ヨーロッパ横断鉄道旅行-第12弾(ピサ→ミラノ)

はじめに

 「リヴィエラ」と聞いて「冬」を想起してしまうのは、おそらく20世紀の終盤に生きた日本人だけであろう。なぜなら、リヴィエラ海岸のオンシーズンは、世界中の多くの海岸リゾートと同様に春から夏にかけてだからである。
 今回の旅の中心は、このリヴィエラの東半分、ラ・スペツィアからジェノヴァである。もちろん、季節はオンシーズンの5月だ。この東リヴィエラの美しさは、半分は自然が作り出しているのだが、もう半分は人の営みが作り出している。それがどういうことなのかは、いずれおわかりいただけると思う。

旅の時期
2015年5月

目次

    1・2日目
  1. 散歩

  2. ピサ→ラ・スペツィア

  3. 玄関


  4. 3日目
  5. 女神

  6. 五村(その1)

  7. 五村(その2)

  8. 五村(その3)

  9. 折返

  10. 五村(その2 もう一度)

  11. 五村(その4)


  12. 4日目
  13. ラ・スペツィア→ジェノヴァ

  14. 熱那


  15. 5日目
  16. 隠棲


  17. 6日目
  18. 紅白

  19. ジェノヴァ→ミラノ


  20. 7日目
  21. 万博



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ヨーロッパ横断鉄道旅行-第11弾(ローマ→ナポリ・ピサ)(9)

サン・ピエトロ広場

6日目~8日目
初詣・御節

<6日目>
 2015年となった元日の朝、ローマはよく晴れていた。日本人ならばこんな日には初詣に行くだろう。そしてローマの人々も同じようなことを考えていたようだ。
 地下鉄A線のオッタヴィアーノで下車して南に歩き、リソルジメント広場へ。ここから右に折れると前回の旅で訪れたヴァチカン博物館なのだが、今回はあえてさらに南に進むと、大きな広場が現れる。サン・ピエトロ広場だ。既に大勢の人々が集まっている。
 彼らの視線は、広場の一角に設置された大型モニターに集まっている。そこに写し出されたのは、広場の目の前にあるサン・ピエトロ寺院で行われているローマ法王による新年のミサだ。寺院の中へは一般の人々は入れないから、皆モニターで見ているのである。

 夜、共和国広場近くにある教会でコンサートを聴く。ミニオーケストラと男女4人の歌手が登場して、オペラの名曲などを披露する。オペラ座のスタッフによる片手間仕事のような間延び感はあるものの(怒って途中退席した人もいた・・・)、新年から生の音楽を楽しめるのは素直にうれしい。

<7日目>
 ついにローマを去る日が来た。テルミニ駅からレオナルドエクスプレスに乗り、フィウミチーノ空港へ。全てが順調に進み、出発ゲートへ。すると、ゲートでは何やらパーティの準備中。何が始まるのかと思いきや、何とローマ―香港便にボーイングB777が導入され、今日がそのデビューだと言うのである。搭乗直前にパーティが始まり、乗客全員にシャンパンやケーキが振舞われ、B777の模型がプレゼントされる。
 お祝いはそれだけではなかった。飛行機が滑走路に向かう途中、補助路の脇に2台の消防車が現れる。「事故?」と思ったのも束の間、消防車が飛行機にいきなり放水!世の中にはこういう「シャンパンかけ」もあるのだ。

<8日目>
 朝、飛行機は香港に到着し、その処女フライトを無事に終える。成田へのフライトへは少し余裕があったので、往きと同様、また中華料理を食べに行く。今日はこの小籠包が御節の代わりである。

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ヨーロッパ横断鉄道旅行-第11弾(ローマ→ナポリ・ピサ)(8)

サレルノ行きIC511(ピサ駅)
ピサ→ローマ

 14時59分、南伊・サレルノ行きのIC511が5分遅れでピサに到着する。1等車は既に満席なので2等車に乗る。2等車も6人乗りのコンパートメントで、何とか座席は確保できたものの、ここも満席気味で廊下にも人が溢れている・・・。列車は15時2分に出発する。

 15時17分、リヴォルノに停車。ここから海岸沿いに走る。往きにも見たはずだが、改めて海岸を眺めると、小さな塔がたくさん建っているのに気づく。もしかすると、かつて海を越えてきたサラセンの海賊の襲撃に備えてイタリアの海沿いの村々に建てられたという「サラセンの塔」なのかもしれない。

 列車は、往きに停車したロジニャーノやチェチナを通過して、代わりに往きに通過したカンピーリア・マリッティマやフォッローニカに停車する。16時25分、グロッセートに停車。冬の太陽は、早くも海中に没しようとしている

 沈んだ太陽に代わって、沿岸の工場群が輝き始める。狙ったものなのかどうかわからないが、こうして見るとなかなか美しくライトアップされているのである。
 17時15分、チヴィタヴェッキアに停車。さらに大勢の乗客が乗ってきて、廊下も満杯だ・・・。列車は海と別れを告げて内陸に入り、アウレリアを通ってローマへ。ヴァチカンの南をかすめてテヴェレ川を渡ると、オスティエンセに停車。17時52分。オスティエンセからはぐるっと大きく左にカーブして、テルミニ駅に停車。18時5分。
 私はここで下車するが、この列車はここで進行方向を変えて、これからサレルノまでの長い旅路に出るのだ。

続く
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ヨーロッパ横断鉄道旅行-第11弾(ローマ→ナポリ・ピサ)(7)

斜塔
斜塔

 ピサの駅前からバスに乗る。他の町と同様、バスに関するインフォメーションは極めて少なくてわかりにくいのだが、ガイドブックに書いてある通りに切符の自販機やバス停があるので助かった。LAMという路線バスのROSSA(赤)という路線に乗る。バスは通りを北上してアルノ川を渡ると、まもなく小さな城壁が見えてくる。城壁の前のマニン広場で下車する。

 城壁の小さな門をくぐると、そこには別世界が広がる。ドゥオーモを中心に、洗礼堂、カンポサント(納骨堂)、そしてあの斜塔が並び建っている。いずれも真っ白な大理石で覆われていて、ここが聖域であることを示しているかのようだ。

 斜塔以外の建物への入場は共通券になっていて、広場内の切符売り場で購入する。まずは広場の中心・ドゥオーモへ。中に入ると左右に円柱がずらりと並んでいる。奥の祭壇の天井には、東方のイコンを思わせるようなキリストの壁画がある。ヴェネツィアもそうであったが、同じく海上貿易で栄えたピサも東方からの影響を強く受けたのであろう。説教壇の装飾も素晴らしい。

 カンポサントへ。もともと納骨堂なのだが、壁画やフレスコ画などのギャラリーのようになっている。『死の凱旋』というフレスコ画がなかなか良かった。

 洗礼堂へ。小さな建物であるが、建物を円形に囲む柱や、六角形で統一された説教壇などの諸設備など、その形式的な美しさが自ずと伝わってくる思いがする。
 だが、この建物の魅力はそれだけではない。ちょうど13時になった時、それまで出入口で入場客のチェックをしていた人が急に建物の中央に歩いてきたかと思うと、天井に向かって祈祷文?を唱えだす。まるで仏教の声明のようで、実にいい声だ。そして驚くほどよく響く。音響効果まで計算された建物であったのだ。
 洗礼堂を出て、ふと振り返る。や、この建物も傾いてはいないか?

 そしていよいよ斜塔である。ここだけは事前の予約が必要で、入場時間も厳密に決められている。中に入ると、屋上までまっすぐに(正確には斜めにまっすぐに)穴が開いているのが見える。屋上へは階段で上がる。この階段も傾いている(正確には、同じ段の水平面が傾いている、と言うべきか)。
 この斜塔は、もともとドゥオーモの鐘楼であった。これらドゥオーモとその付属施設は、ピサがイタリアの4大海洋国家の一つとして繁栄していた時代(11世紀・12世紀)に建てられたものだ。しかし、その後アルノ川の流路が変わったりしたことでピサの繁栄も衰え、ついにはフィレンツェに併合される。そして港湾都市としての役割もリヴォルノに奪われる。そうした歴史を反映したわけではないだろうが、鐘楼も次第に傾き、いつしか「ピサの斜塔」として世に知られるようになったのだ。だが、少々傾き過ぎたらしく、これ以上の傾斜を防ぐ工事が近年行われたようだ。なかなか大変である。
 階段を上ると屋上に出る。ここからはドゥオーモの壮観だけでなく、ピサ市街から遠くの山々まで眺めることができる。

 帰りも往きと同じくROSSAバスに乗る。アルノ川を渡った時、川沿いの街並みがなかなか美しいことに気が付いた。いずれゆっくり歩いてみたいものだ。そう思っているうちに、早くもバスは駅に着いてしまう。

続く
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ヨーロッパ横断鉄道旅行-第11弾(ローマ→ナポリ・ピサ)(6)

トリノ行きFB(ピサ駅)
ロジニャーノ→ピサ

 ロジニャーノに停車した列車は、しかしなかなか発車しない。そうこうしているうちに車内放送が入る。何かトラブルに違いない。日本とは異なり、滅多なことでは車内放送が入らないイタリアでは、車内放送が始まっただけでドキリとしてしまう。内容は全く聞き取れないのだが・・・。

 結局、ロジニャーノには10分停車して、9時43分に発車する。次の駅、カスティリョンチェッロを通過。その名の通り、駅前に城が見える。ここからはトンネルが断続し、山が迫った海岸に沿って北に向かう。アンティニャーノを通過すると広がった平地の中に入って行く。これまでにないくらい大きな町が現れる。9時57分、列車はリヴォルノに停車する。予定より27分遅れである。リヴォルノは海岸の港湾都市であり、近代以降はピサに取って代わってトスカーナ第一の港になっている。

 リヴォルノを10時に発車する。港から伸びる広大な貨物用線路が左から合流してくる。運河を渡り、さらに内陸に進む。そして10時14分、列車はピサに停車。ちょうど30分遅れだ。私はここで下車する。

続く
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ヨーロッパ横断鉄道旅行-第11弾(ローマ→ナポリ・ピサ)(5)

ロジニャーノ駅
チヴィタヴェッキア→ロジニャーノ

 チヴィタヴェッキアからは大勢の乗客が乗り込んでくる。列車は5分停車した後、7時49分に発車する。予定からは既に5分遅れている。
 市街地の丘を貫くトンネルを抜けて海岸沿いに北西に進んだ後、少し内陸の丘陵地帯に入る。

 7時58分、列車は突如停止する。8時4分、運転再開。タルクイーニアを通過。辺りには畑が広がり、左手にはまた海が現れる。州境を越えてトスカーナ州に入る。8時29分、オルベテッロを通過。ほとんど島のような半島とイタリア本土に挟まれた潟の中間に突き出た町だ。
 やがて列車はまた内陸に入り、大きな町の中に吸い込まれる。8時43分、グロッセートに停車。もう11分も遅れている。

 8時46分、グロッセートを発車。まっすぐ進んで次の駅・モンテペスカリを通過。ここから右に分岐する線路があるが、これは以前に訪ねたシエナへと続いている。列車はトスカーナの平地に大きく弧を描いて西に進む。

 9時3分、海岸の町フォッローニカを通過して、半島の付け根を横切る。カンピーリア・マリッティマを通過。ここからは半島の南端・ピオンビーノに向かう路線が分岐している。そしてピオンビーノの沖には、ナポレオンの最初の流刑地であるエルバ島が浮かんでいるのだ。列車は半島を抜けると、海に沿って北向きに進む。
 また大きな町が現れる。9時22分、チェチナに停車。13分遅れである。

 9時25分、チェチナを発車。発車するとすぐ、山間部へと向かう路線が右に分岐する。次の駅・ヴァダを通過すると、またもや右に分岐する路線がある。これは内陸部を通ってピサに直行する路線である。この列車はなおも海岸を進む。海岸の大きな工場から煙が上がっている。また大きな町が現れる。9時33分、ロジニャーノに停車。

続く
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ヨーロッパ横断鉄道旅行-第11弾(ローマ→ナポリ・ピサ)(4)

トリノ行きFB(テルミニ駅)
4日目

ローマ→チヴィタヴェッキア

 前回にも書いた通り、ここで時計の針を1日戻す。ナポリをして南伊の「見納め」とした私は、いよいよローマから北に向かう。朝まだきのテルミニ駅には、トリノ行きのFB(FRECCIABIANCA・「白い矢」という意味)が停車していた。FBはトレニタリアの新幹線としては最も遅いが、その分停車駅も多い。ローマ-ピサ間を走る優等列車は、このFBと在来線特急とも言うべきIC(インテルシティ)のみである。私が乗ったのは2等車で、4人掛けのシートが左右に並んでいる

 6時57分、列車は予定通りに発車。まっすぐ南東に進むと、右に分岐して大きくカーブし、大きく向きを変えて西に進む。オスティエンセを通過してテヴェレ川を渡るとトラステヴェレも通過。ここで右に分岐する。ちなみに、フィウミチーノ空港に向かうレオナルドエクスプレスは、ここを左に分岐していく。
 サン・ピエトロを通過。その名の通り、ライトアップされたサン・ピエトロ寺院の姿が朝の闇に包まれて浮かび上がる。ちなみに、この駅から分岐してヴァチカンに向かう引込線が存在するようだ。ローマ法王の「お召し列車」も存在するのだろうか?
 すぐに列車は左に分岐。長いトンネルを西に進む。トンネルを抜けるとアウレリアを通過してスピードを上げる。ローマ西郊の丘陵地帯を突っ切るため、トンネルを断続的に抜ける。やがてフィウミチーノ空港の北に出てくると、南東方向からやって来た線路に合流。この線路は、フィウミチーノ空港の手前で空港に向かう線路から分岐したものだ。合流した線路はそのまま北西に向かう。この辺りでようやく夜明けとなる。

 左手に海が現れる。7時27分、ラディスポリを通過。次第に海岸線が迫ってくる。7時39分、サンタ・マリネッラを通過。意外に大きな町である。列車はここで北に大きくカーブすると、さらに大きな町が現れる。7時44分、チヴィタヴェッキアに停車する。
 チヴィタヴェッキアは、海に面していないローマにとって古来から貴重な港であり、それゆえローマ-チヴィタヴェッキア間の鉄道は、イタリアで最も早く開業した路線の一つだそうだ。

続く
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ヨーロッパ横断鉄道旅行-第11弾(ローマ→ナポリ・ピサ)(3)

卵城全景
5日目

絶叫

 本来なら4日目の話を書かねばならないのだが、話の流れの都合上、5日目について先に書く。

 この日は朝から悩んでしまった。前回悪天候だったナポリにもう一度行きたいと思っていたのだが、天気予報によるとナポリは曇り。色々考えた末、やはりナポリに行くことにした。列車の出発まで時間がない。慌ててホテルを出発・・・

 ローマとナポリのみを結ぶ通勤列車のようなFR9601に乗る。座席は2等車なのだが、2等車もいくつかグレードが分かれていて、今回は「プレミアム」に乗ってみる。車内はいくぶん高級感がある気がする。
 列車は7時35分に出発。ローマ市街を抜けると、なぜだか徐行を始め、そして停車してしまう・・・。ようやく運転再開して山間部に入るが、辺りは前回と同じく雪景色時速300km近くで走行する列車が雪を激しく巻き上げる。一方車内ではコーヒーとお菓子がサービスされる。そうこうしているうちに、雪は姿を消す。やがて列車はナポリ市街地に入り、大きな構内線が現れる。8時57分、予定より12分遅れでナポリに到着。先ほどの停車が響いてしまったようだ。

 この時のナポリの気温は、0度。「ナポリ=南国」というイメージは、ここで崩壊する・・・。だが、あてがはずれたのはこれだけではない。地下鉄L1に乗ろうとすると、なぜかガリヴァルディ広場駅が閉鎖されている・・・。仕方なくL2に乗ると、こっちは動いていたものの、予定より1時間遅れの列車がやって来る有様・・・。前回と同じくカブール広場で下車。

 前回は多くが閉まっていた考古学博物館は、この日は開いていた。博物館の看板である古代ギリシャ・ローマの彫刻やモザイク画のコレクションは、やはり充実している。変わったところでは、古代のエロチック絵画のコレクションも。2階の大広間の天井は絵画に満ちている。

 地下鉄L1のムゼオ駅は開いていたので、ここから南へ向かう電車に乗るが、次のダンテ駅で降ろされてしまう・・・。これでわかったのは、ダンテ駅からガリヴァルディ広場駅までなぜか運休しているということだ。仕方なく、トレド通りを南に向かって歩く。年の瀬のナポリの人出を見ることができて面白い一方、寒さが身に沁みる・・・。トリエステ・トレント広場に出ると、左手に王宮が見えるのだが、こちらは何と工事中で入れない・・・。
 心まで凍えてしまって、もう折れそうになりながら、さらに左手に進むと、ヌオーヴォ城が見える。こちらは、開いている!

 ヌオーヴォ城は、ナポリ王国の最初の王朝であるアンジュー朝によって建てられたもので、工事中の王宮は、後の時代に建てられたものである。内部は市立博物館になっており、意外にレベルの高い宗教画のコレクションがある。海に面したテラスからは、ナポリ港、そしてベスビオ山を臨むことができる。ベスビオ山の上に雲がかかっているのが残念だ。城の地下では発掘が行われていて、それがガラス越しに見られるのだが、人骨があるのはなぜだろう・・・。

 城から坂を下って港沿いにしばらく歩くと、カンツォーネで名高いサンタ・ルチアになる。だが、あの甘い調べなど吹き飛ばすように海風が容赦なく吹き付け、寒い!ふと海を見ると、山頂付近にかかっていた雲がようやく晴れたベスビオ山を拝むことができた。素晴らしい景色だが、寒さでとても長居はできない。暖と昼食を兼ねてとりあえずレストランへ避難だ。

 昼食後、再び歩き出す。サンタ・ルチアには高級ホテルがずらりと並んでいる。いわゆる有名人の「出待ち」なのか、ホテルの入口に人だかりができていて、時折歓声が上がっている。サンタ・ルチアの一番奥には海に張り出した出島のような城がある。どういうわけか、卵城と呼ばれている。薄暗い階段を上ると、ナポリ湾とベスビオ山を一望する素晴らしい眺望が待っている。だが、寒い!観測所の気温が0度なので、海風がもろに当たる卵城での体感温度は間違いなく氷点下であろう。引き裂かれた私の心が、思わず歌い出す。「さ~んた~る~ち~あ~~♪さ~んた~~~る~ち~あ♪あああ、寒いよーーー!!!」

 だが、叫んだところで暖かくなるわけではない。撤収だ。来た道を引き返す。サレルノ宮プレビシート広場の前を通ってトリエステ・トレント広場まで戻る。トレド通りから少し寄り道をしてウンベルト1世のガッレリアを見る。以前に見たミラノのガッレリアよりは狭いが、なかなか立派なものである。

 ダンテ駅から地下鉄L1、ムゼオ→カブール広場でL2の乗り換えてナポリ駅に戻る。ミラノ行きFR9552で17時ちょうどに出発。またもや途中で停まる。どうやら車両故障と思われる・・・。結局予定より33分遅れの18時43分、ローマ・テルミニ駅に到着

続く
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ヨーロッパ横断鉄道旅行-第11弾(ローマ→ナポリ・ピサ)(2)

ヴァチカン宮殿ギャラリー
3日目

楽園

 地下鉄A線のオッタヴィアーノ駅で下車して通りをまっすぐ南に進む。しばらく行くと、トラムの駅があるリソルジメント広場だ。この広場の南側に高い城壁が聳えているのが見える。そして、その壁に沿って長い行列ができているのである。晴れてはいるが、風は強く、冷たい。辛抱強く行列を作るのは、日本だけのことではなさそうだ。とりあえず行列の脇を通ってヴァチカーノ通りを進み、横丁のカフェで一休みする。

 約束の時間が来た。私は行列の先頭、ヴァチカン宮殿の入口に向かう。事前に予約を入れておけば、行列の有無にかかわらず、あっさりと入ることができるのである。

 エントランスは、近年建てられた真新しい建物だ。ヴァチカン宮殿は、ここから中庭を挟んで左右の建物に分かれ、それぞれの建物は2階に分かれる。まずは左側の2階に進もう。

 左右の壁に掛けられた巨大なタペストリーに感嘆しながら廊下を進み、地図の間に入る。ここはその名の通りイタリア諸侯の領土を描いた巨大な地図がずらりと並ぶ。実際にはローマを中心とするエリアしか支配できなかった教皇だが、これを見ているとイタリア全土を支配している気分になれたのかもしれない。天井にもずらりと絵が敷き詰められている。まるで空白を許さないかのようだ。
 だが、驚くのはまだ早過ぎた。続いて入ったのはラファエロの間。その名の通り、かの巨匠・ラファエロが作品を描いた4つの部屋である。
 多くの見物客はここからシスティーナ礼拝堂に進んでしまうが、ここでいったん一階に下りてみよう。そこはボルジアの間と呼ばれる。その名前から想起される通り、教皇アレクサンデル6世(ロドリーゴ・ボルジア)の居室だった場所だ。これらの部屋の壁・天井も素晴らしい絵画で埋め尽くされている。この1階には意外なことに、現代画の展示室もある。

 再び2階に上ると、そこがシスティーナ礼拝堂であった。非常に混んでいて、もはや押し込められる感じだ・・・。だが、見上げればそこには巨匠達が描いた美しい世界が広がる。

 天国なのか地獄なのかよくわからない空間をやっとの思いで抜け出すと、ギャラリーとなっている廊下を通って、いったんエントランスに戻る。

 今度は左側の1階、ピオ・クレメンティーノ美術館に入る。ここは主に古代ギリシア・ローマ美術のコレクションだ。彫刻がメインだが、中には美しいモザイク床もある。最後まで見たところで引き返そうと思ったが、すさまじい人の流れで、それは不可能だった。そのため、またシスティーナ礼拝堂まで流される。まるでベルトコンベアである・・・。

 三たびエントランスに戻り、ようやく右側の建物に入る。絵画館というシンプルな名前だが、ラファエロ、カラヴァッジョ、ダ・ヴィンチ、ティツィアーノなど巨匠の作品がずらりと並ぶ見応えのあるコレクションである。

 エントランスに戻ると、疲れたのと、人混みを逃れたい気持ちで、早々に宮殿の出口を出る。だが、シャバの風景が味気なく見えて仕方がなく、ヴァチカンの美しい世界が懐かしい。何だかアダムになったような気分だ。

続く
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ヨーロッパ横断鉄道旅行-第11弾(ローマ→ナポリ・ピサ)(1)

ミラノ行きFR9552(テルミニ駅)
1・2日目

洗礼

<1日目>
 真冬とは言え、香港は暖かった。空港には、少し遅いクリスマスツリーだろうか、金色の大きなオブジェが置かれている。成田からのフライトでお腹は十分に満たされているはずなのに、ここに来ると中華料理への誘惑を断ちがたい。そして次のフライトへ。

<2日目>
 早朝、ローマの上空は分厚い黒雲に覆われていた。意を決して?飛行機はその中に突入。そしてフィウミチーノ空港に到着。香港とは打って変わって、冷たい雨に迎えられる・・・。入国審査への長い行列を乗り越えて駅に向かう。
 8時53分、テルミニ行きのレオナルドエクスプレスが発車。9時20分過ぎにテルミニ駅に到着
 すぐに荷物を預けると乗り換える。今度はFR(FRECCIAROSSA)。「赤い矢」という意味で、トレニタリアの新幹線の中でも最速クラスの列車だ。ナポリ行きのFR9607は、予定では10時10分にテルミニ駅を出発するはずだったが、遅れて10時28分に出発。まっすぐ北東に向かうと特急専用線に入り、南東に向けて大きくカーブする。

 列車はラツィオ地方の山間部を断続的にトンネルを抜けながら疾走する。驚いたことに、辺りの山々は深い雪に覆われている。最高時速300kmという「のぞみ」並みのスピードだから、線路脇の雪が跳ね上げられて吹雪いているかのように見える。実際、最初のうちは私も吹雪だと錯覚していたくらいだ。カンパニア地方に入っても、景色は変わらない。やがて列車は南へと向きを変え、特急専用線を抜けると大きな市街地に入る。さすがにこの辺りには雪がない。次第に徐行となり、最後に大きく右カーブすると、ナポリ中央駅に到着。11時36分。

 ナポリ中央駅は南伊を代表するナポリの中心駅だけあって、構内の大きさはテルミニ駅に負けていないように見える。この駅には地下鉄L2が直結しているが、駅名は「ガリヴァルディ広場」に変わる。なぜか券売機はない。もしやと思って売店に行くと、やはり切符を売っていた。ホームは工事中(2014年末時点)のものも含めて3面・4線であり、広い。列車はFS線からの直通である。この日は日曜日で本数が少ないせいか、非常に混んでいる。
 わずか1駅だけ乗って、カヴール広場で下車。ここから地下通路を通ってL1のムゼオ駅から地上に出る。地上には「ムゼオ」という駅名の由来である考古学博物館がある。この前からバスに乗ろうと思ったのだが、他のバスならたくさん来るのに、目当てのバスはなぜか全く来ない・・・。冷たい雨の中、坂道を上るしかない。

 坂道は最初は緩い。谷に架かる橋を渡る。谷の下の町がよく見える。が、お世辞にもきれいとは言い難い。橋を渡ったところから勾配がきつくなり、丘を登る。その丘の上にあるのが、カポディモンテ公園、かつての王宮の地である。その王宮の一角にある美術館に入る。展示室は、かつての王宮の雰囲気をそのままとどめている。

 元来た道を引き返す。考古学博物館は、この日は多くの展示が休みなので素通りする。ムゼオ駅から地下鉄L1に乗る。この路線の各駅のデザインはなかなか個性的だ(写真:トレド駅ウニヴェルシタ駅ガリヴァルディ広場駅)。ガリヴァルディ広場で下車。ただし、この駅はL2やナポリ駅とは少し離れている。

 ナポリの駅前で遅い夕食兼早い夕食をとる。初めてのナポリピザである。もちろん釜焼きで、耳がやや厚く、焦げている。

 帰りはミラノ行きのFR9552に乗る。予定通り17時ちょうどに発車。早くも辺りは夕闇に包まれる。そして18時10分、定刻きっかりにテルミニ駅に到着。風が強く寒い・・・。既に真っ暗な中を、目指すホテルを探して四苦八苦。冬だからある程度は覚悟はしていたのだが、南欧のイタリアで、これほど寒さが身に沁みるとは・・・。そして行き着いた先には、なぜかホテルの名前が3つも。実は、同じアパート様の建物に3つのホテルが混在しているのだとか。そのため、鍵は部屋用とフロア用の両方が渡される。やはり旅は意外性に満ちている。

続く
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