ヨーロッパ横断鉄道旅行-第10弾(フィレンツェ→ローマ)(1)

ヴェッキオ橋から
2日目

ロッソ

 フィレンツェの空は晴れ渡っていた。気持ちの上では「まだ見てないところがたくさんある」と思っていたが、いざ歩き始めてみると、「ここは見た」というところばかりで、気が付くとドゥオーモの北東にあるサンティッシマ・アンヌンティアータ広場(舌を噛みそうだ・・・)に来ていた。広場に面する捨て子養育院絵画館に入ろうと思ったが、建物をリニューアルするらしく、この時は閉館していた・・・。それで、隣接する考古学博物館に入る。
 まずは古代エトルリアの遺物コレクション。改装中で見られないものも多かったが、それでも数多くの青銅器や陶器などが展示されていて、ローマに継承されたと言われるエトルリア文明の水準の高さをうかがわせる。他には古代エジプト、ギリシャ、ローマと言った定番のコレクションがある。もともとあまり期待していなかったのだが、意外にコレクションが充実していて、とても良かった。

 午後は、前回行けなかったアカデミア美術館へ。やはり入口は長蛇の列であるが、私は事前に予約していたので、時間通りに入る。メインのコレクションは宗教画だ。素朴な祭壇画から、巨大絵画に至るまで、見どころ十分である。だが、一番の見どころは、フィレンツェが生んだ巨匠・ミケランジェロのダビデ像。像は巨大だが、人だかりができていて、遠巻きにしか見られない・・・

 夕方、ドゥオーモに行き、前回あえて避けた鐘楼に登る。クーポラと同様、鐘楼にも階段しかない。わざわざ夕方を選んだつもりであったが、それでも真夏の残暑は厳しく、登りつめたところで、文字通りへたってしまった・・・。無様にも石のベンチにしばらく横たわった後、ようやく立ち上がって眺めた景色は、クーポラからのものに勝るとも劣らない。クーポラ、そして市街地を埋め尽くす赤い屋根に夕日が注ぎ込み、より鮮やかな色が浮かびあがる。

 夜、ヴェッキオ橋を渡ってアルノ川の南岸に行く。夕日が最後の残照を、アルノ川の上に放つ。辺りがすっかり闇に包まれた頃、とある教会でコンサートが始まる。ソプラノとテノールの歌手が交互にその技を競い、最後は合唱。マイクなど使わなくとも辺りを振動させるその声量に、私の心も震える。

 アルノ川岸に並んだ光の列を見ながら北に向かう。昼間の暑さを避けていた人々は、ここぞとばかりに街に繰り出し、サンタ・マリア・ノヴェッラ教会は、夜会向けに化粧をし直したかのように、妖艶な姿で現れる。フィレンツェの夜がこうして更けていく。

続く
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ヨーロッパ横断鉄道旅行-第10弾(フィレンツェ→ローマ)

はじめに

 シルクロードの西の終点はローマだとよく言われる。確かに、絹の交易が始まった時代、西方世界の中心地はローマであったので、このような定義は間違ってはいないだろう。
 しかし、2004年に「シルクロード鉄道旅行」として北京を出発した当時の私は、終点をローマと決めていたわけではない。むしろ、漠然とヨーロッパを夢見ていたにすぎない。2010年に「ヨーロッパ横断鉄道旅行」を始めた頃から、次第に終点を意識するようになった。だが、それもローマよりは西になることは間違いない。
 それでも、北京を出発してから10年、しかもヨーロッパ横断鉄道旅行の第10弾にしてローマに至るということには、何か運命的なものを感じる。もちろん、イタリアと真夏の暑さは、そのような感傷に浸ることを容易に許してはくれないのだが・・・

旅の時期
2014年8月

目次

    2日目
  1. ロッソ


  2. 3日目
  3. マエストロ


  4. 4日目
  5. Top of the World?


  6. 5日目
  7. 宴の前


  8. 6日目
  9. フィレンツェ→アレッツォ

  10. アレッツォ→オルヴィエート

  11. オルヴィエート→ローマ


  12. 7日目
  13. 娯楽

  14. 政治

  15. 中心

  16. 神々


  17. 8日目
  18. 夜の天使


  19. 9日目
  20. 憩い


  21. 10日目
  22. また来られる?



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ヨーロッパ横断鉄道旅行-第9弾(ヴェネツィア→フィレンツェ)(16)

メディチ・リッカルディ宮
12日目

ギャップ

 この旅行最後の朝を迎えた。SMN駅で荷物を預けると、まずサン・ロレンツォ聖堂の一角にあるメディチ家の礼拝堂に行く。サン・ロレンツォ聖堂はもともとメディチ家の菩提寺院であったが、後にトスカーナ大公となったメディチ家がここに礼拝堂を建てた。内部は黒っぽい大理石で覆われ、一見地味に見えるのだが、近づいて見れば見るほど、その装飾の豪華さに圧倒されてしまう。

 次いで、聖堂から目と鼻の先にあるメディチ・リッカルディ宮へ行く。ここは、フィレンツェが共和国であった時代にメディチ家の居所であった屋敷である。15世紀にコジモが実権を握った後も、フィレンツェは表向き共和国であり続け、メディチ家は「一市民」としての体裁を保っていた。この屋敷には、そうしたメディチ家の姿勢がよく表れている。地味な外観とは裏腹に、中に入ると巨大絵画に囲まれた部屋、金ぴかの集会室など、一般市民をはるかに凌駕する財力を見せつけられる。
 こうした外観と内装の「ギャップ」は、ドゥオーモなどを除けば、フィレンツェのあちこちに見られる、と私は思う。

 メディチ・リッカルディ宮からドゥオーモまでは、これまた目と鼻の先だ。前日は閉まっていた洗礼堂が開いていたので入る。八角形の天井には、金地にビザンチン風の絵画が描かれている。見上げながら、思わず息をのむ。

 ドゥオーモから北東に向かうとアカデミア美術館がある。だが、あまりの入場待ち行列に戦意喪失・・・。さらに進むとサン・マルコ教会がある。この教会自体にも多くの祭壇画があるのだが、これに隣接する修道院跡が美術館になっている。1階にはアンジェリコの『受胎告知』など優れたフレスコ画が展示され、かつての僧坊であった2階には、各部屋に壁画が描かれている。
 ここに来ると、浮世を離れた僧たちの精神生活を思わずにはいられない。だが面白いことに、この修道院がフィレンツェの中心であったことが一度だけある。15世紀末に修道院長となったサヴォナローラは、いったん追放されたメディチ家に代わってフィレンツェの実権を掌握したのである。
 しかし、あまりに「神聖な」政治をやり過ぎてしまったために人々の反感をかったサヴォナローラは処刑され、メディチ家は復帰する。復帰したメディチ家はもはや「一市民」に戻ることはなく、トスカーナ公・大公となってヴェッキオ宮やピッティ宮で暮らすようになった。

 サン・ロレンツォ聖堂の辺りまで戻って昼食。トスカーナ産の赤ワイン・キャンティに、ペペロンチーノとステーキだ。

 出発の時間が近づいてきたので、SMN駅前に移動し、目の前にある教会に行く。駅名の由来となったサンタ・マリア・ノヴェッラ教会だ。入口は何とも変わっていて、隣接するツーリストインフォメーションの内側奥にある。
 回廊のある庭園は、駅前の喧噪から壁一つ隔たっているだけなのが不思議なくらい静寂である。その一角にはも聳えている。回廊の脇に開かれた入口から教会内部に入ってみよう。
 中央にはが並び、壁は祭壇画ステンドグラスに満たされる。あまりに広いため、これらのアイテムが実際より小さく見えてしまう。
 ツーリストインフォメーションとは反対側の入口から外に出る。あれ?教会の本当の「正面」はこちらだったのだ。この、こじんまりした教会正面からは内部の巨大な空間や庭園のことは想像もつかない。

 SMN駅から道路一本隔てたバスターミナルから空港行きのバスに乗る。狭い道路をくねくね進み、15分ほどで空港に到着する。オンラインチェックインが進んでいるからか、カウンターに乗客は少ない。
 18時過ぎ、パリ行きの便で出発。トスカーナの平原、アペニン山脈を越えると、地中海が左手に見える。海面に映る夕日は、旅の終わりを私に告げていた。

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ヨーロッパ横断鉄道旅行-第9弾(ヴェネツィア→フィレンツェ)(15)

ドゥオーモ
11日目

フローラ

 前日とは打って変わって、よく晴れた朝だった。この日最初に向かったのは、フィレンツェのシンボルであるドゥオーモ。正しくは、花の聖母教会である。この華麗にして壮大な教会の内部は後で探訪することにして、まずは教会の中心・クーポラ(ドーム)に向かう。クーポラの入口は、教会北側にある。やはりというべきか、そこには既に壮大な行列が・・・。
 ようやく入口まで至った時、もう一つの入口があることに気がつく。何と、それはフィレンツェ・カード専用の入口であった。並ぶ前に確認しておけば良かった・・・。結局1時間半並んでようやく中へ。だが、苦難はまだ続く。急で狭い階段をひたすら上る。上から下りてくる人と行き違うのも大変だ(それゆえ、一度にクーポラに入場できる人数は制限されているのである)。
 そんな苦難にあえぐ人間に安堵を与えるかのように、あるものが見えてくる。クーポラの天井に描かれた巨大な壁画だ。上から天界・人界、下には地獄が描かれている。この苦しい階段を上り詰めれば天界に至れるのだろうか?
 階段の先に、やっと光が見えた。その光にたどり着くと、そこは天界、ではなく、クーポラの展望台である。フィレンツェの街並みと、その背後にはトスカーナの丘陵が一望できる。教会の隣に聳える巨大な鐘楼も、ここでは見下ろすことができる。人々はしばし神の心地に酔いしれ、そして再び下界へと戻っていく。

 ドゥオーモの内部は、華やかな外観とは異なり、厳粛なゴシック様式になっている。もちろん、見上げれば、あの巨大な天井画が見えるのだが。

 ドゥオーモから南に行ったところにバルジェッロ宮がある。かつての警察署で、現在では博物館になっている。彫刻の展示がメインであるが、他に陶器などもあり、とりわけウルビーノ産の陶器コレクションが良い。

 午後は街の西側に向かう。共和国広場にはメリーゴーランドなどがあり、ちょっとした遊園地になっている。その先にあるのがストロッツィ宮で、現在では展示場になっている。この時はポントルモとロッソというマニエリスムの画家の作品展であった。規模は小さいけれど、照明など展示方法に工夫があって良かった。
 東側への帰り道にはあえて大通りではなく、昔の佇まいが残る路地を進むと、新市場のロッジアに行き着く。ここはトスカーナ大公国以来の市場で、今でも露店がひしめいている。

 夜、洗濯ついでに食事に行く。フィレンツェは狭い町の中にコインランドリーが数多くあり、旅行者にはうれしい限りだ。洗濯の合間にレストランへ。店頭でピザ職人が窯からピザを出し入れしている。やはりこういう所のピザにハズレはない。トスカーナ産のヴィンサントやシャルドネなどのワインにもぴったりだ。

続く
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ヨーロッパ横断鉄道旅行-第9弾(ヴェネツィア→フィレンツェ)(14)

ヴェッキオ宮から見たフィレンツェ市街
10日目

オフィス

 朝、空は曇っていたが、張り切って観光に出かける。8時30分にオープンするはずのツーリスト・インフォメーションに行ってみたが、この日は日曜のため休みだった・・・。仕方なく、シニョリーア広場に行き、広場の一角にあるヴェッキオ宮が9時に開くのを待つ。
 9時、ヴェッキオ宮に入り、チケットではなく、フィレンツェ・カードを買う。わざわざツーリスト・インフォメーションに立ち寄ろうとしたのは、これが早く欲しかったからだ。今までご当地カードについては数多く書いてきたので大抵お察しであろうが、フィレンツェ・カードはフィレンツェの美術館・博物館・公共交通のチケットがセットになったものだ。もちろん価格がお得ということもあるが、特にフィレンツェについてはメリットが大きい。これについては、少し後で述べることになる。

 1階のチケット売り場から階段を上がると大広間に入る。ヴェッキオ宮はかつてフィレンツェ共和国の政庁であった。大広間はその会議場だった場所で、天井も壁も絵画で覆いつくされ、見るものを圧倒する。特に壁の絵画は巨大である。3階は後に共和国から公国に変わったフィレンツェの君主で、トスカーナ大公となったコジモ1世の住居である。小さいながらも天井に壁に絵画が飾られた部屋が続く。
 最後に塔に上る。階段がきつい・・・。だが、ここからはドゥオーモを中心に赤い屋根の連なるフィレンツェの市街を一望することができる。

 ヴェッキオ宮に隣接するのは、フィレンツェ公・トスカーナ大公となったメディチ家の事務局(ウフィツィ=オフィス)で、今ではフィレンツェを代表する美術館となったウフィツィ美術館である。「オフィス」と聞くと仕事に戻ってしまうような錯覚を覚えるが、実際ここに入るのは一仕事である。
 まず準備として、日時を指定された前売券を購入する必要がある。前売券を入手できなければ、当日券を購入しなければならないが、当然ながら窓口は長蛇の列だ。ところが、フィレンツェ・カードにはウフィツィ美術館のチケットが予め組み込まれているため、これを持っていると好きな時に入ることができる。
 美術館の入口は二手に分かれている。1つは当日券購入者用、もう一つは前売券とフィレンツェ・カードの購入者用である。もちろん後者の方が空いているのだが、それでも並び始めてから入場するまでに30分以上かかった・・・。
 ようやく中に入ると、回廊に沿って展示室がずらりと並ぶ。収蔵品の量には圧倒される。ボッティチェリの作品群など優れたものも多いが、私の感想では、全体として他のイタリアの美術館に比べると質はそれほどでもない気がする。

 人でごった返す「オフィス」を脱出して昼休み。フィレンツェには安いレストランが多いという印象がある。その理由はセットメニューが多いからであろう。例えば、この日の昼食のセットは、ミートソースのペンネ、ステーキ、サラダ、アイスクリーム、グラスワインであったが、これで15ユーロである。他の都市に行けば30ユーロは下らないと思われる。

 午後は、アルノ川の対岸に渡ってみよう。アルノ川に架かるヴェッキオ橋を渡る。この橋は、橋の上に建物がびっしり並んでいて、観光名所になっている。これらの建物の多くは宝飾店なのだが、その上を貫く回廊が存在する。このヴァザーリの回廊と呼ばれる回廊は、実はウフィツィ美術館から伸びているのだ。橋の上では1階がびっしり埋まっているが、それ以外の部分では1階は空洞で、ポルティコになっている。

 橋を渡り、少し坂を上るとピッティ宮だ。宮殿前の広場では、人々が日向ぼっこをしている。この感覚は、陽光に恵まれ過ぎてむしろ避けたがる日本人には理解しづらいものがある。
 切り石がびっしりと積まれたが辺りを囲み、威厳を感じさせる。それは、ここがトスカーナ大公の宮殿であったからであろう。ウフィツィ美術館から伸びてきた回廊は、実はこの宮殿につながる。回廊は言わば大公の「通勤路」であったのだ。
 広い宮殿内にはいくつもの博物館と庭園がある。もちろん、これらの施設もフィレンツェ・カードで入ることができる。(ただし、入場前に宮殿北隅にある本屋でバリデーションが必要だ。)

 まずは、パラティーナ美術館へ。壁が赤いゴブラン織りで覆われた部屋に、ラファエロをはじめとしたイタリアの巨匠の作品が無数に並んでいる。天井画も素晴らしい。
 銀器・陶磁器博物館はなぜか閉まっていた・・・。近代美術館へ。その名の通り近代イタリアの絵画を中心にしたコレクションで、こちらも見応え十分。残念なことに、パラティーナ美術館を見た目でそのまま見てしまうと、少し食傷気味になってしまう。展示室では一般客の入った状態でモデルを使った写真撮影をしており、これもイタリアらしい。(フェラーラでの出来事を参照。)疲れたので、庭園は見ずにホテルに戻る。

 夜、食事に出かける。トスカーナ料理の店を選んで入ってみた。前菜は生ハム&メロン、パスタはスパゲティ・ポモドーロ、メインは豆とミートボールのトマトスープ。パスタの注文時にあえて「アルデンテ」と言ってみたところ、スパゲティがアルデンテで出てきた。地域によるのかもしれないが、今まで私が旅行してきた範囲では、何も言わなければスパゲティはフニャフニャで出てくる。この一言は重要である。

続く
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ヨーロッパ横断鉄道旅行-第9弾(ヴェネツィア→フィレンツェ)(13)

ローマ行きFA(ボローニャ駅)
ボローニャ→フィレンツェ

 ボローニャに到着すると、すぐに特急列車の切符を購入して6番線に向かう。15時45分、ローマ行きのFA9435が入線する。FAすなわちフレッチャアルジェントに乗るのは、これが初めてだ。

 15時53分、列車が発車する。ボローニャの市街地を東に進んだかと思うと、すぐに分岐して南に向かう。ボローニャ・サン・ルフィーロを通過すると、在来線から分かれて特急専用線に入る。そしてトンネルに突入。同じ特急でも、FBとFAの大きな違いはここにある。専用線を使えるFAの方が断然に速いのだ。

 トンネルは思った以上に長い。その間、1等車に乗った私にはウェルカムドリンクのシャンパンとスナックが出てきた。どうやらエレガントなアペニン越えになりそうだ。
 シャンパンを飲み干しても、まだトンネルは続く。やっとトンネルを抜け、牛のいるトスカーナの草原が一瞬見えたかと思うと、またすぐにトンネルだ・・・

 ようやくトンネル区間を抜け、列車は在来線と合流する。通過した駅名を見ると、フィレンツェ・カステッロ。トンネルしか見ない間に、もうフィレンツェ市内に入っていたのである・・・FAによるアペニン越えは、私にはエレガント過ぎたのかもしれない。
 そうこうしているうちに列車はスピードを落とし、ついにフィレンツェ・サンタ・マリア・ノヴェッラ(よく"S.M.N"と略される)の構内に入る。そして16時32分、S.M.Nに到着するこの駅は、他の大都市と同様に全ホームの先端がコンコースに接続する頭端式である。

※FAを使わずに在来線を経由する方法もあったようだ。FAより本数がはるかに少ないがICに乗ればフィレンツェまで乗り換えなしで行くことができる。各駅停車を使う場合は直通列車がなく、フィレンツェの西郊・プラトで乗り換える必要がある。ただ、このルートの場合も相当なトンネル区間があることには変わりない。いずれにせよ、その当時、多少動揺もしていて冷静に検討する余裕のなかった私にとっては、これは所詮後知恵にすぎない。

続く
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ヨーロッパ横断鉄道旅行-第9弾(ヴェネツィア→フィレンツェ)(12)

ポレッタ行き普通列車(ボローニャ駅)
9日目

夢破れて

 ボローニャを去る日が来た。天気は曇り。荷物を持って駅に向かう。ボローニャ駅の西6番線に入線しているポレッタ行きの普通列車に乗り込む。内部は全てブルーシートのボックス席という、トレニタリアでは標準の車両である。

 10時4分、列車が発車する。列車はボローニャの広い構内線を北西に抜けてレーノ川を渡ると、パルマそしてミラノ方面へと向かう線路と分岐して南へと向きを変える。そしてボルゴパニガーレ、次いでカステルデーボレに停車する。この辺りはボローニャの郊外だから、工場も多い。次のカザレッキオ・ガリバルディの手前で線路が分岐し、この列車は左に進んで停車。右に進むと、ヴィニョーラに向かう路線となる。

 カザレッキオ・ガリバルディを出発した列車は、徐行で次のカザレッキオ・ディ・レーノにすぐ停車。ここからは単線になる。そして、景色はレーノ川沿いの渓谷に変わる。雨が降り始める。

 しばらく渓谷を進んで、ようやく初めてレーノ川を渡る。ラーマ・ディ・レーノに停車。またすぐにレーノ川を渡る。川はようやく蛇行を始め、線路もそれに合わせてカーブが増える。列車はマルツァボットピアン・ディ・ヴェノーラなどに停車し、渡河の回数も増える。

 列車はリオラに停車。ここから長いトンネルを抜けてシッラに停車。そして、列車はようやく終点のポレッタ(正確にはポレッタ・テルメ駅)に到着する。11時12分。

 次の列車まで時間があるので、外に出てみた。駅前は食料品の市になっている。ここからレーノ川の渓谷に架かる橋を渡ると、すぐに町の中心部である。駅名に「テルメ」と名のつく通り、ここは温泉保養地として知られているのだが、とても小さい町だ。しかし、小雨が降る中を荷物を全て抱えているので、わずかな距離でも移動は不自由きわまりない・・・
 町の中心にあるリベルタ広場では、さらに大きな市が開催されていた。広場に面して、何の建物かはわからないが、塔のある由緒ありげな館の最上階の壁に壁画が描かれているのがいい。雨は一向に止まない。楽しいことは楽しいが、この状況では街歩きも限界だ。逃げ込むようにしてカフェに入る。

 何ゆえに荷物を全て抱えてポレッタにやって来たのか?日帰りでふらりと入浴できる施設があるわけではない。まして泊まりに来たわけではない。目的はただ一つ。ボローニャの南に広がるアペニン山脈、イタリアを南北に分断するその山脈を鉄路で越えることである。ボローニャからポレッタまでアペニン山脈を鉄路で登り、そしてポレッタからフィレンツェの西郊・ピストイアまで鉄路で下る。これがしたいのだ。

 駅に戻る頃には雨が本降りになっていた。13時20分過ぎ、ピストイアまでの切符を買ったところで、その列車が来ないことに気づく。慌てて駅員に聞いてみると、ピストイアまでの路線は運休中で(2014年5月時点)、バスで代行しているとのこと。衝撃だった。ワイルドなアペニン越えの夢が、ここに潰えた・・・。ピストイアに向かう鉄路を虚しく見つめる。
 「ここまで来たのだから、もうバスに乗ってしまえ」心の片隅から声がする。だが、ここでバスに乗ってしまえば、今まで繋いできた鉄路のつながりが絶えてしまう。私はボローニャ行きの切符を買った。

 さらに待つこと1時間、ボローニャ行きの列車は14時22分に発車した。列車はレーノ川の渓谷を下る。往きには気づかなかったのだが渓谷には保養用の別荘かホテルが多く立ち並びリオラの辺りまで続いている。リオラの直前で列車は急停車。しばらくして運転再開し、リオラに到着すると、そのまましばらく停車してしまう。14時42分、ようやく発車するが、徐行。この後も駅間での停車を繰り返す。14時54分、ヴェルガトに停車。ヴェルガトも大きな町である。この後は運転も順調になって丘陵を疾駆する。やがて天気も回復してきた。15時36分、ボローニャに到着する。

続く
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ヨーロッパ横断鉄道旅行-第9弾(ヴェネツィア→フィレンツェ)(11)

聖ステファノ通り(1)
8日目

聖と俗

 朝、ホテルを出てボローニャ中央駅の脇に架かる陸橋を渡る。駅の方を眺めると、この駅の広さに改めて気づく。陸橋を渡ると、駅前の大通りを渡る。この通りは、おそらくボローニャの旧市街を囲む城壁の跡であろう。通りを渡ると9月20日広場がある。広場の南端にあるガッリエラ門は、旧市街の北の入口であったはずだ。ちょうど広場では書籍市が開かれていて、門前にずらりとテントが並ぶ。

 広場を過ぎて、インディペンデンツァ通りに入る。マッジョーレ広場まで続くこの通りの終点近くに中世博物館がある。この博物館に、ちょうどフェルメールの『耳飾りの少女』が来ていた。ところが、日本でも人気のこの絵はイタリアでも大人気らしい。博物館に向けて長蛇の列が。退散・・・。
 喧噪を避け、マッジョーレ広場の手前で左に折れ、斜塔の前から聖ステファノ通りに入る。ボローニャの中心部とは思えない静けさである。ポルティコは外から眺めてもよし、中から眺めてもよし。通りを少し進んだところが小さな広場のようになっていて、そこには通りの由来である聖ステファノ教会がある。

 入ると普通の教会なのだが、奥の通路を進むと別の教会に入る。さらに奥に行くと中庭を囲む回廊が現れ・・・と何とも複雑である。実はここは複数の教会や修道院が連なっているのだ。回廊はまた別の回廊とつながり、その回廊を奥まで進むと、そこに現れたのは・・・。この先はぜひご自身の目で確かめてほしい。

 マッジョーレ広場まで引き返す。広場の東側は生鮮食品を売る店がひしめき合い、とても混雑している。時刻は昼近くになり、雨が降り出す。雨宿りも兼ねて昼食。

 食事が終わると、雨も小止みになっていた。ボローニャで唯一心残りになっていた国立絵画館へ行く。14世紀の素朴な絵に始まり、ルネサンス期の巨大で壮麗な絵に至る宗教画のコレクションが素晴らしい。座って眺められる巨大絵画群に圧倒される。

 絵画館を出ると、雨は本降りになっていた。こういう時にはポルティコはありがたい。少々遠回りだが、ポルティコのある道を帰ろう。

続く
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ヨーロッパ横断鉄道旅行-第9弾(ヴェネツィア→フィレンツェ)(10)

ファルネーゼ劇場(1)
7日目

ハムか芸術かチーズか

 この日はメーデーだった。ボローニャの見どころは軒並み休みになるので、当初の予定を変更して郊外に出かける。9時42分、ボローニャ中央駅にミラノ行きのIC580が入線。予想に反して1号車が末尾にある編成だったため、乗車位置が大きく変わる。大慌てで移動・・・。ICなので、客席はコンパートメントだ。
 9時48分に発車。ほぼ北西方向にまっすぐ進む。市街地を抜けて郊外の田園に入ると、特急専用線と分岐する。この専用線は、北からトリノ・ミラノ・ボローニャ・フィレンツェ・ローマ・ナポリ・サレルノを結んでいる。専用線を通る特急は、FR, FA, Italoで、ICやFBは在来線を通る。今分岐した線路は、ボローニャとミラノを結んでいるのだ。

 やがて列車は大きな市街地に入る。10時6分、モデナに停車。この町はフェラーラの領主だったエステ家が統治し、後にフェラーラを追われたエステ家が公国の都にした場所だ。見てみたいのはやまやまだが、この町の観光施設もメーデーのため休みである。
 列車はモデナをなかなか発車しない。そうこうしているうちに、後発の各駅停車が追い付いてしまった。10時23分、約16分遅れで出発。理由は不明だが、何かトラブルがあったようだ。すぐに田園風景に変わる。昨夜の雨で増水した川を渡る。

 再び大きな市街地。10時38分、レッジョ・エミーリアに停車。そしてまた田園へ。三たび大きな市街地。10時56分、パルマに停車。私はここで下車する

 パルマの駅前から、パルマ川に沿った通りを南に歩く。しばらくすると、左手に大きな建物が現れる。この町の領主・ファルネーゼ家の居館であったピロッタ宮殿だ。

 宮殿の中にはいくつか施設があるのだが、この日は何と全て無料!まさに労働者特典だ。
 まずは、国立美術館へ。おそらくファルネーゼ家のコレクションが中心になっているのだろう、コレッジョやパルミジャニーノの作品を含む名画がずらりと揃っている。壁一面に絵を並べる光景も久しぶりに見た。
 次いで、ファルネーゼ劇場へ。ヨーロッパ最古の劇場と言われているが、意外に広い。壁や柱の木目がそのままになっているところなど、素朴さを通り越して神的な威厳すら感じさせる。こういうところでぜひ音楽を聴いてみたい。

 宮殿の庭を抜けたところはジュゼッペ・ガリバルディ通りで、かなり賑やかなところである。この通りを渡って東に歩くと、ドゥオーモがある。ドゥオーモの外観は地味だが、中に入ると一変する。天井は一面絵画に覆われ、奥の円天井にはコレッジョのフレスコ画、壁も絵画で覆いつくされている。隣接する洗礼堂の内部も見たかったのだが、ちょうど午前中の拝観が終わってしまい、入ることができなかった。

 ドゥオーモから西に少し戻り、カヴール通りに入って南に進むと、ガリバルディ広場に出る。その名の通り、ガリバルディの銅像が立っている。この辺りには市庁舎もあり、町の中心になっていて、商店も多い。もちろん、パルマ名産の生ハムとチーズを扱う店もある。
 チーズは、パルマを含むエミーリア・ロマーニャ地方で製造され、一定の条件を満たしたもののみ「パルミジャーノ・レッジャーノ」を名乗ることができる。このチーズは長期間熟成されるため、非常に硬く、すりおろして粉チーズとしてよく使われる。ちなみに、日本を含めて世界各地で製造される「パルメザンチーズ」は、製法は同じだが、熟成期間はまちまちであるらしい。これらはもちろん、「パルミジャーノ・レッジャーノ」とは名乗れない。

 いよいよ昼食。前菜はもちろん生ハムと砕いたパルミジャーノ・レッジャーノ。チーズは食べるのに少々固いが、うまみは抜群だ。パスタはラビオリ。すりおろしたパルミジャーノ・レッジャーノをたっぷりかける。メインは名前は忘れたが、焼き豚のようなものだった。
 「ハムか芸術かチーズか」ここでそれを問うのは愚かだ。全部食べてしまえばよい(笑)。

 ほろ酔い加減でジュゼッペ・ガリバルディ通りを歩く。外観も壮麗な教会や、オペラ劇場テアトロ・レージョの脇を通ってパルマ駅に戻る。

 帰りはレッチェ行きのFB9815に乗る。14時46分に発車。緑の田園風景を楽しむ。14時59分レッジョ・エミーリアに停車、15時12分モデナに停車。そして15時36分、ボローニャに停車。列車は、この後もまっすぐ南東に向かい、リミニでアドリア海に出ると、今度は海に沿って南伊のレッツェまで南下するのである。

続く
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ヨーロッパ横断鉄道旅行-第9弾(ヴェネツィア→フィレンツェ)(9)

マンツォーニ劇場
夏の夜の夢

 ようやく駅前にたどり着いたものの、今度は発着するバスの多さに戸惑ってしまう。市街の中心部に行くにはどうすればいいのかわからないのだ。だが、今はインターネットの時代。市バスのサイトを調べたりして、25番バスに乗り込む。バスは駅から南に向かい、途中で東に折れる。本来ならこのバスは街の中心・マッジョーレ広場まで連れて行ってくれるはずなのだが、いつも通り、どこで降りればよいかわからず、カンで降りてみると、そこは1つ手前のバス停であった・・・。ボローニャ名物・巨大なポルティコの商店街を歩いて、マッジョーレ広場にたどり着く。

 中央にネプチューンの噴水のあるこの広場は、市庁舎になっているコムナーレ宮サン・ペトロニオ聖堂バンチ宮、そしてツーリストインフォメーションのあるポデスタ館などの大きな建物に囲まれている。

 まずはサン・ペトロニオ聖堂へ。ゴシック様式の建物で、高い柱が並び、壁には数多くの祭壇画が掲げられている。面白いことに、床に黄道を表した線が描かれ、12星座を表した点を結んでいる。他の建物は中に入ることができないので、立派な外観を見て楽しむ。

 もう昼時も過ぎようとしているので、広場近くのレストランで昼食。まずは地元エミーリア・ロマーニャ州特産のパスタ、トルテリーニのクリームソース仕立て。トルテリーニの中には刻んだハムが詰められている。そしてもう一つのボローニャ名物・ボローニャ風カツレツも忘れず注文。カツレツの上にハム、さらにその上にトロトロのチーズが載っている。出てきた皿を見て一瞬「注文を間違えられたか」と思ったのだが、それはチーズが表面を覆いつくしていたからだ。その後イタリアで何度も「ボローニャ風」カツレツを食べたが、ここのカツレツを上回るものにお目にかかったことはない。

 マッジョーレ広場を出て東に歩くとすぐに2本の高い塔が現れる。ピサならぬボローニャの斜塔である。ところが、工事中のため、登ることができない・・・。
 斜塔のそばから北東に伸びているザンボーニ通りを歩く。小さなポルティコの続くこの通りには、文化的な施設が立ち並ぶ。ボローニャ歌劇場、国立絵画館などの博物館、そしてヨーロッパ最古の総合大学・ボローニャ大学だ。国立絵画館は、この日は13:30で閉まるため、入場できなかった・・・。通りの終点・聖ドナート門まで行き、そこから37番バスに乗って駅に戻る。そして駅近くのホテルに到着。

 19時前、激しい雷雨に見舞われるが、やがて止む。20時過ぎ、マッジョーレ広場へまっすぐ伸びるインディペンデンツィア通りに向かう。ここから少し入ったところにある小さな劇場に入る。だが、客席は思ったより広く、高さも4階分ある。私のようにラフな格好の人は多いが、中にはタキシードでばっちり決めている紳士もいる。
 21時、幕が開く。先ほど見たボローニャ歌劇場の楽団員による交響楽コンサートだ。指揮者はアメリカから招聘している。プログラムはいずれもメンデルスゾーンの曲。波動が真正面からぶつかって来る。やっぱり生演奏はいい。最後は「結婚行進曲」で締めくくる。今は夏ではないが、夜の夢であることには変わりない。
 23時に閉演。夢から覚めた人々は三々五々散って行く。バスが来るかどうか心配だったが、深夜バスがあったので、それに乗って帰る。

続く
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