい限りだ。洗濯の合間にレストランへ。店頭でピザ職人が窯からピザを出し入れしている。やはりこういう所のピザにハズレはない。トスカーナ産のヴィンサントやシャルドネなどのワインにもぴったりだ。

続く
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ヨーロッパ横断鉄道旅行-第9弾(ヴェネツィア→フィレンツェ)(14)

ヴェッキオ宮から見たフィレンツェ市街
10日目

オフィス

 朝、空は曇っていたが、張り切って観光に出かける。8時30分にオープンするはずのツーリスト・インフォメーションに行ってみたが、この日は日曜のため休みだった・・・。仕方なく、シニョリーア広場に行き、広場の一角にあるヴェッキオ宮が9時に開くのを待つ。
 9時、ヴェッキオ宮に入り、チケットではなく、フィレンツェ・カードを買う。わざわざツーリスト・インフォメーションに立ち寄ろうとしたのは、これが早く欲しかったからだ。今までご当地カードについては数多く書いてきたので大抵お察しであろうが、フィレンツェ・カードはフィレンツェの美術館・博物館・公共交通のチケットがセットになったものだ。もちろん価格がお得ということもあるが、特にフィレンツェについてはメリットが大きい。これについては、少し後で述べることになる。

 1階のチケット売り場から階段を上がると大広間に入る。ヴェッキオ宮はかつてフィレンツェ共和国の政庁であった。大広間はその会議場だった場所で、天井も壁も絵画で覆いつくされ、見るものを圧倒する。特に壁の絵画は巨大である。3階は後に共和国から公国に変わったフィレンツェの君主で、トスカーナ大公となったコジモ1世の住居である。小さいながらも天井に壁に絵画が飾られた部屋が続く。
 最後に塔に上る。階段がきつい・・・。だが、ここからはドゥオーモを中心に赤い屋根の連なるフィレンツェの市街を一望することができる。

 ヴェッキオ宮に隣接するのは、フィレンツェ公・トスカーナ大公となったメディチ家の事務局(ウフィツィ=オフィス)で、今ではフィレンツェを代表する美術館となったウフィツィ美術館である。「オフィス」と聞くと仕事に戻ってしまうような錯覚を覚えるが、実際ここに入るのは一仕事である。
 まず準備として、日時を指定された前売券を購入する必要がある。前売券を入手できなければ、当日券を購入しなければならないが、当然ながら窓口は長蛇の列だ。ところが、フィレンツェ・カードにはウフィツィ美術館のチケットが予め組み込まれているため、これを持っていると好きな時に入ることができる。
 美術館の入口は二手に分かれている。1つは当日券購入者用、もう一つは前売券とフィレンツェ・カードの購入者用である。もちろん後者の方が空いているのだが、それでも並び始めてから入場するまでに30分以上かかった・・・。
 ようやく中に入ると、回廊に沿って展示室がずらりと並ぶ。収蔵品の量には圧倒される。ボッティチェリの作品群など優れたものも多いが、私の感想では、全体として他のイタリアの美術館に比べると質はそれほどでもない気がする。

 人でごった返す「オフィス」を脱出して昼休み。フィレンツェには安いレストランが多いという印象がある。その理由はセットメニューが多いからであろう。例えば、この日の昼食のセットは、ミートソースのペンネ、ステーキ、サラダ、アイスクリーム、グラスワインであったが、これで15ユーロである。他の都市に行けば30ユーロは下らないと思われる。

 午後は、アルノ川の対岸に渡ってみよう。アルノ川に架かるヴェッキオ橋を渡る。この橋は、橋の上に建物がびっしり並んでいて、観光名所になっている。これらの建物の多くは宝飾店なのだが、その上を貫く回廊が存在する。このヴァザーリの回廊と呼ばれる回廊は、実はウフィツィ美術館から伸びているのだ。橋の上では1階がびっしり埋まっているが、それ以外の部分では1階は空洞で、ポルティコになっている。

 橋を渡り、少し坂を上るとピッティ宮だ。宮殿前の広場では、人々が日向ぼっこをしている。この感覚は、陽光に恵まれ過ぎてむしろ避けたがる日本人には理解しづらいものがある。
 切り石がびっしりと積まれたが辺りを囲み、威厳を感じさせる。それは、ここがトスカーナ大公の宮殿であったからであろう。ウフィツィ美術館から伸びてきた回廊は、実はこの宮殿につながる。回廊は言わば大公の「通勤路」であったのだ。
 広い宮殿内にはいくつもの博物館と庭園がある。もちろん、これらの施設もフィレンツェ・カードで入ることができる。(ただし、入場前に宮殿北隅にある本屋でバリデーションが必要だ。)

 まずは、パラティーナ美術館へ。壁が赤いゴブラン織りで覆われた部屋に、ラファエロをはじめとしたイタリアの巨匠の作品が無数に並んでいる。天井画も素晴らしい。
 銀器・陶磁器博物館はなぜか閉まっていた・・・。近代美術館へ。その名の通り近代イタリアの絵画を中心にしたコレクションで、こちらも見応え十分。残念なことに、パラティーナ美術館を見た目でそのまま見てしまうと、少し食傷気味になってしまう。展示室では一般客の入った状態でモデルを使った写真撮影をしており、これもイタリアらしい。(フェラーラでの出来事を参照。)疲れたので、庭園は見ずにホテルに戻る。

 夜、食事に出かける。トスカーナ料理の店を選んで入ってみた。前菜は生ハム&メロン、パスタはスパゲティ・ポモドーロ、メインは豆とミートボールのトマトスープ。パスタの注文時にあえて「アルデンテ」と言ってみたところ、スパゲティがアルデンテで出てきた。地域によるのかもしれないが、今まで私が旅行してきた範囲では、何も言わなければスパゲティはフニャフニャで出てくる。この一言は重要である。

続く
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ヨーロッパ横断鉄道旅行-第9弾(ヴェネツィア→フィレンツェ)(13)

ローマ行きFA(ボローニャ駅)
ボローニャ→フィレンツェ

 ボローニャに到着すると、すぐに特急列車の切符を購入して6番線に向かう。15時45分、ローマ行きのFA9435が入線する。FAすなわちフレッチャアルジェントに乗るのは、これが初めてだ。

 15時53分、列車が発車する。ボローニャの市街地を東に進んだかと思うと、すぐに分岐して南に向かう。ボローニャ・サン・ルフィーロを通過すると、在来線から分かれて特急専用線に入る。そしてトンネルに突入。同じ特急でも、FBとFAの大きな違いはここにある。専用線を使えるFAの方が断然に速いのだ。

 トンネルは思った以上に長い。その間、1等車に乗った私にはウェルカムドリンクのシャンパンとスナックが出てきた。どうやらエレガントなアペニン越えになりそうだ。
 シャンパンを飲み干しても、まだトンネルは続く。やっとトンネルを抜け、牛のいるトスカーナの草原が一瞬見えたかと思うと、またすぐにトンネルだ・・・

 ようやくトンネル区間を抜け、列車は在来線と合流する。通過した駅名を見ると、フィレンツェ・カステッロ。トンネルしか見ない間に、もうフィレンツェ市内に入っていたのである・・・FAによるアペニン越えは、私にはエレガント過ぎたのかもしれない。
 そうこうしているうちに列車はスピードを落とし、ついにフィレンツェ・サンタ・マリア・ノヴェッラ(よく"S.M.N"と略される)の構内に入る。そして16時32分、S.M.Nに到着するこの駅は、他の大都市と同様に全ホームの先端がコンコースに接続する頭端式である。

※FAを使わずに在来線を経由する方法もあったようだ。FAより本数がはるかに少ないがICに乗ればフィレンツェまで乗り換えなしで行くことができる。各駅停車を使う場合は直通列車がなく、フィレンツェの西郊・プラトで乗り換える必要がある。ただ、このルートの場合も相当なトンネル区間があることには変わりない。いずれにせよ、その当時、多少動揺もしていて冷静に検討する余裕のなかった私にとっては、これは所詮後知恵にすぎない。

続く
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ヨーロッパ横断鉄道旅行-第9弾(ヴェネツィア→フィレンツェ)(12)

ポレッタ行き普通列車(ボローニャ駅)
9日目

夢破れて

 ボローニャを去る日が来た。天気は曇り。荷物を持って駅に向かう。ボローニャ駅の西6番線に入線しているポレッタ行きの普通列車に乗り込む。内部は全てブルーシートのボックス席という、トレニタリアでは標準の車両である。

 10時4分、列車が発車する。列車はボローニャの広い構内線を北西に抜けてレーノ川を渡ると、パルマそしてミラノ方面へと向かう線路と分岐して南へと向きを変える。そしてボルゴパニガーレ、次いでカステルデーボレに停車する。この辺りはボローニャの郊外だから、工場も多い。次のカザレッキオ・ガリバルディの手前で線路が分岐し、この列車は左に進んで停車。右に進むと、ヴィニョーラに向かう路線となる。

 カザレッキオ・ガリバルディを出発した列車は、徐行で次のカザレッキオ・ディ・レーノにすぐ停車。ここからは単線になる。そして、景色はレーノ川沿いの渓谷に変わる。雨が降り始める。

 しばらく渓谷を進んで、ようやく初めてレーノ川を渡る。ラーマ・ディ・レーノに停車。またすぐにレーノ川を渡る。川はようやく蛇行を始め、線路もそれに合わせてカーブが増える。列車はマルツァボットピアン・ディ・ヴェノーラなどに停車し、渡河の回数も増える。

 列車はリオラに停車。ここから長いトンネルを抜けてシッラに停車。そして、列車はようやく終点のポレッタ(正確にはポレッタ・テルメ駅)に到着する。11時12分。

 次の列車まで時間があるので、外に出てみた。駅前は食料品の市になっている。ここからレーノ川の渓谷に架かる橋を渡ると、すぐに町の中心部である。駅名に「テルメ」と名のつく通り、ここは温泉保養地として知られているのだが、とても小さい町だ。しかし、小雨が降る中を荷物を全て抱えているので、わずかな距離でも移動は不自由きわまりない・・・
 町の中心にあるリベルタ広場では、さらに大きな市が開催されていた。広場に面して、何の建物かはわからないが、塔のある由緒ありげな館の最上階の壁に壁画が描かれているのがいい。雨は一向に止まない。楽しいことは楽しいが、この状況では街歩きも限界だ。逃げ込むようにしてカフェに入る。

 何ゆえに荷物を全て抱えてポレッタにやって来たのか?日帰りでふらりと入浴できる施設があるわけではない。まして泊まりに来たわけではない。目的はただ一つ。ボローニャの南に広がるアペニン山脈、イタリアを南北に分断するその山脈を鉄路で越えることである。ボローニャからポレッタまでアペニン山脈を鉄路で登り、そしてポレッタからフィレンツェの西郊・ピストイアまで鉄路で下る。これがしたいのだ。

 駅に戻る頃には雨が本降りになっていた。13時20分過ぎ、ピストイアまでの切符を買ったところで、その列車が来ないことに気づく。慌てて駅員に聞いてみると、ピストイアまでの路線は運休中で(2014年5月時点)、バスで代行しているとのこと。衝撃だった。ワイルドなアペニン越えの夢が、ここに潰えた・・・。ピストイアに向かう鉄路を虚しく見つめる。
 「ここまで来たのだから、もうバスに乗ってしまえ」心の片隅から声がする。だが、ここでバスに乗ってしまえば、今まで繋いできた鉄路のつながりが絶えてしまう。私はボローニャ行きの切符を買った。

 さらに待つこと1時間、ボローニャ行きの列車は14時22分に発車した。列車はレーノ川の渓谷を下る。往きには気づかなかったのだが渓谷には保養用の別荘かホテルが多く立ち並びリオラの辺りまで続いている。リオラの直前で列車は急停車。しばらくして運転再開し、リオラに到着すると、そのまましばらく停車してしまう。14時42分、ようやく発車するが、徐行。この後も駅間での停車を繰り返す。14時54分、ヴェルガトに停車。ヴェルガトも大きな町である。この後は運転も順調になって丘陵を疾駆する。やがて天気も回復してきた。15時36分、ボローニャに到着する。

続く
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ヨーロッパ横断鉄道旅行-第9弾(ヴェネツィア→フィレンツェ)(11)

聖ステファノ通り(1)
8日目

聖と俗

 朝、ホテルを出てボローニャ中央駅の脇に架かる陸橋を渡る。駅の方を眺めると、この駅の広さに改めて気づく。陸橋を渡ると、駅前の大通りを渡る。この通りは、おそらくボローニャの旧市街を囲む城壁の跡であろう。通りを渡ると9月20日広場がある。広場の南端にあるガッリエラ門は、旧市街の北の入口であったはずだ。ちょうど広場では書籍市が開かれていて、門前にずらりとテントが並ぶ。

 広場を過ぎて、インディペンデンツァ通りに入る。マッジョーレ広場まで続くこの通りの終点近くに中世博物館がある。この博物館に、ちょうどフェルメールの『耳飾りの少女』が来ていた。ところが、日本でも人気のこの絵はイタリアでも大人気らしい。博物館に向けて長蛇の列が。退散・・・。
 喧噪を避け、マッジョーレ広場の手前で左に折れ、斜塔の前から聖ステファノ通りに入る。ボローニャの中心部とは思えない静けさである。ポルティコは外から眺めてもよし、中から眺めてもよし。通りを少し進んだところが小さな広場のようになっていて、そこには通りの由来である聖ステファノ教会がある。

 入ると普通の教会なのだが、奥の通路を進むと別の教会に入る。さらに奥に行くと中庭を囲む回廊が現れ・・・と何とも複雑である。実はここは複数の教会や修道院が連なっているのだ。回廊はまた別の回廊とつながり、その回廊を奥まで進むと、そこに現れたのは・・・。この先はぜひご自身の目で確かめてほしい。

 マッジョーレ広場まで引き返す。広場の東側は生鮮食品を売る店がひしめき合い、とても混雑している。時刻は昼近くになり、雨が降り出す。雨宿りも兼ねて昼食。

 食事が終わると、雨も小止みになっていた。ボローニャで唯一心残りになっていた国立絵画館へ行く。14世紀の素朴な絵に始まり、ルネサンス期の巨大で壮麗な絵に至る宗教画のコレクションが素晴らしい。座って眺められる巨大絵画群に圧倒される。

 絵画館を出ると、雨は本降りになっていた。こういう時にはポルティコはありがたい。少々遠回りだが、ポルティコのある道を帰ろう。

続く
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ヨーロッパ横断鉄道旅行-第9弾(ヴェネツィア→フィレンツェ)(10)

ファルネーゼ劇場(1)
7日目

ハムか芸術かチーズか

 この日はメーデーだった。ボローニャの見どころは軒並み休みになるので、当初の予定を変更して郊外に出かける。9時42分、ボローニャ中央駅にミラノ行きのIC580が入線。予想に反して1号車が末尾にある編成だったため、乗車位置が大きく変わる。大慌てで移動・・・。ICなので、客席はコンパートメントだ。
 9時48分に発車。ほぼ北西方向にまっすぐ進む。市街地を抜けて郊外の田園に入ると、特急専用線と分岐する。この専用線は、北からトリノ・ミラノ・ボローニャ・フィレンツェ・ローマ・ナポリ・サレルノを結んでいる。専用線を通る特急は、FR, FA, Italoで、ICやFBは在来線を通る。今分岐した線路は、ボローニャとミラノを結んでいるのだ。

 やがて列車は大きな市街地に入る。10時6分、モデナに停車。この町はフェラーラの領主だったエステ家が統治し、後にフェラーラを追われたエステ家が公国の都にした場所だ。見てみたいのはやまやまだが、この町の観光施設もメーデーのため休みである。
 列車はモデナをなかなか発車しない。そうこうしているうちに、後発の各駅停車が追い付いてしまった。10時23分、約16分遅れで出発。理由は不明だが、何かトラブルがあったようだ。すぐに田園風景に変わる。昨夜の雨で増水した川を渡る。

 再び大きな市街地。10時38分、レッジョ・エミーリアに停車。そしてまた田園へ。三たび大きな市街地。10時56分、パルマに停車。私はここで下車する

 パルマの駅前から、パルマ川に沿った通りを南に歩く。しばらくすると、左手に大きな建物が現れる。この町の領主・ファルネーゼ家の居館であったピロッタ宮殿だ。

 宮殿の中にはいくつか施設があるのだが、この日は何と全て無料!まさに労働者特典だ。
 まずは、国立美術館へ。おそらくファルネーゼ家のコレクションが中心になっているのだろう、コレッジョやパルミジャニーノの作品を含む名画がずらりと揃っている。壁一面に絵を並べる光景も久しぶりに見た。
 次いで、ファルネーゼ劇場へ。ヨーロッパ最古の劇場と言われているが、意外に広い。壁や柱の木目がそのままになっているところなど、素朴さを通り越して神的な威厳すら感じさせる。こういうところでぜひ音楽を聴いてみたい。

 宮殿の庭を抜けたところはジュゼッペ・ガリバルディ通りで、かなり賑やかなところである。この通りを渡って東に歩くと、ドゥオーモがある。ドゥオーモの外観は地味だが、中に入ると一変する。天井は一面絵画に覆われ、奥の円天井にはコレッジョのフレスコ画、壁も絵画で覆いつくされている。隣接する洗礼堂の内部も見たかったのだが、ちょうど午前中の拝観が終わってしまい、入ることができなかった。

 ドゥオーモから西に少し戻り、カヴール通りに入って南に進むと、ガリバルディ広場に出る。その名の通り、ガリバルディの銅像が立っている。この辺りには市庁舎もあり、町の中心になっていて、商店も多い。もちろん、パルマ名産の生ハムとチーズを扱う店もある。
 チーズは、パルマを含むエミーリア・ロマーニャ地方で製造され、一定の条件を満たしたもののみ「パルミジャーノ・レッジャーノ」を名乗ることができる。このチーズは長期間熟成されるため、非常に硬く、すりおろして粉チーズとしてよく使われる。ちなみに、日本を含めて世界各地で製造される「パルメザンチーズ」は、製法は同じだが、熟成期間はまちまちであるらしい。これらはもちろん、「パルミジャーノ・レッジャーノ」とは名乗れない。

 いよいよ昼食。前菜はもちろん生ハムと砕いたパルミジャーノ・レッジャーノ。チーズは食べるのに少々固いが、うまみは抜群だ。パスタはラビオリ。すりおろしたパルミジャーノ・レッジャーノをたっぷりかける。メインは名前は忘れたが、焼き豚のようなものだった。
 「ハムか芸術かチーズか」ここでそれを問うのは愚かだ。全部食べてしまえばよい(笑)。

 ほろ酔い加減でジュゼッペ・ガリバルディ通りを歩く。外観も壮麗な教会や、オペラ劇場テアトロ・レージョの脇を通ってパルマ駅に戻る。

 帰りはレッチェ行きのFB9815に乗る。14時46分に発車。緑の田園風景を楽しむ。14時59分レッジョ・エミーリアに停車、15時12分モデナに停車。そして15時36分、ボローニャに停車。列車は、この後もまっすぐ南東に向かい、リミニでアドリア海に出ると、今度は海に沿って南伊のレッツェまで南下するのである。

続く
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ヨーロッパ横断鉄道旅行-第9弾(ヴェネツィア→フィレンツェ)(9)

マンツォーニ劇場
夏の夜の夢

 ようやく駅前にたどり着いたものの、今度は発着するバスの多さに戸惑ってしまう。市街の中心部に行くにはどうすればいいのかわからないのだ。だが、今はインターネットの時代。市バスのサイトを調べたりして、25番バスに乗り込む。バスは駅から南に向かい、途中で東に折れる。本来ならこのバスは街の中心・マッジョーレ広場まで連れて行ってくれるはずなのだが、いつも通り、どこで降りればよいかわからず、カンで降りてみると、そこは1つ手前のバス停であった・・・。ボローニャ名物・巨大なポルティコの商店街を歩いて、マッジョーレ広場にたどり着く。

 中央にネプチューンの噴水のあるこの広場は、市庁舎になっているコムナーレ宮サン・ペトロニオ聖堂バンチ宮、そしてツーリストインフォメーションのあるポデスタ館などの大きな建物に囲まれている。

 まずはサン・ペトロニオ聖堂へ。ゴシック様式の建物で、高い柱が並び、壁には数多くの祭壇画が掲げられている。面白いことに、床に黄道を表した線が描かれ、12星座を表した点を結んでいる。他の建物は中に入ることができないので、立派な外観を見て楽しむ。

 もう昼時も過ぎようとしているので、広場近くのレストランで昼食。まずは地元エミーリア・ロマーニャ州特産のパスタ、トルテリーニのクリームソース仕立て。トルテリーニの中には刻んだハムが詰められている。そしてもう一つのボローニャ名物・ボローニャ風カツレツも忘れず注文。カツレツの上にハム、さらにその上にトロトロのチーズが載っている。出てきた皿を見て一瞬「注文を間違えられたか」と思ったのだが、それはチーズが表面を覆いつくしていたからだ。その後イタリアで何度も「ボローニャ風」カツレツを食べたが、ここのカツレツを上回るものにお目にかかったことはない。

 マッジョーレ広場を出て東に歩くとすぐに2本の高い塔が現れる。ピサならぬボローニャの斜塔である。ところが、工事中のため、登ることができない・・・。
 斜塔のそばから北東に伸びているザンボーニ通りを歩く。小さなポルティコの続くこの通りには、文化的な施設が立ち並ぶ。ボローニャ歌劇場、国立絵画館などの博物館、そしてヨーロッパ最古の総合大学・ボローニャ大学だ。国立絵画館は、この日は13:30で閉まるため、入場できなかった・・・。通りの終点・聖ドナート門まで行き、そこから37番バスに乗って駅に戻る。そして駅近くのホテルに到着。

 19時前、激しい雷雨に見舞われるが、やがて止む。20時過ぎ、マッジョーレ広場へまっすぐ伸びるインディペンデンツィア通りに向かう。ここから少し入ったところにある小さな劇場に入る。だが、客席は思ったより広く、高さも4階分ある。私のようにラフな格好の人は多いが、中にはタキシードでばっちり決めている紳士もいる。
 21時、幕が開く。先ほど見たボローニャ歌劇場の楽団員による交響楽コンサートだ。指揮者はアメリカから招聘している。プログラムはいずれもメンデルスゾーンの曲。波動が真正面からぶつかって来る。やっぱり生演奏はいい。最後は「結婚行進曲」で締めくくる。今は夏ではないが、夜の夢であることには変わりない。
 23時に閉演。夢から覚めた人々は三々五々散って行く。バスが来るかどうか心配だったが、深夜バスがあったので、それに乗って帰る。

続く
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ヨーロッパ横断鉄道旅行-第9弾(ヴェネツィア→フィレンツェ)(8)

ローマ行きFA(フェラーラ駅)
6日目

フェラーラ→ボローニャ

 朝、ホテルを出発。バスに乗るつもりだったが、なかなか来ないので、結局まで歩いてしまう・・・。カラフルなローカル線の車両などを見て過ごす。
 9時26分、ローマ行きのFAが入線。FAはFreccia Argento(フレッチャ・アルジェント)の略で、「銀の矢」という意味の特急列車である。今まで乗ってきたFBよりも最高時速が速い。せっかくなので1等車を予約。車内は座席が1列と2列に並んでいて、とてもゆったりしている。

 列車が町を離れると、すぐに田園風景に変わる。車内ではスナックと飲み物が提供される。特に見どころもなく、列車は大きな市街地に入って大きく左カーブするとボローニャに停車。9時50分。私はここで下車する。

 ボローニャ駅は、正確にはボローニャ中央駅だ。都市の中心にある多くの駅と異なり、線路が行き止まりにならない通過型のホームが東西に多数伸びている。その一方、この駅を始発とする列車のために頭端式のホームも駅舎の東西に存在する。これらは「東○○番線」、「西○○番線」と名付けられている。このようにホームの種類が3種類もあり、また東と西のホームが大きく離れているため、初めて来た私は列車を乗り換えるわけでもないのに地下通路の案内板や行先掲示板を見ていて混乱してしまった・・・。ようやく駅前にたどり着く。

続く
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ヨーロッパ横断鉄道旅行-第9弾(ヴェネツィア→フィレンツェ)(7)

エステンセ城(1)
5日目

光と闇

 この日も朝から雨だった。少々頼りない小さな折り畳み傘を持って出かける。ホテルから少し北に歩けば、そこはもう町の中心部だ。フェラーラの市庁舎の向かい側には、カテドラルもある。内部には巨大な祭壇画が並んでいて、ステンドグラスも美しい。
 さらに北に歩けば、町のシンボル・エステンセ城が聳え立つ。近くに川がない代わりに、四方に廻らされたには水が湛えられており、今でも要塞として使えそうだ。400年にわたってフェラーラを支配したエステ家の居城である。城の2階の天井画が壮大だ。ここでは大きな鏡が用意されているので、それで眺めることができる。

 エステンセ城からさらに北に歩くと、ディアマンティ(ダイヤモンド)宮という建物がある。現在では絵画館になっているのだが、外観もなかなか面白い。ダイヤモンドのようなファサードが多数埋め込まれているのでこの名がついている。ところが、この時はマティス展をやっていて大混雑。中に入るのは断念した。(イタリアではマティスの人気が高いのか、イタリアで何度か遭遇したマティス展はいずれも混雑していた。)

 エステンセ城の前を通るジョヴェッカ大通りまで戻り、東に歩く。エステ家の離宮の一部であるマルフィーゼの家を見たりしながら、町の東端まで到達。引き返す。マルフィーゼの家の近くから南に折れ、さらに左折したところにあるのが、これもエステ家の離宮であったスキファノイア宮殿だ。
 「12か月の間」と呼ばれる壁いっぱいに描かれたフレスコ画に圧倒される。その感銘も冷めやらぬまま、その奥の間に入った瞬間、私は思わず後ずさりした。そこにはフレスコ画から飛び出してきたような中世風の衣装を着た男性が立っていたからだ。その男性にメイクを施す女性と、居並ぶスポットライトを見て、ここで何が行われているのかやっと了解した。それにしても、一般の見物客の前で映画orドラマの撮影とはすごい。見物客としては、撮影のために部屋を締め切られて、そこが見られなくなってしまうよりは、この方がずっとありがたい。

 青の下地の上に金細工で満たされた奥の間の天井、その下に横たわる男。男は突如「ルクレツィア・・・」とつぶやき、そして息絶える。ルクレツィア?ここはエステ家の離宮であった。エステ家にゆかりのあるルクレツィア。それはただ一人しか思いつかない。ルクレツィア・ボルジアだ。日本では「チェーザレの妹」と言った方が通じるかもしれないが、ヨーロッパではオペラのヒロインになっていて、彼女の方が有名だったりする。ということは、今ここで「死んだ」男は、彼女の最後の夫にしてフェラーラ公爵・アルフォンソ1世ということだろうか。ちなみにアルフォンソ1世は、マントヴァの侯爵夫人イザベッラ・デステの弟である。

 通りを西に向かい、町の中心部に戻る。空はようやく晴れ渡る。街並みは中世の面影を残していて、ポルティコもしっかり残っている。昼食後にいったんホテルに戻る。

 日が暮れてから夕食に出かける。エステンセ城市庁舎カテドラルがライトアップされて、昼間とは別の世界が浮かび上がる。とりわけ昔ながらの通りは人通りもなく、少々不気味だが、幻想的な雰囲気を醸し出している。

続く
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ヨーロッパ横断鉄道旅行-第9弾(ヴェネツィア→フィレンツェ)(6)

レッツェ行きFB9817(サンタ・ルチア駅)(1)
ヴェネツィア→フェラーラ

 サンタ・ルチア駅でしばらくぶらつく。様々な列車がホームに到着しては去っていく様子を眺めて過ごす。
 14時40分過ぎ、レッツェ行きのFB9817が入線する。通常のFBの車両とは異なり、機関車が客車を牽引している。ICやECと同じスタイルである。

 15時1分、予定より4分遅れで列車が出発する。列車は静かに海峡を渡り、夢の島を後にする。15時9分、メストレに停車。そのまま東に向かい、15時29分パドヴァに停車する。
 パドヴァから分岐を左に折れ、ミラノ方面に向かう線路と別れを告げる。市街地を離れると、辺りは田園風景になり、それもやがては野山に変わり、トンネルも通過する。天気は朝から曇りがちであったが、ここでとうとう激しい雨が降り出す。そのせいか、列車は徐行運転になる。徐行から回復できないまま、列車はゆっくりとアディジェ川を渡る。あのヴェローナの市街を流れていた川だ。列車はそのまま市街地に入り、ロビゴに停車。15時54分。
 ロビゴのすぐ先で、アディジェ川沿いに遡ってヴェローナに向かう線路と、反対にアディジェ川沿いに下ってアドリア海に面したキオッジャに向かう線路、そして南に向かう線路に分岐する。この列車はもちろん南に向かう。ポレゼッラからは北イタリアを代表する大河・ポー川に沿って南西に進む。雨はようやく止む。列車はポー川を渡ると、大きな市街地に入る。16時11分、予定より10分遅れでフェラーラに停車する。私はここで下車するが、この列車は、ボローニャまで南下した後、アドリア海に沿ってイタリア半島を縦断し、半島南端の「長靴のかかと」にあるレッツェまで長旅をする。そんな名残惜しい気持ちで列車を見送り、外に出る。

 とりあえず駅の売店でバス券を買って、駅前のバス停に並んではみたものの、バスはなかなか来ない。雨上がりで空気は一気に冷え込み、とても寒い。15分ほど待った後、ようやく1番バスが到着。バスは市街地の西端にある駅から通りを南東に進み、市街地の中心部に向かう。
 エステンセ城のそばで下車すると、南に向かって歩く。また雨が降ってきた。慌てて折り畳み傘を開く。旧市街の南の城壁を抜けた辺りに目指すホテルがあるはずなのだが、こういう時に限ってなかなか見つからない・・・。傘はさしているものの、小さいのでだんだん体も荷物も濡れてくる。ようやく、濡れ鼠のようになってホテルにたどり着くと、またもや予想外の事態が起こる。
 「予約が入っていない」と告げられた時、意外にも私は冷静だった。今までの(特にアジアでの)経験や、パドヴァでの出来事の記憶がそうさせたのかもしれない。すぐにバウチャーを取り出して説明を始める。(バウチャーは、印刷するなりして常に携帯することを強くおすすめする。)ところが、今度はフロント氏が狼狽する。私は確かに予約をしていたし、料金も前払いしていたのだが、ホテルには私の予約が入っていなかったし、しかも不運なことに、ホテルは満室だったのだ・・・。話には聞いていたが、ダブルブッキングに遭遇するのは、これが初めてであった。フロント氏は予約エージェント会社に電話するが、業務時間外だったらしく通じない・・・。
 フロント氏はどこかに出かけ、私はロビーで待つ。しばらくして戻ってきたフロント氏は、私を近くの別のホテルに案内してくれた。もちろん追加の出費などはない。一時はどうなるかと思ったが、何とか助かった。

続く
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