ヨーロッパ横断鉄道旅行-第10弾(フィレンツェ→ローマ)(11)

パンテオン(4)
神々

 ヴィットリアーノから、その正面に広がるヴェネツィア広場へ。そしてプレビシト通りを西に進む。途中で右に折れてしばらく進むと、右手にオベリスクとその背後に聳える教会が現れる。サンタ・マリア・ソプラ・ミネルヴァ教会だ。内部には著名な絵画が多いと後で知ったのだが、当時の私は気づかずに素通りしてしまったのである・・・
 そこを過ぎると、今度は左手にいかにも古そうな建物が現れる。パンテオンだ。正面はギリシャの神殿のようだが、それもそのはずで、これは万の神々を祀るローマ時代の建物である。内部は霊廟になっていて、キリスト教の時代以降は神々ではなく、偉人達が祀られている。

 パンテオンからさらに西に進むと、また大きな教会が現れる。サン・ルイージ・ディ・フランチェージ教会だ。ここにも著名な絵画が多いのだが、昼過ぎのこの時間帯は閉まっていた・・・この日の私は一神教の神によほど縁がなかったらしい。
 この教会の脇の狭い通りを抜ける。道の反対側はイタリア上院のあるマダーマ宮だからか、警官の姿が多い。しばらく進むと、視界が一気に開ける。ナヴォーナ広場である。ローマ時代の戦車競技場で、中世に広場として整備された。あまりに暑いので噴水の傍で涼もうとも思ったのだが、直射日光が強すぎて断念する。

 広場を南に抜けて、ヴィットリオ・エマヌエーレ2世通りに出る。そして40番のバスに乗ってテルミニ駅に戻る。

続く
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ヨーロッパ横断鉄道旅行-第10弾(フィレンツェ→ローマ)(10)

ヴィットリアーノ(2)
中心

 フォロ・ロマーノを出て、階段を上ると、カンピドーリオの丘だ。かつては多くの神々の神殿が立ち並んでいたそうだが、今では中世風の広場に変わっている。広場の中心にあるのが市庁舎で、向かって両側にカピトリーニ美術館の建物が並んでいる。

 カピトリーニ美術館には、市庁舎から向かって左側の建物から入る。ここもローマ・パスが使えるから、並ばずに済む。ローマ教皇・シスト4世が15世紀に建てた世界最古の美術館だけあって、絵画のコレクションは豊富だ。広場の設計者であるミケランジェロのコレクションもある。そして何と言っても、古代ローマのコレクションが充実している。マルクス・アウレリウス帝の青銅騎馬像やローマの伝説上の創設者ロムルス・レムス兄弟と狼のあの有名な像もある。
 建物の構造も中々複雑で、古代彫刻の並ぶ中庭があるかと思えば、地下通路により市庁舎や広場の反対側の建物にある展示室に行けるようになっている。市庁舎の地下のテラス(妙な言い方だが、周囲と高低差のある建物にはよくある)から見るフォロ・ロマーノの眺めが素晴らしい(ロッカーにカメラを預けてしまったのが悔やまれる・・・)。

 カンピドーリオ広場からさらに階段を上ると、丘の頂上に巨大なモニュメントが聳えている。ヴィットリオ・エマヌエーレ2世記念堂(通称:ヴィットリアーノ)だ。かつて「世界の首都」と呼ばれたローマの中心に建つイタリア統一の象徴。その意味するところは何なのかよくわからないが、それでもここには世界中からやって来た観光客が押し寄せている。

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ヨーロッパ横断鉄道旅行-第10弾(フィレンツェ→ローマ)(9)

フォロ・ロマーノ(3)
政治

 コロッセオのすぐ向かいに大きな凱旋門が建っている。このコンスタンティヌス帝の凱旋門の前を左に進むと、パラティーノの丘の入口がある。ここも行列ができているが、ローマ・パスであっさり通過する。
 緩やかな坂道を上る。日光を遮るものがなく、日差しをまともに浴び続ける・・・この丘は、かつての皇帝達の住宅街であった。今でもたくさんの遺構が残る。確かにこれらの住居には馬場もあったりして、立派ではある。だが、古今東西の皇帝の住居と比べてみると、ローマという巨大帝国のトップの住居は、驚くほどシンプルである。それは、帝政ローマの本質をよく表しているような気がする。
 強すぎる日差しに辟易しながら、それでも古代の皇帝達に思いを馳せて彼らの住居跡を巡る。

 丘を下りてティトゥス帝の凱旋門を抜けると、目の前に遺跡群が広がる。とりあえず「遺跡群」と書いてみたが、本当は何と形容すればよいかわからない。古代ローマの中心街であったこの地には、いくつもの凱旋門・神殿・聖堂が立ち並び、得も言われぬ独特の景観を作り上げている。さらに後世に周囲に建てられた建物群とも見事に調和しているのである。
 かつてここに集った人々は、各々見たいものを見て、したいことをして、考えたいことを考えていただろう。それは今日ここに集まっている我々観光客の姿でもあるはずだ。そして、はるか未来にも同じような光景が再現されていくのであろうか。そんなことを考えながら、セヴェルス帝の凱旋門を通って出口に向かう。

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ヨーロッパ横断鉄道旅行-第10弾(フィレンツェ→ローマ)(8)

コロッセオ(3)
7日目

娯楽

 朝、ホテルを出る。ホテルに一番近いのは地下鉄の駅なのだが、以下に記す事情により、あえて1駅先のテルミニ駅まで歩く。途中の通りにあるチケット販売スタンドで、ローマ・パスを買う。このパスは、ローマ市内の公共交通が3日間乗り放題になるうえ、最初に入った2つの見どころが無料・他の見どころも割引になる(2014年時点)という、なかなかの優れものだ。

 テルミニ駅から地下鉄B線に乗り、コロッセオで下車。地上に出ると、その名の通り目の前にコロッセオが現れる。
 何だか球場に野球を見に来たような気分になるが、これは紀元80年、すなわち1900年以上前に建てられたものだ。見方を変えれば、現在の球場や競技場の原型は、この時点でほぼ確立されたと言えるのかもしれない。

 ローマ有数の観光地だけあって、チケット売り場には既に長蛇の列・・・。だが、ローマ・パスを持っている私は、そこをスキップして入口に向かう。以前に行ったヴェローナなど、ヨーロッパ各地にローマ時代の競技場が残存しているが、その総本山であるここローマのコロッセオは、収容人数5万人超!やはりスケールが断然大きい。巨大な壁が今も訪れるものを圧倒する。
 中央の広大なアレーナでは、剣闘士や猛獣のショーが繰り広げられていた。いわゆる「パンとサーカス」のうちの「サーカス」がここで提供されていたのである。

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ヨーロッパ横断鉄道旅行-第10弾(フィレンツェ→ローマ)(7)

DSC00754ローマ・テルミニ駅に到着
オルヴィエート→ローマ

 アレッツォで増えた乗客がここまでは徐々に減っていたのだが、オルヴィエートでまた大勢乗ってくる。列車が発車するとすぐ、パーリャ川が、コルバーラ湖から注ぎ出したテヴェレ川に合流する。列車はテヴェレ川の渓谷を進む。カーブやトンネルが断続する。川が湖のように大きく広がったところでアルヴィアーノに停車。13時42分。
 辺りには山が続くが、木はなく、草がわずかしか生えていない。特に夏場は乾燥するのであろう。13時49分、アッティリアーノに停車。列車はさらに南東に進む。右からはオルヴィエート以来の特急専用線、左からは高速道路が迫ってくる。この辺りは地形的にボトルネックなのであろう。少し平地が広くなるとボトルネックも「緩む」。向こうの丘の上に段々と住宅が並ぶ。これはオルテの町であろうか?
 やがて列車は右にカーブすると左から線路が合流してくる。これは、アドリア海沿岸から山を越えてやってきた線路だ。ちょうどテヴェレ川が北東から流れてきたネーラ川と合流する地点でもある。合流したところで14時1分、オルテに停車。

 オルテからはますます乗客が増える。線路はまた分岐する。この列車は左に分岐して、引き続きテヴェレ川の渓谷に沿って進む。ちなみに右に分岐すると、ローマの西北にあるブラッチャーノ湖に通じるようだ。
 まもなく特急専用線が現れ、しばらくの並走の後、列車は専用線に入る。蛇行するテヴェレ川をよそに、こちらはまっすぐのトンネルに入ったわけだが、どういうわけだか徐行を始め、とうとう停車してしまった・・・
 5分ほど停車した後、ようやく動き出した列車はぐんぐんスピードを上げる。テヴェレ川沿いの一般線であれば、スピードが出ず、遠回りである代わりに景色は多少良いのかもしれない。特急専用線は、スピードと近道の代償として、やたらと長いトンネルの続く単調な景色を受け入れねばならない。

 というわけで、列車はあっという間にローマ市の北端・セッテバンニに到達し、通過する。そしてヌオーヴォ・サラリオ駅周辺の巨大車庫を通過すると、ローマ・ティブルティーナに停車する。14時45分。
 辺りは既にローマの巨大な幹線網の真っただ中であり、見渡す限り線路が広がる。列車は巨大な右カーブをゆっくりと進むと、終点のローマ・テルミニ駅に滑り込む。14時50分、ついに到着

 他のイタリアの大都市と同様、テルミニ駅も頭端式である。なぜか、その張り出し部分に停車したため、長い長いホームを歩き、ようやく駅の中心部に到着。アジアからの長い長い鉄路が、ローマに通じたと実感した瞬間だった。

続く
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ヨーロッパ横断鉄道旅行-第10弾(フィレンツェ→ローマ)(6)

DSC00745テロントア駅
アレッツォ→オルヴィエート

 それまでガラガラだった車内に、どっと乗客が乗り込む。それに呼応するかのように、アレッツォを出発すると、それまでなかった検札がすぐに始まる。
 大きな山の麓に、赤い屋根の家々やひまわり畑が散在する。12時24分、カスティリオーン・フィオレンティーノに停車。丘の上に城が見える。次いで、12時32分カムチアに停車。向こうの山の上に見える町は、コルトーナであろう。コルトーナにはかつて司教座が設置されており、司教区美術館にはフラ・アンジェリコの『受胎告知』という日本でもおなじみの絵がある。12時38分テロントラに停車。

 テロントラを出発したところで、線路は二手に分岐し、目の前にはトラジメーノ湖が立ちはだかる。湖を前に州境も引かれており、北のトスカーナ州から、南のウンブリア州に入る。左に分岐すると湖の東岸を通って、州都・ペルージャに向かう。この列車は分岐を右に進んで湖の西岸を通る。12時45分、湖岸の町カスティリオーネ・デル・ラルゴに停車。湖に面する丘の上に市街地あるのが見える。

 列車は湖から離れて南西に進むと、再び州境をまたいでトスカーナ州に戻り、右から来た線路と合流。12時57分、キューシに停車。キューシを出発すると、三たび州境をまたいでウンブリア州に入る。
 13時9分、ファブロ・フィキューレに停車。ここからは山間部になり、トンネルやカーブが連続する。パーリャ川を渡った後は平坦な土地をほぼ直進してオルヴィエートに停車。13時26分。
 駅の南側にある丘の上には、古代から続くオルヴィエートの町がある。ここにも行ってみたいけど、通過する。

続く
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ヨーロッパ横断鉄道旅行-第10弾(フィレンツェ→ローマ)(5)

ローマ行き快速(SMN駅)
6日目

フィレンツェ→アレッツォ

 ついにフィレンツェに別れを告げる朝が来た。SMN駅に行き、右端のホームからローマ行きの快速列車に乗る。鉄道ファンとして、車両の落書きを見るのは悲しい。特に列車の「顔」と言える前面・後面の落書きには目をそむけたくなる。しかしギリシャと同様、ここイタリアでもこれがありふれた光景になっているのが現実である。

 列車は11時12分に発車する。構内線の中で大きく右カーブして、ボローニャやピサやシエナに向かう線路と分岐すると、スタトゥートを通過。この後、さらに大きく右カーブして、北から来た線路と合流して南に向かう。SMN駅を出発した列車は皆北向きだから、大きく旋回して、ここでようやく南向きになれるわけだ。
 11時18分、カンポ・ディ・マルテに停車。広い構内線の列とフィレンツェの市街地はここで終わり、アルノ川沿いの田園風景の中を進む。
 列車はロヴェッツァーノを通過すると、右に分岐して特急専用線に入る。左に分岐して一般線を進めばアルノ川の渓谷沿いに進むのだが、こちらはさっさとアルノ川を渡ると、長いトンネルを断続的に通過するのみである・・・

 ようやく連続するトンネルを抜け出して、特急専用線からも離脱すると、アルノ川を渡って一般線に合流したところでフィリーネに停車。11時35分。
 一般線の中でも、この区間は単線なようで、まるで高速道路をインターチェンジで下りて村道を走るイメージである。11時41分、サン・ジョヴァンニに停車。ここで対向列車を待つ。次いで、11時48分にモンテヴァルキに停車。ここからは山間部に入る。カーブが連続する。感じの良い山村の駅を次々に通過する。

 再び市街地が現れ、いくつもの線路が合流すると、列車はアレッツォに停車。12時10分。この町も古い歴史があり、ぜひ寄ってみたかったのだが、今回は時間がなく通過する。

続く
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ヨーロッパ横断鉄道旅行-第10弾(フィレンツェ→ローマ)(4)

カンポ広場
5日目

宴の前

 朝、SMN駅の4番線へ行く。ホームも、そこに停車している列車にもどこか見覚えがある。それもそのはず、これは前日に乗ったシエナ行きなのだから・・・
 9時15分に出発。ルートも時間も前日と同じだから、途中まで省略しよう。10時18分、ポッジボンジに停車。ここからは山間部になり、線路も単線に変わる。目の前にお城が現れる。カステリーナ・イン・キャンティを通過。今度は山の頂上に城が見える。バデッセを通過。いくつものトンネルを抜ける。いくつ目かのトンネルに入ると列車は徐行する。そしてトンネルを抜けると、そこは終点のシエナだった。10時40分に到着。

 まずは何も考えずに駅前に出てみる。駅は市街中心部からは離れているからバスに乗る必要がある。チケットは買ったものの、市街中心部への乗り場がわからない・・・。その時、明らかに旅行者風情の人々が次々に駅前のショッピングモールに入っていくのが見えた。迷ったら人に追随するのもありだ。私も中に入ってみよう。
 人々を追って、エスカレーターに乗る。最初は普通のエスカレーターだった。ところが、何度も乗り換えているうちに、エスカレーターが折り返すことなく、まっすぐに続いていることに気づく。いつの間にか商業施設ははるか後方になり、ひたすら長い坂道を上っているのである。そして出口。そこは建物の屋上ではなく、地上であった。しばらく狐につままれた気分になったが、ようやくここまでの経路や自分の現在位置を理解した。
 シエナの市街地は丘の上にあるのだが、駅は丘の下にある。駅前のショッピングモールは丘の麓に建っていて、市街地の丘への連絡通路があるのだ。

 というわけで、私は市街地の丘まで上がってきたわけだが、それでも中心部には少し遠いので、ここアンティポルトというところからバスに乗る。どこをどう進んだのかよくわからないのだが、ともかくドメニコ広場で下車する。広場には同じ名前の立派な教会も建っているのだが、私の目は谷を挟んで向こうに見えるドゥオーモの壮麗な姿にくぎ付けになってしまった。実際にはドゥオーモから谷に向かって建物がびっしりと並んでいるのだが、私にはどうもドゥオーモの姿だけが浮き上がって、それが天空に浮いているように見えてしまうのだ。とにかくあそこまで行ってみたい。

 まず、ドメニコ広場から坂を下り、また上ってサリンペーニ宮へ。中には入れないが、美しい建物だ。
 サリンペーニ宮から左手に歩くと、また坂を下る。シエナは本当に坂道が多い。町の中心・カンポ広場にたどり着く。だが、ここは広場というよりは競技場である。なぜなら、そこには馬場桟敷席があるからだ。ただし、これはこの広場の常の姿ではないようで、これから数日後に開催されるパリオという行事のためだろう。パリオでは裸馬の競馬が行われるからだ。
 広場に面したプッブリコ宮に行くが、切符売り場は長蛇の列でいったん諦める・・・

 広場から南に向かい、道すがら昼食を食べて、国立絵画館に行く。こちらは驚くほどガラガラである。しかし、宗教絵画やシエナ派絵画のコレクションは見ごたえ十分だ。

 そして、ようやくドゥオーモへ。フィレンツェのドゥオーモにも通じる白くて美しい外観に見とれてしまうが、ゴシック様式の内装も豪華で、白黒の高い柱が印象的である。期間限定公開の床面は残念ながら見られなかったが、金で彩られた壁・天井や巨大絵画にも圧倒される。さらに、ピッコローミニ家の図書室と呼ばれる部屋では言葉を失う。

 満腹感としか言いようのない状態でカンポ広場に戻る。プッブリコ宮の行列が短くなっていたので、入る。中は市立美術館になっていて、フレスコ画のコレクションが素晴らしい。塔(マンジャの塔)にも上ってみたかったが、この暑さに自信がなく、諦める。

 駅に戻るのは意外に難しいと感じたので、市街地にあるグラムシ広場のバスターミナルに行き、ここからフィレンツェ行きの快速バスに乗る。
 16時50分に発車。バスはシエナの各所に停車すると、ハイウェイに入る。濃い・薄い緑に覆われた小高い丘、そこに散在する建物、トスカーナの素敵な風景が広がる。フィレンツェの南西部でハイウェイを下りると再び各所で停車し、17時55分にSMN駅に到着する。

続く
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ヨーロッパ横断鉄道旅行-第10弾(フィレンツェ→ローマ)(3)

サン・ジミニャーノ(4)
4日目

Top of the World?

 よく晴れた朝だった。SMN駅の左隅にある4番線に、既にシエナ行きの列車が入線していた。
 9時11分に発車。まずはまっすぐ北上してフィレンツェ・リフレディに停車すると、フィレンツェ空港の手前で左に分岐して、ボローニャ方面に向かう線路と分かれる。ここからは進路を西に変え、アルノ川に沿って進む。
 早くも郊外に出てサン・ドンニーノ・バディアを通過すると、またも分岐点。いったん右に分岐すると、坂を上り、左の線路とアルノ川を一気にをまたいで南に向かう。ラストラ・ア・シーニャを通過すると、丘陵地帯を貫くまっすぐで長いトンネルに入る。
 トンネルを抜けたところで、先ほど分岐したはずの線路と合流し、再びアルノ川に沿って西に進む。おそらく、今合流したのがアルノ川に沿ってクネクネと進む旧線であり、私の乗る列車がまっすぐでスピードの出る新線なのであろう。列車は久々に駅に停車。9時32分、モンテルーポ・カプラーイアだ。
 次いで、9時41分にエンポリに停車。エンポリを出ると、またも線路は分岐する。列車は左に進んで南に進路を変える。ここを右に進めば、このままアルノ川に沿ってピサへと向かうことになる。
 列車は、アルノ川の支流・エルサ川に沿って進む。ひまわり畑や丘の上の街が車窓に現われては消える。この間、私はどこで下車すべきか思案していた。列車に乗った時、終点のシエナまで乗るつもりで切符も買っていた。ところが、シエナの大きな見どころの一つがこの日休みだということが判明したのだ。列車はカステルフィオレンティーノ、チェルタルドなどに停車して、10時16分、ポッジボンジに停車。
 私は決めた。そしてホームに降り立つ。

 駅前には予想通りバス停があった。だが、チケット売り場はない・・・。こういう時は経験に尋ねるのがいいようだ。駅舎内のカフェに行くと、案の定バスチケットを売っていた。
 10時20分、早くもバスが到着。バスはポッジボンジの街を抜けると、急勾配の坂道をぐんぐん登る。「どこに連れて行かれるのだろう?」バスの行先はわかっているはずなのに、そう不安になる。20分ほど経った時、丘の上に突如街が現れる。そして、バスは街を囲む城壁前のターミナルに停車。この街の名は、サン・ジミニャーノ。

 近づく者を拒絶するような城壁の端にあるサン・ジョヴァンニ門をくぐって中に入る。石畳の通りを挟んで整然と建物が建ち並ぶ。まるで城壁が時代の流れを堰き止めたかのようだ。最初はなだらかだった通りは、街の中心部に近づくにつれ、次第にきつい坂に変わる。そして、街の中心部・ドゥオーモ広場に到着。広場には多くの露店が出ていて、観光客がひしめき合う。

 ここから先は、下り坂になる。つまり、この街は丘の頂上にあるドゥオーモ広場を中心に成り立っているのだ。
 まずは、坂を下りて右手に進んだところにある考古学博物館に入ってみよう。この街ではかつて製薬業が盛んだったのだが、その薬を入れた壺(彩色された陶器)が多数展示してある。
 再び坂を上り、ドゥオーモ広場へ。ここにあるポポロ宮は美術館になっており、壁を覆う巨大なフレスコ画が素晴らしい。隣接する参事会教会(すなわちドゥオーモ)にも連作のフレスコ画がある。

 サン・ジミニャーノを特徴づけるのは、古い町並みだけではない。何と言っても、街の大きさに比べて塔が多いのだ。だから、どこで写真を撮っても塔が写る。現在は14あるということだが、かつては70以上もあったらしい。その中でもポポロ宮に隣接した大きな塔・Torre Grossaに登る。よくある螺旋階段ではなく、ちゃんと踊り場のある階段なので、フィレンツェでへたった私でも大丈夫だ。ただし、最後は梯子段となるため、下りてくる人を長い間待たねばならない。ようやく頂上に出ると、広がる景色に思わず息を呑む。建物が密集して島のように見えるサン・ジミニャーノの街、そしてその外に広がる大海原のようなトスカーナの緑の丘陵地帯。この街自体が高い丘の上にあるので、まるで人間世界と自然界(もちろん、かなり人の手が入ったものだが)を足下に一望しているかのような錯覚に陥る。

 すっかりお腹が空いて昼食へ。リーズナブルなレストランは観光客でごった返しているので、落ち着いた場所が好きな私は、少々高いが、人の少ないレストランに入る。ランチセットのラザニアとトスカーナ産のスパークリングワイン。

 それでもワインが飲み足りない気がして、この街にあるというワイン博物館を探す。だが、案内板がわかりづらく、いろいろ迷った末、町はずれにようやく発見。サン・ジミニャーノ特産のヴェルナッチャ(白)とトスカーナ産のキャンティ(赤)の飲み比べ。ヴェルナッチャは香りが甘く、キャンティは味わいが良い。
 すると、今度は何か食べたくなった。町中に戻って、トスカーナ名物のサラミが入ったサラミサンドを買って食べる。

 すっかり満足して門を出る。14時40分、バスで出発し、15時前にポッジボンジに到着。
 15時16分、エンポリ行きの普通列車に乗る。バルベリーノ・ヴァル・デルサチェルタルドカステルフィオレンティーノなどを通って、ピサからの線路と合流。15時54分、エンポリに到着
 エンポリでしばらく待つ。16時6分、ピサの南にあるリボルノ始発でSMN行きの列車に乗る。モンテルーポ・カプラーイアを出て旧線と分岐し、あの長いトンネルを出るとラストラ・ア・シーニャに停車。アルノ川を渡って再び旧線と合流。そしてフィレンツェ・リフレディの手前でボローニャからの線路と合流すると、16時34分にSMN駅に到着する。

続く
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ヨーロッパ横断鉄道旅行-第10弾(フィレンツェ→ローマ)(2)

ダビデ像
3日目

マエストロ

 この日は市街の東側に行ってみた。サンタンブロージョ教会、少し西側に入ってチョンピ市場のロッジア。そこを左に折れてしばらく行くと、ブオナロッティ邸という屋敷がある。若き日のミケランジェロが住んでいたそうで、今では美術館になっている。
 1階は古代ローマ(?)の発掘品などで、それほど珍しいものではないのだが、2階に上がって一番奥に行くと壁と天井が一面美しい絵画に覆われた部屋が3つ続いていて、心を奪われる。

 南に歩き、いったんサンタ・クローチェ教会の前を過ぎてグラツィエ橋を渡ったところにあるのが、バルディーニ美術館だ。バルディーニという豪商のコレクションが展示されている。やはりイタリア人はセンスが良いのか、この手の個人コレクションにハズレはない。ひときわ目立つ作品もない代わりに全体として調和が取れている。館内の内装もいい。

 この日は日曜日なので、サンタ・クローチェ教会は午後にならないと観光客向けにオープンしない。ゆっくりと昼食をとりながら時間をつぶす。15時過ぎ、ようやく教会へ。ドゥオーモのミニチュアのような入口を入ると、壁には巨大なステンドグラスと祭壇画が並んでいる。床にはフィレンツェゆかりの著名人の墓がずらりと並ぶ。教会の右側には僧院があり、その中庭の回廊はパッツィ家の礼拝堂や教会付属の美術館につながっている。これらの美術品も素晴らしい。

 いったんホテルに戻り、夕方再び出かける。SMN駅に行き、12/13番バスの乗り場を探すが、なかなか見つからない・・・。そうこうしているうちに、13番バスがやって来たので、それに乗る。バスはフィレンツェの市街の境界付近を走り、アルノ川を南に渡ると、川に面した丘を登り始める。終点は丘の上にあるミケランジェロ広場だ。
 この広場がなぜ「ミケランジェロ」なのか?ここに建つダビデ像のレプリカ以外に根拠があるのだろうか?それはともかくとして、ここから眺める夕暮れのフィレンツェ市街アルノ川の景色はなかなか芸術的だ。

続く
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