ヨーロッパ横断鉄道旅行-第11弾(ローマ→ナポリ・ピサ)(6)

トリノ行きFB(ピサ駅)
ロジニャーノ→ピサ

 ロジニャーノに停車した列車は、しかしなかなか発車しない。そうこうしているうちに車内放送が入る。何かトラブルに違いない。日本とは異なり、滅多なことでは車内放送が入らないイタリアでは、車内放送が始まっただけでドキリとしてしまう。内容は全く聞き取れないのだが・・・。

 結局、ロジニャーノには10分停車して、9時43分に発車する。次の駅、カスティリョンチェッロを通過。その名の通り、駅前に城が見える。ここからはトンネルが断続し、山が迫った海岸に沿って北に向かう。アンティニャーノを通過すると広がった平地の中に入って行く。これまでにないくらい大きな町が現れる。9時57分、列車はリヴォルノに停車する。予定より27分遅れである。リヴォルノは海岸の港湾都市であり、近代以降はピサに取って代わってトスカーナ第一の港になっている。

 リヴォルノを10時に発車する。港から伸びる広大な貨物用線路が左から合流してくる。運河を渡り、さらに内陸に進む。そして10時14分、列車はピサに停車。ちょうど30分遅れだ。私はここで下車する。

続く
目次へ

ヨーロッパ横断鉄道旅行-第11弾(ローマ→ナポリ・ピサ)(5)

ロジニャーノ駅
チヴィタヴェッキア→ロジニャーノ

 チヴィタヴェッキアからは大勢の乗客が乗り込んでくる。列車は5分停車した後、7時49分に発車する。予定からは既に5分遅れている。
 市街地の丘を貫くトンネルを抜けて海岸沿いに北西に進んだ後、少し内陸の丘陵地帯に入る。

 7時58分、列車は突如停止する。8時4分、運転再開。タルクイーニアを通過。辺りには畑が広がり、左手にはまた海が現れる。州境を越えてトスカーナ州に入る。8時29分、オルベテッロを通過。ほとんど島のような半島とイタリア本土に挟まれた潟の中間に突き出た町だ。
 やがて列車はまた内陸に入り、大きな町の中に吸い込まれる。8時43分、グロッセートに停車。もう11分も遅れている。

 8時46分、グロッセートを発車。まっすぐ進んで次の駅・モンテペスカリを通過。ここから右に分岐する線路があるが、これは以前に訪ねたシエナへと続いている。列車はトスカーナの平地に大きく弧を描いて西に進む。

 9時3分、海岸の町フォッローニカを通過して、半島の付け根を横切る。カンピーリア・マリッティマを通過。ここからは半島の南端・ピオンビーノに向かう路線が分岐している。そしてピオンビーノの沖には、ナポレオンの最初の流刑地であるエルバ島が浮かんでいるのだ。列車は半島を抜けると、海に沿って北向きに進む。
 また大きな町が現れる。9時22分、チェチナに停車。13分遅れである。

 9時25分、チェチナを発車。発車するとすぐ、山間部へと向かう路線が右に分岐する。次の駅・ヴァダを通過すると、またもや右に分岐する路線がある。これは内陸部を通ってピサに直行する路線である。この列車はなおも海岸を進む。海岸の大きな工場から煙が上がっている。また大きな町が現れる。9時33分、ロジニャーノに停車。

続く
目次へ

ヨーロッパ横断鉄道旅行-第11弾(ローマ→ナポリ・ピサ)(4)

トリノ行きFB(テルミニ駅)
4日目

ローマ→チヴィタヴェッキア

 前回にも書いた通り、ここで時計の針を1日戻す。ナポリをして南伊の「見納め」とした私は、いよいよローマから北に向かう。朝まだきのテルミニ駅には、トリノ行きのFB(FRECCIABIANCA・「白い矢」という意味)が停車していた。FBはトレニタリアの新幹線としては最も遅いが、その分停車駅も多い。ローマ-ピサ間を走る優等列車は、このFBと在来線特急とも言うべきIC(インテルシティ)のみである。私が乗ったのは2等車で、4人掛けのシートが左右に並んでいる

 6時57分、列車は予定通りに発車。まっすぐ南東に進むと、右に分岐して大きくカーブし、大きく向きを変えて西に進む。オスティエンセを通過してテヴェレ川を渡るとトラステヴェレも通過。ここで右に分岐する。ちなみに、フィウミチーノ空港に向かうレオナルドエクスプレスは、ここを左に分岐していく。
 サン・ピエトロを通過。その名の通り、ライトアップされたサン・ピエトロ寺院の姿が朝の闇に包まれて浮かび上がる。ちなみに、この駅から分岐してヴァチカンに向かう引込線が存在するようだ。ローマ法王の「お召し列車」も存在するのだろうか?
 すぐに列車は左に分岐。長いトンネルを西に進む。トンネルを抜けるとアウレリアを通過してスピードを上げる。ローマ西郊の丘陵地帯を突っ切るため、トンネルを断続的に抜ける。やがてフィウミチーノ空港の北に出てくると、南東方向からやって来た線路に合流。この線路は、フィウミチーノ空港の手前で空港に向かう線路から分岐したものだ。合流した線路はそのまま北西に向かう。この辺りでようやく夜明けとなる。

 左手に海が現れる。7時27分、ラディスポリを通過。次第に海岸線が迫ってくる。7時39分、サンタ・マリネッラを通過。意外に大きな町である。列車はここで北に大きくカーブすると、さらに大きな町が現れる。7時44分、チヴィタヴェッキアに停車する。
 チヴィタヴェッキアは、海に面していないローマにとって古来から貴重な港であり、それゆえローマ-チヴィタヴェッキア間の鉄道は、イタリアで最も早く開業した路線の一つだそうだ。

続く
目次へ

ヨーロッパ横断鉄道旅行-第11弾(ローマ→ナポリ・ピサ)(3)

卵城全景
5日目

絶叫

 本来なら4日目の話を書かねばならないのだが、話の流れの都合上、5日目について先に書く。

 この日は朝から悩んでしまった。前回悪天候だったナポリにもう一度行きたいと思っていたのだが、天気予報によるとナポリは曇り。色々考えた末、やはりナポリに行くことにした。列車の出発まで時間がない。慌ててホテルを出発・・・

 ローマとナポリのみを結ぶ通勤列車のようなFR9601に乗る。座席は2等車なのだが、2等車もいくつかグレードが分かれていて、今回は「プレミアム」に乗ってみる。車内はいくぶん高級感がある気がする。
 列車は7時35分に出発。ローマ市街を抜けると、なぜだか徐行を始め、そして停車してしまう・・・。ようやく運転再開して山間部に入るが、辺りは前回と同じく雪景色時速300km近くで走行する列車が雪を激しく巻き上げる。一方車内ではコーヒーとお菓子がサービスされる。そうこうしているうちに、雪は姿を消す。やがて列車はナポリ市街地に入り、大きな構内線が現れる。8時57分、予定より12分遅れでナポリに到着。先ほどの停車が響いてしまったようだ。

 この時のナポリの気温は、0度。「ナポリ=南国」というイメージは、ここで崩壊する・・・。だが、あてがはずれたのはこれだけではない。地下鉄L1に乗ろうとすると、なぜかガリヴァルディ広場駅が閉鎖されている・・・。仕方なくL2に乗ると、こっちは動いていたものの、予定より1時間遅れの列車がやって来る有様・・・。前回と同じくカブール広場で下車。

 前回は多くが閉まっていた考古学博物館は、この日は開いていた。博物館の看板である古代ギリシャ・ローマの彫刻やモザイク画のコレクションは、やはり充実している。変わったところでは、古代のエロチック絵画のコレクションも。2階の大広間の天井は絵画に満ちている。

 地下鉄L1のムゼオ駅は開いていたので、ここから南へ向かう電車に乗るが、次のダンテ駅で降ろされてしまう・・・。これでわかったのは、ダンテ駅からガリヴァルディ広場駅までなぜか運休しているということだ。仕方なく、トレド通りを南に向かって歩く。年の瀬のナポリの人出を見ることができて面白い一方、寒さが身に沁みる・・・。トリエステ・トレント広場に出ると、左手に王宮が見えるのだが、こちらは何と工事中で入れない・・・。
 心まで凍えてしまって、もう折れそうになりながら、さらに左手に進むと、ヌオーヴォ城が見える。こちらは、開いている!

 ヌオーヴォ城は、ナポリ王国の最初の王朝であるアンジュー朝によって建てられたもので、工事中の王宮は、後の時代に建てられたものである。内部は市立博物館になっており、意外にレベルの高い宗教画のコレクションがある。海に面したテラスからは、ナポリ港、そしてベスビオ山を臨むことができる。ベスビオ山の上に雲がかかっているのが残念だ。城の地下では発掘が行われていて、それがガラス越しに見られるのだが、人骨があるのはなぜだろう・・・。

 城から坂を下って港沿いにしばらく歩くと、カンツォーネで名高いサンタ・ルチアになる。だが、あの甘い調べなど吹き飛ばすように海風が容赦なく吹き付け、寒い!ふと海を見ると、山頂付近にかかっていた雲がようやく晴れたベスビオ山を拝むことができた。素晴らしい景色だが、寒さでとても長居はできない。暖と昼食を兼ねてとりあえずレストランへ避難だ。

 昼食後、再び歩き出す。サンタ・ルチアには高級ホテルがずらりと並んでいる。いわゆる有名人の「出待ち」なのか、ホテルの入口に人だかりができていて、時折歓声が上がっている。サンタ・ルチアの一番奥には海に張り出した出島のような城がある。どういうわけか、卵城と呼ばれている。薄暗い階段を上ると、ナポリ湾とベスビオ山を一望する素晴らしい眺望が待っている。だが、寒い!観測所の気温が0度なので、海風がもろに当たる卵城での体感温度は間違いなく氷点下であろう。引き裂かれた私の心が、思わず歌い出す。「さ~んた~る~ち~あ~~♪さ~んた~~~る~ち~あ♪あああ、寒いよーーー!!!」

 だが、叫んだところで暖かくなるわけではない。撤収だ。来た道を引き返す。サレルノ宮プレビシート広場の前を通ってトリエステ・トレント広場まで戻る。トレド通りから少し寄り道をしてウンベルト1世のガッレリアを見る。以前に見たミラノのガッレリアよりは狭いが、なかなか立派なものである。

 ダンテ駅から地下鉄L1、ムゼオ→カブール広場でL2の乗り換えてナポリ駅に戻る。ミラノ行きFR9552で17時ちょうどに出発。またもや途中で停まる。どうやら車両故障と思われる・・・。結局予定より33分遅れの18時43分、ローマ・テルミニ駅に到着

続く
目次へ

ヨーロッパ横断鉄道旅行-第11弾(ローマ→ナポリ・ピサ)(2)

ヴァチカン宮殿ギャラリー
3日目

楽園

 地下鉄A線のオッタヴィアーノ駅で下車して通りをまっすぐ南に進む。しばらく行くと、トラムの駅があるリソルジメント広場だ。この広場の南側に高い城壁が聳えているのが見える。そして、その壁に沿って長い行列ができているのである。晴れてはいるが、風は強く、冷たい。辛抱強く行列を作るのは、日本だけのことではなさそうだ。とりあえず行列の脇を通ってヴァチカーノ通りを進み、横丁のカフェで一休みする。

 約束の時間が来た。私は行列の先頭、ヴァチカン宮殿の入口に向かう。事前に予約を入れておけば、行列の有無にかかわらず、あっさりと入ることができるのである。

 エントランスは、近年建てられた真新しい建物だ。ヴァチカン宮殿は、ここから中庭を挟んで左右の建物に分かれ、それぞれの建物は2階に分かれる。まずは左側の2階に進もう。

 左右の壁に掛けられた巨大なタペストリーに感嘆しながら廊下を進み、地図の間に入る。ここはその名の通りイタリア諸侯の領土を描いた巨大な地図がずらりと並ぶ。実際にはローマを中心とするエリアしか支配できなかった教皇だが、これを見ているとイタリア全土を支配している気分になれたのかもしれない。天井にもずらりと絵が敷き詰められている。まるで空白を許さないかのようだ。
 だが、驚くのはまだ早過ぎた。続いて入ったのはラファエロの間。その名の通り、かの巨匠・ラファエロが作品を描いた4つの部屋である。
 多くの見物客はここからシスティーナ礼拝堂に進んでしまうが、ここでいったん一階に下りてみよう。そこはボルジアの間と呼ばれる。その名前から想起される通り、教皇アレクサンデル6世(ロドリーゴ・ボルジア)の居室だった場所だ。これらの部屋の壁・天井も素晴らしい絵画で埋め尽くされている。この1階には意外なことに、現代画の展示室もある。

 再び2階に上ると、そこがシスティーナ礼拝堂であった。非常に混んでいて、もはや押し込められる感じだ・・・。だが、見上げればそこには巨匠達が描いた美しい世界が広がる。

 天国なのか地獄なのかよくわからない空間をやっとの思いで抜け出すと、ギャラリーとなっている廊下を通って、いったんエントランスに戻る。

 今度は左側の1階、ピオ・クレメンティーノ美術館に入る。ここは主に古代ギリシア・ローマ美術のコレクションだ。彫刻がメインだが、中には美しいモザイク床もある。最後まで見たところで引き返そうと思ったが、すさまじい人の流れで、それは不可能だった。そのため、またシスティーナ礼拝堂まで流される。まるでベルトコンベアである・・・。

 三たびエントランスに戻り、ようやく右側の建物に入る。絵画館というシンプルな名前だが、ラファエロ、カラヴァッジョ、ダ・ヴィンチ、ティツィアーノなど巨匠の作品がずらりと並ぶ見応えのあるコレクションである。

 エントランスに戻ると、疲れたのと、人混みを逃れたい気持ちで、早々に宮殿の出口を出る。だが、シャバの風景が味気なく見えて仕方がなく、ヴァチカンの美しい世界が懐かしい。何だかアダムになったような気分だ。

続く
目次へ

ヨーロッパ横断鉄道旅行-第11弾(ローマ→ナポリ・ピサ)(1)

ミラノ行きFR9552(テルミニ駅)
1・2日目

洗礼

<1日目>
 真冬とは言え、香港は暖かった。空港には、少し遅いクリスマスツリーだろうか、金色の大きなオブジェが置かれている。成田からのフライトでお腹は十分に満たされているはずなのに、ここに来ると中華料理への誘惑を断ちがたい。そして次のフライトへ。

<2日目>
 早朝、ローマの上空は分厚い黒雲に覆われていた。意を決して?飛行機はその中に突入。そしてフィウミチーノ空港に到着。香港とは打って変わって、冷たい雨に迎えられる・・・。入国審査への長い行列を乗り越えて駅に向かう。
 8時53分、テルミニ行きのレオナルドエクスプレスが発車。9時20分過ぎにテルミニ駅に到着
 すぐに荷物を預けると乗り換える。今度はFR(FRECCIAROSSA)。「赤い矢」という意味で、トレニタリアの新幹線の中でも最速クラスの列車だ。ナポリ行きのFR9607は、予定では10時10分にテルミニ駅を出発するはずだったが、遅れて10時28分に出発。まっすぐ北東に向かうと特急専用線に入り、南東に向けて大きくカーブする。

 列車はラツィオ地方の山間部を断続的にトンネルを抜けながら疾走する。驚いたことに、辺りの山々は深い雪に覆われている。最高時速300kmという「のぞみ」並みのスピードだから、線路脇の雪が跳ね上げられて吹雪いているかのように見える。実際、最初のうちは私も吹雪だと錯覚していたくらいだ。カンパニア地方に入っても、景色は変わらない。やがて列車は南へと向きを変え、特急専用線を抜けると大きな市街地に入る。さすがにこの辺りには雪がない。次第に徐行となり、最後に大きく右カーブすると、ナポリ中央駅に到着。11時36分。

 ナポリ中央駅は南伊を代表するナポリの中心駅だけあって、構内の大きさはテルミニ駅に負けていないように見える。この駅には地下鉄L2が直結しているが、駅名は「ガリヴァルディ広場」に変わる。なぜか券売機はない。もしやと思って売店に行くと、やはり切符を売っていた。ホームは工事中(2014年末時点)のものも含めて3面・4線であり、広い。列車はFS線からの直通である。この日は日曜日で本数が少ないせいか、非常に混んでいる。
 わずか1駅だけ乗って、カヴール広場で下車。ここから地下通路を通ってL1のムゼオ駅から地上に出る。地上には「ムゼオ」という駅名の由来である考古学博物館がある。この前からバスに乗ろうと思ったのだが、他のバスならたくさん来るのに、目当てのバスはなぜか全く来ない・・・。冷たい雨の中、坂道を上るしかない。

 坂道は最初は緩い。谷に架かる橋を渡る。谷の下の町がよく見える。が、お世辞にもきれいとは言い難い。橋を渡ったところから勾配がきつくなり、丘を登る。その丘の上にあるのが、カポディモンテ公園、かつての王宮の地である。その王宮の一角にある美術館に入る。展示室は、かつての王宮の雰囲気をそのままとどめている。

 元来た道を引き返す。考古学博物館は、この日は多くの展示が休みなので素通りする。ムゼオ駅から地下鉄L1に乗る。この路線の各駅のデザインはなかなか個性的だ(写真:トレド駅ウニヴェルシタ駅ガリヴァルディ広場駅)。ガリヴァルディ広場で下車。ただし、この駅はL2やナポリ駅とは少し離れている。

 ナポリの駅前で遅い夕食兼早い夕食をとる。初めてのナポリピザである。もちろん釜焼きで、耳がやや厚く、焦げている。

 帰りはミラノ行きのFR9552に乗る。予定通り17時ちょうどに発車。早くも辺りは夕闇に包まれる。そして18時10分、定刻きっかりにテルミニ駅に到着。風が強く寒い・・・。既に真っ暗な中を、目指すホテルを探して四苦八苦。冬だからある程度は覚悟はしていたのだが、南欧のイタリアで、これほど寒さが身に沁みるとは・・・。そして行き着いた先には、なぜかホテルの名前が3つも。実は、同じアパート様の建物に3つのホテルが混在しているのだとか。そのため、鍵は部屋用とフロア用の両方が渡される。やはり旅は意外性に満ちている。

続く
目次へ

ヨーロッパ横断鉄道旅行-第11弾(ローマ→ナポリ・ピサ)

はじめに

 今回の旅は、2つの点で異例であった。
 1つは時期。いつもは春や夏に行くのだが、今回は真冬である。ヨーロッパ横断鉄道旅行-第2弾(アテネ→ブダペスト)以来の真冬のヨーロッパに突入する。
 もう一つは目的地。なぜ2つなのか?ヨーロッパ横断鉄道旅行-第8弾(ミラノ→ヴェネツィア)以来、私はイタリアを南進してきた。イタリアはとても魅力的で、できれば南の端まで行ってしまいたい。だが、それではいつまでたっても「ヨーロッパ横断」という本来の目的を達することができない。けれども、せめてナポリまでは南進したい。そこからは北に転じて先に進もう。今回の旅は、大げさに言えば、そんな私の決意表明なのである。
 つまり、今回の最終目的地はピサであるけれども、その前に、後ろ髪引かれる南伊への気持ちの区切りとしてナポリを訪れたのであった。

 さてイタリアへの旅と言えば、心地良い南風に吹かれながら甘いカンツォーネの調べを聞くシーンに憧れてしまう。だが、いつも書くように旅は甘くはない。冬のイタリアは、浮かれた旅行者の横面を容赦なく引っぱたくのである。

旅の時期
2014年12月~2015年1月

目次

    1・2日目
  1. 洗礼


  2. 3日目
  3. 楽園


  4. 5日目
  5. 絶叫


  6. 4日目
  7. ローマ→チヴィタヴェッキア

  8. チヴィタヴェッキア→ロジニャーノ

  9. ロジニャーノ→ピサ

  10. 斜塔

  11. ピサ→ローマ


  12. 6~8日目
  13. 初詣・御節



遊子日記の目次へ

ヨーロッパ横断鉄道旅行-第10弾(フィレンツェ→ローマ)(14)

トレビの泉(2)
10日目

また来られる?

 ついにローマを発つ日が来た。ホテルを出て地下鉄に乗り、いつものようにテルミニ駅で下車するが、すぐには乗り換えず、手荷物預かり所に行く。さすがはローマ、ここにも大行列ができている・・・。

 駅近くのマッシモ宮(国立博物館)、共和国広場近くのディオクレティアヌス浴場(と併設博物館)、バルベリーニ広場近くのバルベリーニ宮(国立古典絵画館)とミュージアム三昧した後で、あの場所に向かう。

 それはバルベリーニ広場からトリトーネ通りを西に向かい、バスも通らない小さな路地に入ったところにある。行ってみると何か様子がおかしい。周囲が透明な壁に囲まれ、"THROW COIN THERE"と書かれた看板の先には、お賽銭箱のような小さな水たまり。そう、肩越しにコインを投げ入れると再びローマを訪れることができると言われるトレビの泉は、工事中であったのだ(註:これは2014年8月時点の話、その後2015年11月に再開したそうだ)。泉を取り巻く石像達もすっかり休息モードである。

 あのお賽銭箱のような水たまりの効果も疑わしく、後ろ髪を引かれる思いでテルミニ駅に戻る。荷物を受け取ると、ローマ・フィウミチーノ空港に直通するレオナルドエクスプレスに乗る。なぜ「レオナルド」かと言うと、フィウミチーノ空港の正式名称が「レオナルド・ダ・ヴィンチ空港」だから。17時52分にテルミニ駅を発車すると、まずまっすぐ南東に向かい、右に分岐すると大きくカーブして反転し、西に向かう。やがてオスティエンセを通過してテヴェレ川を渡るとトラステヴェレを通過して左に分岐する。そのままテヴェレ川に沿って下流に向かい、河口近くにあるフィウミチーノ空港に到着。18時25分。

 駅から空港ターミナルまでは意外に距離がある上、ターミナルは4つもあるので、自分のフライトがどのターミナルなのか確認しなければならない。ようやく目指すターミナルに着いたが、どういうわけかオンラインチェックインも自動チェックイン機も使えない・・・これもその後の運命を暗示していたのかもしれない。
 ようやく諸々終わって出発ゲートでくつろいでいると、何とゲートが変更されていることに気づく。この時19時30分。出発は20時なので急がねば!
 だが、既に行列ができていたゲートが一向に開かない・・・。何らアナウンスもないので、周囲の乗客も困惑している。20時35分、ようやくゲートが開く。出発は結局21時になった。

 パリへ向かうフライト自体は順調であった。だが、この後パリで出国手続きを伴う乗り継ぎが待っていることを考えると、気が気でない。パリ・ドゴール空港に着陸したのは23時。到着ゲート、23時10分。ここからはマラソン、いや1500メートル走か?出国手続きも含めて、わずか5分で羽田行きのゲートに到着できたのは、我ながらすごいと思う。だが、無情にもゲートは閉じられ、まだゲート前にいた飛行機は動き始めていたのだ。間に合わなかった・・・。
 不幸中の幸いは、ゲート周辺に残っていた係員がすぐに対応してくれたことだ。次の便(と言っても翌日だが・・・)と今夜のホテルの手配が完了。

 巨大な空港の迷路をさまよいながら、ようやくホテルに到着。着替えやサニタリーなどを全て空港で預けてしまい、手元になかったのが痛い。


 昨夜のドタバタがまるで嘘のように、ゆったりと朝を迎える。10時50分、羽田行きの便でドゴール空港を出発。予定では月曜日の早朝に羽田に到着するはずである。月曜から始まる仕事のことを考えると少し頭が痛いが、ひとまず空の上で休息することにしよう。

目次へ

ヨーロッパ横断鉄道旅行-第10弾(フィレンツェ→ローマ)(13)

ボルゲーゼ美術館(2)
9日目

憩い

 朝いつものように出かける。テルミニ駅のバス乗り場で910番バスを待つ。運行本数が少ないのであろう、なかなかバスが来ない。ようやく来たバスに乗り込み、北西に向かう。ピンチアーナ通りで下車。

 やって来たのはボルゲーゼ美術館だ。チケットは事前に予約する必要があり、時間も指定されている。
 入場時刻の9時になった。一斉に中に入る。まずは2階の絵画展示室から。入ると思わずうなってしまう。まず絵のレベルが他とワンランク違う。どこがどう違うのか、うまく説明できないが、とにかく上手い。そのような絵が壁と天井を埋め尽くしていて、こちらとしてはただただ恐縮するしかないのである。
 次いで一階に下りると、そこは彫刻の展示室だ。これも大きくて迫力のあるものばかり。大きな神の像に睨まれて蹴散らされそうだ。

 外に出る。禁断の神の世界をようやく抜けてシャバに戻った気分だ。
 それで思考が乱されたのだろうか。バチカン博物館に行ってみたくなった。あるいは「神」つながりだったのかもしれないし、昨夜見たサンピエトロ大聖堂の影響かもしれない。だが、それは予想以上に困難な道のりで(公共交通のアクセスが悪く、多くは歩くはめに・・・)、しかもようやくたどり着いた博物館の入口には長蛇の列・・・

 数時間後、私はボルゲーゼ美術館のあるボルゲーゼ公園に舞い戻り、まるで何事もなかったかのように散策していたのである。

 公園内のいくつかの博物館に立ち寄った後、その西側にあるヴィッラ・ジュリア・エトルスコ博物館に行く。「ヴィッラ・ジュリア」とは「ジュリオの別荘」という意味であり、ローマ教皇ジュリオ3世の別荘だったところである。現在はエトルリア文明の博物館になっている。
 僧院風の美しい回廊のある博物館の中には、ローマの前にイタリアで繁栄したエトルリア文明の遺物が数多く展示されている。特に有名な「夫婦の寝棺」は、本当に美しい彫刻で、かの文明の高さがうかがえるし、再現された墓所の石室画もなかなかのものだ。

 朝から歩き回って思った以上に疲れてしまった。エトルスコ博物館からふらふら西に歩いてフラミニア通りに出て、ローマでは初めてのトラムに乗る。

 ホテルに戻った私は、しばらくして昼寝してしまった。これが今日はじめての憩いだったのかもしれない。

続く
目次へ

ヨーロッパ横断鉄道旅行-第10弾(フィレンツェ→ローマ)(12)

天使像
8日目

夜の天使

 朝からローマ各所を回ったのだが、あまりに細かいので省略する。
 夕食後、20時前にホテルを出発。テルミニ駅から40番バスに乗る。このバスはヴェネツィア広場、ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世通りというローマの目抜き通りを通って進むのだが、道路の舗装状態が悪いためか、非常によく揺れる・・・テヴェレ川を渡ると終点だ。目の前には高い城壁が聳えている。これが何なのかは、後述することになるだろう。

 真夏であるので、20時といってもようやく灯点頃である。20時から始まるカステルサンタンジェロの夜間入場のために、早くも行列ができていた。行列しながら城を眺めていると、その形に違和感を覚える。それもそのはず。この建物はもともと古代ローマのハドリアヌス帝の廟所であったのだ。だから今目の前に見えている円形の建物は、まさにロトンダなのである。

 ようやく入場。既に日は暮れて空は暗くなっている。まずは、丸い内陣(元のハドリアヌス帝廟)と四角い外陣(内陣を守るために中世になって追加された城壁)の間の通路を進み、ここから外陣の壁の上に登る。ここはいかにもお城である。
 次いで、外陣から架け渡された橋を通っていよいよ内陣に入る。ローマ教皇の居所としても使われた部屋の装飾はやはりため息がでるほど美しい。そしてテラスからは、近くに建つバチカンのサンピエトロ大聖堂の威容を眺めることができる。

 てっきり見学はこれで終わりかと何気なく入った通路。しかし、これが長い。しかも次第に細くなり、心も細くなる・・・やがて係員の姿が見え、階段を上るように促される。そうか、ようやく行き止まりか。と思いきや、通路の真上の城壁の上をまたひたすら歩くのである。
 ここはどこなんだろう?前にはサンピエトロ大聖堂が見えてきたではないか。そして振り返るとカステルサンタンジェロが少し遠くに。
 ここでようやく気付いた。これは、バチカンとカステルサンタンジェロを結ぶ城壁なのだ。教皇をはじめとする貴人は、この両所を秘密裏に行き来することができたのである。もちろん彼らが通ったのは、城壁の上ではなく、先ほど通った下の通路であろうが。先ほどの40番バスの終点は、まさにこの城壁(コリドーと呼ばれる)の側だったのだ。
 ならば、このままバチカンへ。と歩き出したが、途中で行き止まりになっていて、一般の観光客は最後まで進むことはできない。天使の城に隠された秘密。闇夜に浮かぶ大天使は、実はちょっと腹黒いのかもしれない。

続く
目次へ