ヨーロッパ横断鉄道旅行-第15弾(マルセイユ→バルセロナ)(4)

アヴィニョン行き普通列車.jpg
3日目
マルセイユ→アヴィニョン

 マルセイユに着いた翌日ではあるが、私はもうここを去らねばならなかった。この日の天気は曇り。前日と天気が逆ではなくて本当に良かったと思う。ホテルを早々にチェックアウトすると、のカフェで朝食を済ませる。ホームにはスペイン国鉄の運行する新幹線AVEも停車していて、否が応にも胸が躍る。だが、今から乗るアヴィニョン行き普通列車の姿は見つからず、乗車ホームも告知されない。出発予定時刻の数分前だというのに・・・。以前に書いたことの繰り返しになるが、マルセイユのようなヨーロッパのターミナル駅では列車の到着・乗車ホームがその直前まで告知されない。そもそも行先によってホームが固定されていることも少ない。この点では、時刻表にまでホーム番号が掲載されている日本とは事情が大きく異なるのである。とはいえ、その「直前」はたいてい発車の数十分~十分くらい前ではあるのだが。

 ようやくアヴィニョン行きのホーム番号が掲示された。大勢の乗客がそのホームめがけて駆けていく(これもヨーロッパではよく見られる光景だ)。私も遅れまじとキャリーバッグを引きずりながら後に続く。
 8時16分、アヴィニョン行きの普通列車は予定通りに発車する。おそらく入線は予定より遅れたのであろうが、ここからは遅れまじという強い意志を感じる。
 列車は駅の構内線を抜けるとすぐに、他の多くの線路から離れ左に分岐して大きくカーブする。これを180度カーブ、と勝手に命名しよう。これもヨーロッパのターミナル駅の特徴だが、たいていホームが頭端型になっているので、駅の反対側に進むためにこうしたカーブが必要なのである。(直近の当ブログの記事ではイタリアのトリノの事例がある。)
 さて、こうして駅の反対側に向かった列車は、トンネルをくぐって次の駅、Arenc Euroméditerranéeに停車。8時22分。発車すると、辺りはマルセイユの新港だ。港には大型の客船や貨物船がずらりと並び、それらから伸びている貨物線が次々と合流しては分岐していく。

 しかし、この列車は港の動脈からは離れて、いくつものトンネルをくぐりながら、多くの旅客列車が走る山側の線路へと回帰してゆく。8時33分、レスタックに停車。発車すると、レスタックの街並みとマルセイユの港を一望できる。
 長いトンネルを抜けて8時43分、パ・デランシエに停車。ベール湖畔に出て、8時46分ヴィトロル・マルセイユ・プロヴァンス空港、8時51分ロニャック、湖畔のきれいな街サン・シャマには9時2分に停車。
 湖から離れてしばらく進むと、丘の上に古城が現れ、やがて大きな市街地に入る。9時6分、ミラマに停車。平地を一直線に進み、9時15分、サン・マルタン・ド・クロに停車。直線はまだ続き、辺りには発電用の風車が並ぶ。ようやく右カーブして大きな市街地に入る。9時26分、アルルに停車。

 ここから先は未知の路線となる。列車はローヌ川に沿って北に進む。この辺りも風車や畑が散在し、線路は一直線だ。やがて小さな町を通過する。ここは鉄道のいわばT字路になっていて、左(つまり西)側から来た線路が二手に分かれて南北を走る線路に合流する。この町・タラスコンの駅は西側の線路上のみにあって、南北の線路上には駅がない。ここまでほぼ北上してきた列車は、タラスコンを通過すると北東へと向きを変える。アルルを発車して以来、少し心配になるくらいまったく駅がない。
 ローヌ川へと注ぐデュランス川を渡ると列車は徐行を始め、広くて新しい線路をまたぐ。これはTGVの専用線で、その線路上にはTGV用のアヴィニョン駅が見える。そして列車は広い操車場を抜け、大きく右カーブすると、いよいよ終点のアヴィニョン中央駅に到着する。9時50分。ホームこそ通過式だが、それらが屋根で覆われているのは、都市としての風格を示すためであろうか。(そう言えばニース・ヴィル駅も同じようなタイプだ。)

続く
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ヨーロッパ横断鉄道旅行-第15弾(マルセイユ→バルセロナ)(3)

マルセイユ行き快速(アルル駅).jpg
アルル→レスタック、上陸

 アルル駅からマルセイユ行きの快速列車に乗る。16時1分。列車はとにかく一直線に突っ走る。サン・マルタン・ド・クロは通過するが、しばらくして徐行になる。再びスピードアップすると、広大な構内線・操車場が現れる。16時18分、ミラマに停車。
 ベール湖が姿を現し、湖岸にはコンビナートが立ち並ぶ。上空には飛行機が舞う。16時35分、ヴィトロル・マルセイユ・プロヴァンス空港に停車。私はここで下車する。

 私がここで下車したのは、空港に戻りたいわけではもちろんない(笑)。これから目指すレスタックは、快速が停車しない駅だからだ。16時45分、各駅停車がやって来たので、これに乗る。次の駅パ・デランシエには16時50分に停車するが、ここを出てからも徐行が続き、そのまま長いトンネルに入る。トンネルの途中から列車はスピードアップする。
 トンネルを抜けると、青い水辺が現れる。今度こそ、海である。17時ちょうど、レスタックに停車。私はここで下車する。

 駅の構内はやや荒れた印象があって、日が暮れてからここに来るのは正直怖いと思う。駅前のちょっと古そうな街並みを抜けて坂を下ると、海岸通りには多くの商店が立ち並び、観光客でごった返す。には、これまた多くのクルーズ船がずらりと並ぶ。この港町の風景は、かつてセザンヌなどの多くの画家を魅了したようだが、現代ではすっかり観光地化されたせいか、立ち止まってじっくり眺めたいものには見えない。

 町はちょっと期待はずれではあったが、私がここに来た一番の理由は、この港からフェリーに乗ることだった。このフェリーはRTM(マルセイユ市交通局、地下鉄・バスを運行している)のものだから、料金も片道5ユーロ(2017年時点)と安い。
 18時30分、フェリーが出発する。フェリーはレスタックの港を離れると、スピードを上げてマルセイユ湾を一気に南下する。やがて、入港する船舶を阻むように城壁が姿を現す。サン・ジャン要塞だ。そしてフェリーはマルセイユ旧港に入ると、岸壁の前でゆっくり旋回し、着岸する。19時10分。

 陸に上がると、そのまま近くのレストラン街に向かう。ディナーの前菜は、もちろんブイヤベースだ。メインはシーバスフライのカレーソースかけ。上陸して食べるマルセイユの食事は、また格別である。

続く
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ヨーロッパ横断鉄道旅行-第15弾(マルセイユ→バルセロナ)(2)

円形闘技場(1).jpg
陰陽

 駅ナカのコンビニでさっと昼食をすませてしまうと、駅前でバスはないかと探す。どうやら市内巡回バスがあるらしい。しばらくするとバスがやって来た。思ったより小型だが、デザインはとてもカラフルだ。おそらく路線バスというよりはコミュニティバスなのであろう。実際料金は無料であった。

 バスは発車すると、ローヌ河畔の狭い路地をくぐり抜ける。一方通行の道も多く、経路はかなり複雑だ。乗ってはみたものの、どこで降りたらよいか見当もつかぬまま時は過ぎる。
 やがてバスは路地を抜けて広い道に出ると、古代アルル博物館に到着。ここも見てみたいのだが、その時間が取れそうにないので降りない。バスは博物館のロータリーから折り返し、今度は広い通りを走る。が、ある停留所に停車すると、運転手が降りてしまう・・・。どうなるのかと心配になるが、周囲の乗客は無反応なのでそのまま座る。そのうち乗客は減るどころか少しずつ増えてくる。そして、今度は別の運転手が乗ってくる。要は交代しただけのようだ。バスは再び走り出す。
 やがて城壁が見えてきたので、ムルグの塔の辺りで下車する。

 少し坂を上って城壁の内側に入る。アルルの下町なのだろうか、街並みに風情がある。やがて目の前に巨大な石造構造物が現れる。ローマ時代から続く円形闘技場である。
 中に入ってみると、まず客席を支える巨大な石組みの構造に驚く。円形闘技場と言えば、本場ローマのコロッセオやヴェローナのアレーナを思い出すのだが、ここアルルの円形闘技場の印象は、何と言っても透き通るような青空だ。塔を登って見下ろすアルルの街並みもまた素敵だ。

 円形闘技場のすぐそばには同じくローマ時代の劇場もある。ステージこそ現代の素材で補強されているものの、客席は石組みのままだ。そして、ここでも青空が巨大な舞台装置になる。そしてもう一つ、周囲の教会などが借景となって舞台に色どりを添える。

 古代劇場のすぐ西隣はサン・トロフィーム教会である。教会の回廊に入ると、今度は一転しての支配する世界となる。そのような場所には、決して日光に当てられないタペストリなどが飾られている。

 日光をさらに避けるためだったのだろうか、古代ローマの人々は地下にも回廊を作っていた。サン・トロフィーム教会のあるレビュブリック広場の一角にはアルルの市役所があるのだが、その1階に地下回廊の入口はある。回廊と言ってもとても単純な構造で、迷子になる心配はまずないだろう。

 しばらく暗さと涼しさを満喫した後で日の当たる場所に出るのはつらい・・・。バスの本数も少ないので、このまま歩いて駅に戻ることにする。ローヌの岸辺を歩いてみる。プール付きの大型クルーザーが何隻も停泊し、観光バスからは大勢の団体客が降りてくる。みんなこの太陽と青空に引き寄せられてきたかのようだ。

続く
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ヨーロッパ横断鉄道旅行-第15弾(マルセイユ→バルセロナ)(1)

ベール湖.jpg
1日目・2日目

助走、マルセイユ→アルル
 上海を深夜に発った飛行機は、早朝のパリの空を旋回していた。だが混雑のせいだろうか、旋回はしばらく続き、結局シャルル・ド・ゴール空港に着陸できたのは予定より20分近く遅い6時47分であった。運の悪いことは大抵重なるもので、このフライトでは荷物の預かりはここまでだった。すなわち荷物のピックアップが必要であった。
 一分千秋の思いで待った荷物をピックアップできたのが7時40分、そしてターミナル2Eから2Fまで久々に「マラソン」する。もちろんカウンターで荷物を預ける暇などない。
 息を切らして検査場までたどり着いたは良かったが、元々預けるつもりでバッグに入れていた液体物をここで没収されてしまう・・・。心も体も少し凹み、必死の思いでゲートにたどり着く。8時25分出発予定のマルセイユ行きには何とか間に合う、というか、この便の出発自体が20分遅れて8時45分になっていたのだ・・・。

 マルセイユへのフライトは、ほとんど覚えていない。たぶんよく寝ていたのだろう。マルセイユ空港には10時に到着。バスに乗ってマルセイユ・サン・シャルル駅に向かう。駅前のホテルに荷物を預けると、すぐに踵を返して駅に戻り、ペルピニャン行きの列車に乗る。

 11時48分に発車。広い構内線を抜けると、トゥーロン方面への線路と分岐して左に向かう。大型船舶の利用するマルセイユの新港が見える。隣町のレスタックを通過すると、海から離れ、海岸沿いに走る線路とも分岐して長いトンネルに入る。
 トンネルを抜けてしばらく北上すると、車窓には飛行機が現れる。12時8分、ヴィトロル・マルセイユ・プロヴァンス空港駅に停車。先ほどまでいたあの空港の最寄り駅だが、空港までは少し距離があるため、結局ここからもバスに乗る必要がある。
 列車はさらに北上を続けるが、車窓には突如として青い「海」と煉瓦色の屋根が並ぶ岸辺の町が現れる。だが、これは地中海ではなく、ベール湖という湖なのである。意外に広いその湖の岸をようやく通り抜けると、12時22分、ミラマに停車。
 ここからは、ほぼ一直線にプロヴァンスの平野を突っ切る。12時34分、サン・マルタン・ド・クロに停車。この辺りは工場か発電用の風車ばかりが目につく。そして、12時43分、アルルに停車。私はここで下車する。

続く
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ヨーロッパ横断鉄道旅行-第15弾(マルセイユ→バルセロナ)

はじめに
 この毎度の鉄道旅行に出る少し前に、仕事の出張で海外に行くということは、今までもそう珍しいことではなかった。だが、今回のように旅のゴールとなる地点に、直前に出張になるとは夢にも思わなかった。スタートする前に、ゴールとなる町に滞在してしまう。それも約1週間・・・。
 だから私は、仕事の合間に魅力的なバルセロナの町を見て歩くということを極力避けた。その禁欲の甲斐あってか(笑)、これまた魅力的なフランス・スペイン国境を越え、そしてバルセロナに鉄道で感慨深く入ることができたのである。

旅の時期
2017年4月・5月

目次

    1・2日目
  1. 助走、マルセイユ→アルル

  2. 陰陽

  3. アルル→レスタック、上陸

  4. 3日目
  5. マルセイユ→アヴィニョン

  6. 捕囚

  7. 4日目
  8. アヴィニョン→モンペリエ

  9. モンペリエ→ペルピニャン

  10. ペルピニャン→ポルト・ボウ

  11. ポルト・ボウ→リャンサ

  12. 5日目
  13. リャンサ→フィゲラス

  14. 奇才

  15. フィゲラス→セルベール→コリウール

  16. 水城

  17. 6日目
  18. リャンサ→ジローナ



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ヨーロッパ横断鉄道旅行-第14弾(ニース→マルセイユ)(17)



一望
 サン・ジャン要塞から乗った60番バスは、旧港からは超満員になる。そして急な坂を上る。坂を上るにつれ、道幅も狭くなる。もし歩いて行ったなら、とても疲れるだろうし、きっと道にも迷ったであろう。
 行き着いた先は、港からも見える大きな塔のある教会、ノートルダム・ド・ラ・ガルド聖堂だ。内部は、色の異なる石を交互に配した柱やアーチで構成され、天井は黄金に塗られるなど壮麗だが、意外に奥行きは狭い。には、信者から寄進されるEx-votoと呼ばれる絵馬のような小さな絵が多数並んでいる。

 聖堂の前からの景色には思わず息を吞む。そこからは、旧港を含むマルセイユの市街地を一望することができ、沖に目を転ずれば、イフ島・フリウル島の姿も見える。

 帰りも超満員の60番バスに乗り、旧港で下車。ここから地下鉄でサン・シャルル駅に向かう。駅からはマルセイユ空港行きのバスに乗る。バスは駅を出発するとすぐに高速道路に入る。途中渋滞もあってヒヤヒヤしたが、それほど遅れることなく、マルセイユの北西・ベール湖のほとりにある空港に到着。と思いきや、空港にはターミナルが実は2つあって、私は手前側にあるMP2と呼ばれるLCC専用のターミナルで降りてしまった。ターミナルに入ってから間違いに気づき、第1ターミナルまで歩くことに・・・。さらに、第1ターミナルは手前のHall1から4まで分かれていて、パリ行きの飛行機は一番奥のHall4から、ということで、キャリーバッグを引きずりながら、空港内を歩き回るはめに・・・。おかげで、今夜のフライトではよく眠れそうだ。

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ヨーロッパ横断鉄道旅行-第14弾(ニース→マルセイユ)(16)

要塞とMuCEM(2)
7日目
旅愁

 マルセイユを発つ朝となった。サン・シャルル駅から地下鉄に乗り、また旧港へ。そこから北岸のポール通りをしばらく歩く。やがて、道が北へと大きくカーブする辺りから左側に高い城壁が姿を現す。
 この城壁を登るにはどうすればいいのだろう?少なくとも道の左側には階段や入口は見当たらないし、何も案内板もない。前を見ると、城壁から道路をまたぐ細い橋があるではないか。ということは、城壁の入口は道の右側にあるということだ。
 そんなわけで道の右側を注意して見ていると、高台の上に教会らしき建物が建っているのが見える。とりあえず、そこまで登ってみよう。階段を上ってみると、それは確かにサン・ローランという教会であった。

 サン・ローラン教会から後ろを振り返ってみると、そこには先ほど下から見上げた通路があの城壁に向かって伸びているではないか。通路の上からは、マルセイユの旧港と、大型船舶のために造られたらしい新港の両方を眺めることができる。
 こうしてようやく城壁の中に入ると、何体もの巨大な首がつながった銅像に迎えられる・・・ここは一体何なのだ?
 整然と部屋分けされた建物や、旧港に面した胸壁を見て、ようやくここがサン・ジャンというかつて港を守った要塞なのだとわかる。

 だから、ここからは旧港をよく眺めることができる。明治時代から、昭和時代の後半に民間航空機網が発展するまでの間、日本の人々がヨーロッパに行くには船便が主流であった。そして、ここマルセイユこそは、ヨーロッパ大陸の船の玄関口だったのだ。今見るこの景色から、ずらりと並ぶヨット群を差し引けば、それは私たちの先人が見た「はじめてのヨーロッパ」だったのではないか。そんな感慨に思わず耽ってしまう。
 そこからふと振り返ると、そこには港の入口が見える。前に広がる都会の景色に対して、それは田舎の入江の景色に見えてしまう。このギャップはとても面白い。

 要塞からは、さらに通路が伸びている。そして通路の先にあるのは・・・何とも奇妙な建物である。通路を進み、その建物に屋上から入ってゆく。屋上からは建物の外周を螺旋状のスロープをたどって下に降りてゆく。この建物は、ヨーロッパ・地中海文明博物館(MuCEM)で、このスロープから脱線して各フロアの展示室に行くことができる。

 MuCEMから外に出て、近くのレストランへ。もちろん前菜はブイヤベースだ。メインはバスのムニエル。

 昼食後、サン・ジャン要塞のバス停から60番の市バスに乗る。

続く
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ヨーロッパ横断鉄道旅行-第14弾(ニース→マルセイユ)(15)

要塞(4)
孤独

 とりあえず満腹になって元気を取り戻した私は、再びツーリストインフォメーションに向かう。マルセイユ・シティ・パスそのものには問題なく、どうやら有効になっていなかったらしい・・・。ついでに、「明日はイフ島に行けなくなるかも」という情報を仕入れた。これも何度か書いているが、特にヨーロッパではストやら貸し切りやらその他もろもろの理由により、観光地が急にクローズするということが本当に多い。予約でもしていない限り、「この日、絶対ここに入れる」という保証はないのだ。

 港に戻り、フェリーの切符を買う。切符売り場には大行列だ・・・。マルセイユ・シティ・パスを持っていると、マルセイユ←→イフ島、マルセイユ←→フリウル島のどちらかは無料になる。しかし私は欲張ってどちらの島にも行きたかったので、追加料金を払う。列に並んでいる間に、乗るはずだった13時45分発のフェリーは出発してしまう・・・。こういう状況だからだろうか、時刻表にない14時15分発のフェリーが到着したのでそれに乗る。

 フェリーが岸壁を離れ、港の建物が次第に遠ざかる。港に向かって右手には、おびただしいヨットのマストの奥に、ノートルダム聖堂の姿が見える。左手には、サン・ジャン要塞が姿を現す。フェリーは波しぶきをあげながら、マルセイユから離れてゆく。

 20分ほどで、フェリーは岩の上に建物が聳え立つ島に到着する。コンクリートで舗装された船着き場があるものの、人間にとってあまり来やすくない場所であることは確かだ。ここが、イフ島である。
 船着き場から伸びる階段を上ると、そこは意外にも平坦な土地で、そこにあの建物が聳えていた。これが、かの有名な、というより悪名高いイフ島の要塞である。
 要塞の上からの眺めは素晴らしい。青く澄んだ海面が、マルセイユの方まで広がっている。ここでのんびり過ごすことができたら、それは天国のような暮らしであろう。ところが、建物の中に一歩入ると、そこには地獄のような生活があったのだ。小さな回廊を囲む小さな窓の数々、それは鳥の巣箱を思わせる。その「巣箱」の一つ一つがかつての独房であった。部屋の入口の案内板には、その部屋に収容された著名な囚人の名前が記されている。その「著名な」囚人の代表格がモンテ・クリスト伯であるが、もちろん、この人物は小説中の登場人物である。
 モンテ・クリスト伯を除けば、ここの囚人達の胸中など知りようがない。しかし、この島が大洋の中の孤島ではなく、マルセイユという都会の近くにあることによって、かえって深い孤独感に襲われていたのではないかと想像する。自らの声が誰かに届きそうで届かない、光や文字に書いた何かが誰かに見せられそうで見せられないのだから。

 そう思うと、美しい海の青も何だか悲しく見えてきた(若山牧水の歌を思い出しますね)。早々にここを「脱獄」しよう。船着き場に戻って、15時30分発のフェリーに乗る。フェリーはマルセイユ→イフ島→フリウル島→マルセイユという経路で運行される。だから次のフリウル島まではあっという間だった。
 フリウル島は、実際にはラトノー島とポメーグ島という2つの島がつながっていて、そのちょうどつながった所にがある。上陸してから気づいたのだが、ここには観光地がないこともないが、歩いて行くには時間がかかる。また海で泳ぐこともホテルに泊まることも考えていなかったから、要するにここですることは何もないのだ・・・。カフェで時間をつぶし、16時45分のフェリーでマルセイユに戻る。

 お土産を買ったりして、いったんホテルに戻り、日の暮れる頃、夕食を食べに、3たびマルセイユ旧港へ行く。表通りのレストランはもう席が埋まっているが、一つ裏手に回るとそこにも多くのレストランがあり、十分に空席がある。多くの店が定額のコースメニューを出している。
 前菜もいろいろ選ぶことができるが、ここマルセイユのブイヤベースを外したくはない。出てきたスープは濃い緑色をしていて、魚の濃厚な出汁が出ている。これに唐辛子とニンニクで味付けしたチーズとクルトンをのせて食べると、もうたまらない。メインも魚で、バスのクリームソース煮を選択。ワインはプロバンスのロゼ。濃厚なので、この暑さでもぐびぐび飲むことはできない。

 帰りがけ、港の観覧車が点灯を始めた。ほんのりした色使いがいい。

続く
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ヨーロッパ横断鉄道旅行-第14弾(ニース→マルセイユ)(14)

Vieux Port駅(1)
6日目
彷徨

 起床するや否や、私は出かけた。それは文字通り「朝飯前」にやっておきたい「仕事」があったからだ。

 ここで話は少し脱線する。旅行(Trip)というものを分解してみると、大きくSightseeingとLogisticsに分かれる、と私は思う。Sightseeingとは何かを見たり体験したりする活動のことで、大抵の場合、旅行の目的であり本体だ。観光地に行く、というのがその代表例だろう。一方、LogisticsとはSightseeingを実現させるための補助的しかし必要不可欠な活動だ。例えば、旅行の計画を立て、航空券やホテルの予約を行い、飛行機や電車やバスに乗り、スーツケースを運んだり預け場所について頭を悩ましたりするというのはLogisticsだ。
 一般論としてパック旅行の良いところは、各旅行者のLogisticsの負担をできるだけ減らしていることだ。一方、個人旅行ではLogisticsの負担を全て一人で担わなければならない。負担を全て一人で担うということは、見方を変えれば、それらを自由に考えてよいということでもある。Logisticsの自由を楽しめるかどうかが、個人旅行を楽しめるかどうかを大きく左右するのであろう。
 本来Logisticsであるはずの「鉄道に乗って移動すること」自体をSightseeingに、さらには旅行の目的にしてしまっている私の一連の旅行は、だからLogisticsの自由がなければとうてい実現できないものだ。だが、その自由と引き換えに、私は旅行中であってもLogisticsのことをいつも考えていなければならない・・・。

 話を戻そう。その朝行うはずの「仕事」とは旅行のLogisticsの中でもなかなかしんどい作業の一つ、洗濯である。シルクロードを旅行していた頃、旅先にコインランドリーなどなかった。だから洗濯はホテルの部屋で行うしかなかった。日本から持ってきた粉末洗剤さえあれば、服を洗ってすすぐところまでは実は大した労力ではない。一番しんどいのは、そこから服を絞ることだ。疲れて手に力が入らなくなるまで絞っても絞りが甘く、干してしばらくすると服から水が滴る有様で、当然乾きは悪い。
 それがヨーロッパ(特に西欧)に入ると、この労働から解放されるようになる。コインランドリーがあるからだ。もちろん、ホテルから徒歩数分のところにあるラッキーなケースもある。しかし、そんなケースは実は少ない。コインランドリーを求めて地下鉄やバスに乗ってさまよい歩くことも珍しくないのだ。これから書くことも、そうしたケースの一例である。

 というわけで、その朝出かけたのもコインランドリーである。前日にホテルのスタッフに教えてもらったコインランドリーの場所に、徒歩10分くらいで到着。ところが、店が開いていない・・・。開いていないどころか、営業している痕跡すらない。おそらく、しばらく前に閉店してしまったのであろう。これもよくあるケースである。
 計20分くらい歩き回ったのでお腹が空いてきた。ホテルに戻って朝食。

 次の作戦に移るため、不本意ながら洗濯物をバッグに詰め込んで観光に出かける。まずはサン・シャルル駅に向かう。マルセイユ・シティ・パス(主な見どころの入場券と公共交通の〇日券のセット)を買いにツーリストインフォメーションに行ったのだが、ここも開いていない・・・。仕方なく、地下に降りて地下鉄の切符を買う。
 サン・シャルル駅の地下鉄ホームは、中央に1号線(島式)、その両側に2号線(相対式)となっている。これだと、どの乗り換えパターンでも階段を使わなければならないので不便に思えるのだが・・・。私は1号線に乗り、2駅目のVieux Port(旧港)で下車する。ホームの壁には、海岸の小石を思わせる石で壁画が描かれており、ホームの中央にはなぜか水槽もあり、海をイメージしたものになっている。
 外に出ると、そこは駅名の通りマルセイユの旧港だった。長方形に深く抉られた小さな湾。長辺にあたる北と南の岸にはそれぞれが由緒ありげな建物がずらりと並び、湾の奥である短辺、すなわち駅周辺は開けて、ここが船着場となっている。歩行者の屋根にもなっている大きな鏡が度肝を抜く。

 私は潮風に吹かれながら、港の景色に見とれてぼうっと立ち尽くす。あっ、「仕事」を忘れていた。急いでタブレットを開く。マップアプリでこの近辺にあるコインランドリーを探すのだ。「ランドリー」はすぐに何件か見つかった。だが、一番近い場所に行ってみると、そこはクリーニング店であった・・・。"laundry"で検索すると、クリーニング店も含まれてしまうのである。(ちなみに「コインランドリー」は和製英語なので、外国では通じない。)それでは次の場所へ。やった!ここでようやく真のコインランドリーを発見し、「仕事」を開始する。コインランドリーでは洗濯物を放り込む以外は何もすることはないのだが、洗濯が終わった後に乾燥機に移し替える作業は必要だ。洗濯の約30分、乾燥の約30分は時間が空く。そしてその時間も無駄にすまいと、また「仕事」を入れる。

 「仕事」は、買い損ねたマルセイユ・シティ・パスを買いに行くことだ。旧港の船着場から通りを折れてしばらく歩くと、大きなツーリストインフォメーションがある。今度こそ開いているだろうか?良かった。開いていた。無事にマルセイユ・シティ・パスを入手。
 またコインランドリーに戻り、洗濯物を乾燥機に移し替える。しかし、もう「仕事」は見つからない。休もう。近くのカフェで一服。
 乾燥が終わると、服を再びバッグに詰める。当初はそのまま観光を続けようと思っていたのだが、よく考えると煩わしいので、また地下鉄に乗ってホテルに戻る。

 全ての「仕事」から解放された身になって、またまた地下鉄で旧港に向かう。今度は海とは反対方向に歩き、サントル・ブールスというショッピングセンターに向かう。お土産を買いに来たのではない。「同じ場所」にあるという歴史博物館に行きたかったのだ。しかし「同じ場所」というのが案外曲者で、私は「建物が隣接しているのだろう」と勝手に解釈していたのだが、辺りを見回してもショッピングセンターの建物しか見えない。結局敷地を一周してしまった・・・。それではショッピングセンターの中に入るしかない。しかし、これもまたトラップで、どこまで行っても、上の階に上がっても通路とお店しか見えない・・・。ほとほと途方にくれた私だったが、そこで「地下」があることに気づく。実はこのショッピングセンターはエスカレーターで上った先、すなわち2階に入口がある。それで1階の存在にまるで気づかなかったのである。
 「地下」に降りてみた。博物館はやはりそこにあったのだ。

 昔、ショッピングセンターを建設していたらギリシャ・ローマ遺跡が見つかった。だからこれを保護しつつショッピングセンターも建てた、博物館も作ったということらしい。ショッピングセンターの入口が2階にあるのは、1階にある遺跡を守るためだったのである。
 さて、ひと仕事で手に入れたマルセイユ・シティ・パスをここで活かせるはずだったが、なぜか入場券売り場の端末で認識されないというトラブル発生・・・。結局は中に入れてもらったが、後で再びツーリストインフォメーションに行くという新たな「仕事」が発生するはめに。
 博物館の展示そのものはとてもビジュアルで面白かった。かつて「マッシリア」と呼ばれたギリシャ植民地の時代からの各時代の街の模型、沖で沈んだ船の搭載品(土器・羅針盤・大砲、そして船そのもの・・・)、などなど。

 もう疲労と空腹で、あまり出歩きたくなかったので、ショッピングセンター内のレストランで昼食。たまたま「今日の一皿」が私の大好きなギリシャのムサカ(グラタン)だったのですかさず注文。ひき肉の上にナスやペンネが乗っていて、とてもおいしい。

続く
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ヨーロッパ横断鉄道旅行-第14弾(ニース→マルセイユ)(13)

カシ海岸からカナイユ岬を臨む
断崖

 正午過ぎ、マルセイユ・サン・シャルル駅を出て駅近くのホテルにチェックイン。すぐさま駅に引き返して昼食。
 13時4分、トゥーロン行きの列車で出発。13時8分、マルセイユ・ブランカルドに停車。だが、ここで異変が発生する。何と列車の電源が落ち、照明もエアコンも止まってしまったのである・・・。車掌がやって来て、何か説明しているのだが、さっぱりわからない・・・。誰も降りようとしないから、運転見合わせでこの列車が回送化することはないということを辛うじて理解するのみだ。
 しばらくして電源が入り、エアコンもオンになった(夏場だからこれだけでも嬉しい)。対向列車がやって来たから、この列車も動くかと期待したが、それはなかった・・・。後からやって来たTGVも、ここで停まったままだ。
 結局、停車してから約40分後の13時49分にようやく発車する。

 列車はユヴォーヌ川を遡り、14時ちょうどにオバーニュに停車。ここから山越え区間に入り、トンネルを抜けると14時10分にカシに停車。私はここで下車する。

 高台にある駅から、海岸にあるカシの町までは少し距離があるのでバスに乗りたい。だが、本来間に合うはずだった14時5分発のバスはもう行ってしまった・・・。同じ期待を持っていたに違いない多くの乗客と共に、小さな駅舎の前でバスを待つ。
 待つこと約1時間(待つことの何と多い日であろうか)、ようやくバスがやって来る。バスと言ってもマイクロバスだから、利用客はあまり多くないのであろう。15時5分に発車。

 バスはずっと坂道を下ってカシの町に入り、終点のカジノ前に到着。海岸に歩いて行って、思わず息を吞む。彼方にぐっと突き出た赤く巨大な断崖(カナイユ岬)と手前に広がる青く透明な海の見事なコントラスト!

 だが、あまり見とれている暇はなかった。カランク巡りのクルーズ船がもうすぐ出航しようとしている。船が港の入口を過ぎると、カナイユ岬が再び姿を現す。船はスピードを一気に落として、深く抉られた入江(カランク)に入ってゆく。海面の上昇と下降が深くシワを刻み込んだ白い岩肌が印象的だ。そして船は再びスピードを上げて、へと戻ってゆく。

 陸に上がると、今度は港の先端に行く。目の前の海は、時折行き交う小さなクルーズ船以外には動きがない。岸壁や周囲の建物の白と海の青のコントラストが、止まった時間の中で固定される。

 町の中心部、カシ城の見える辺りで少々早い夕食をとる。カシ特産の白ワインとシーザーサラダという簡単なものだが、辺りの景色と相まって、とてもおいしい。

続く
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