ヨーロッパ横断鉄道旅行-第8弾(ミラノ→ヴェネツィア)(11)

ヴェネツィア行きFB(ヴェローナ駅)
7日目

マントヴァ→ヴェローナ→ヴェネツィア

 8時過ぎ、ホテルを出てマントヴァ駅へ。8時16分、ヴェローナ行きの列車が入線。8時28分に発車。列車はスペリオーレ湖に別れを告げて北東に向かう。
 8時50分、モッツェカーネに停車。対向列車の到着を待って8時55分に発車。9時1分、ヴィッラフランカに停車。お城と教会が見える。列車はさらに北東に向かい、東西を貫く線路に合流。そして9時18分、終点のヴェローナに到着する

 少し時間があるので、駅を行き交う列車を見て過ごす。車両交換用と思われる機関車は、ディーゼル車なのが面白い。9時50分頃、ヴェネツィア行きの快速が30分以上遅れて入線する。やはり激混みである。よく見ると最後尾の車両の窓が割れており、この車両は回送になっている。この事故が遅れの原因なのであろう。
 10時8分、ヴェネツィア行きのFBが入線する。この列車も10分遅れである。私はこれに乗る。10時11分に発車。アディジェ川を渡ると、すぐに郊外になる。広い畑の中に、突然大きな操車場と貨物基地が現れる。列車はそのまま東に向かい、途中からは進路を北東に変える。
 10時37分、ヴィチェンツァに停車。先発した快速が停車している。相変わらず激混みの快速を置いて先に出発。すぐに左右に分岐する。左に進むと北および北東に向かう路線となる。この列車は右に進み、南東へと向かう。
 大きな市街地に入ると、北東と南西からやって来た線路と合流する。南西からの線路は、ボローニャ方面からのものだ。10時53分、パドヴァに停車。
 パドヴァから先は特急専用線に入り、スピードを上げる。隣を走る普通列車を追い抜く。やがて広い構内線が現れ、左から線路が合流する。これは北方のウディネやトリエステからのものだ。11時8分、ヴェネツィア・メストレに停車。メストレを発車すると、大きな工場や巨大クレーン、船が現れる。そして列車はついに海を渡る。まるで湖のような穏やかな海に架かる長い橋を渡り切ると、すぐに列車は終着駅ヴェネツィア・サンタ・ルチア駅に到着する。11時18分。

 ヴェネツィア本島の玄関口に位置するこの駅から先に線路はないのだから、ホームは当然のように頭端式である。イタリアの高級かつ高速列車として知られるイタロも停車している。ここには、さすがにクロークがある。だが、コインロッカーとは違って人手で一件ずつ処理するものだから、時間がかかり、行列ができてしまう・・・
 荷物を預けて身軽になり、駅の広い出入口に向かうと、そこには・・・続きは、次回ということで。

続く
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ヨーロッパ横断鉄道旅行-第8弾(ミラノ→ヴェネツィア)(10)

サンタンドレア教会(1)
華を追って

 マントヴァ駅には、予想通りコインロッカーはなかった。荷物は持って行くしかない。駅前にはバスが停あり、切符の自販機もあったのでさっそく切符を買う。バスの車内では切符を売っていないか、売っていたとしても高いからだ。ところがしばらく待っても、バスは全くやって来ない・・・。駅前から旧市街まで大して距離がないとはいえ、荷物を引きずりながらの徒歩はやはりしんどい。

 リオ川のほとりにあるサンフランチェスコ教会の前を通り過ぎるが、旧市街地はまだまだ先だ。案内板に従って歩くこと15分ほどで、ようやくエルベ広場に到着。駅前やこれまでの道の静けさとは打って変わって、観光客で賑わっている。広場の一角には、サンタンドレア教会と隣接する塔が威容を誇っている。広場に面した教会の入口は意外と狭いが、奥行きが相当にあるのだ。教会と道路を挟んだ反対側にはラジョーネ宮があり、その隣には小さなロトンダもある。さしずめ、ここはマントヴァの中心地と言えるだろう。

 エルベ広場からブロレット通りを北東に歩くと、ソルデッロ広場に至る。広場の東側には高い城壁が並び立っている。これがマントヴァ侯爵・ゴンザーガ家のドゥカーレ宮殿である。宮殿から道を挟んで隣には、大聖堂・ドゥオーモが建っている。街の中心・エルベ広場に対して、ここソルデッロ広場は政治の中心地と言える。

 その広さゆえ、位置関係がよくわからないまま入ってみたのは宮殿の一角にある考古学博物館であった。2013年の時点では館内の大部分が改装中であったため、入場料は無料。
 次いで、宮殿本体の博物館に入る。マントヴァ博物館カードを買う。価格は15ユーロ(2013年時点)で、市内の各博物館への入場が可能になる。ここで初めてクロークを発見し、荷物から開放される。壁画の一部は経年で劣化しているものの、その美しさは抜群である。各星座のキャラクターを天井に描いた部屋、石細工、壁と天井が一体となった装飾の数々、見事な絵画、窓ごとに姿を変える中庭、美しいタペストリー。

 町の大きさに比べて不釣り合いなくらい、ため息の出るような豪奢な館があるのは、イザベッラ・デステのおかげだろう。15世紀の末にマントヴァ侯爵夫人となった彼女は、なかなかの政治手腕を発揮すると共に芸術の振興に努めた。その結果、優れた芸術作品や芸術家が彼女のもとに集まってきたのだ。「ルネサンスの華」とまで言われる所以である。

 もう昼時になったのだが、いつもの悪い癖で昼食には行かずに観光を続ける。ソルデッロ広場から西に坂を下りた所にある司教区博物館に行ったのだが、15時にならないと開かないことが判明・・・。ブロレット通りに続くローマ通りに入り、南に向かって歩き出す。リオ川に架かるが何ともエレガントだ。
 ところが、エルベ広場のツーリスト・インフォメーションで地図をもらっていたのに、道に迷ってしまう・・・。結局20分以上かかって広い公園にたどり着いた。テ離宮である。

 この離宮はイザベッラの息子・フェデリーゴが建てたもので、敷地はとても広いのだが、建物の広さはそれほどでもない。(ちなみに、敷地内にはなぜかSLが展示されている。)博物館カードを持っていても、入場にはさらに4ユーロ取られてしまう・・・。天井画が素晴らしい。床一面に鏡、壁と天井は一連の絵画で満たされた部屋は幻想的だが、残念ながら鏡があちこち割れていて危ない・・・。音と光による演出も良い。

 街の中心部への戻り道、サンセバスティアーノ宮に寄る。小さな博物館だが、彫像のコレクションが素晴らしい。
 いつしか時刻は14時を遥かに回っていた。空腹はさらに募るが、8月というバカンスシーズンで閉店しているレストランが多いのに加えて、イタリアの地方では根強く残るシエスタの時間に遭遇してしまったため、店という店がシャッターを下ろしているのだ・・・。暑さと疲労と空腹が容赦なく襲いかかる。

 ローマ通りまで戻ってきて、ようやく開いている店を発見。店頭に並んだピザなどを温めてもらうという簡易なものだが、贅沢は言えない。店の外のベンチでピザを頬張っていると、チーズの臭いに誘われたらしいハエが寄ってくる。そのハエを何度も追い払う(日本人らしい?)しぐさは、周囲の客には少々奇異に映るようだ。

 少し元気を取り戻したところで、司教区博物館を再訪する。15時を既に回っていたはずだが、入口は閉まったままだ・・・。諦めようかと迷っていたところ、私の存在に気づいたスタッフが慌てて飛び出して来た(笑)。
 このかつてのマントヴァ司教館を改装したらしい博物館は、事前の期待に反して、充実したコレクションを誇っている。宗教絵画はもちろんのこと、ベネツィアガラスの箱などの宝飾品もなかなかのものだ。

 ソルデッロ広場に戻ると、昼過ぎまで広場を埋め尽くしていた市場のテントが跡形もなく姿を消していた。宮殿の博物館で荷物を受け取り、駅前のホテルに向かう。ホテルに着くと一日の疲労がどっと出て、夕食に出かける気力が失せてしまい、結局近くの店でパンなどを買って済ませてしまった。「ルネサンスの華」の跡をたどる旅は、思ったほどエレガントにはいかなかったのであった。

続く
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ヨーロッパ横断鉄道旅行-第8弾(ミラノ→ヴェネツィア)(9)

マントヴァ行き列車(ヴェローナ駅)
6日目

ブレーシャ→ヴェローナ→マントヴァ

 いよいよ東に移動だ。今度は短い時間であっても特急に乗ることにした。7時23分、ウディネ行きのFBが入線。列車は朝の陽光を浴びながら東に進む。7時37分、デセンツァーノに停車すると、ペスキエーラは通過して、7時59分にヴェローナに停車。再びヴェローナで下車する。

 ホテルで朝食を食べる暇がなかったので、ヴェローナ駅のファーストフード店に入る。店内の座席で食べていると、コーラの中にゴマのようなものが浮いていることに気づいた。最初は自分の食べていたパンからこぼれたものかと思っていたのだが、よくよく見るとコバエだった・・・。それでふと辺りを眺め渡すと、あちこちに大小のハエが飛び回っているではないか・・・。だが、驚く私をよそに周囲の客は皆無反応なのである。私はパンをそそくさと食べてしまうと、店を後にした。

 ホームには既にマントヴァ行きの列車が入線していた。マントヴァ方面には普通列車しかない。この列車は4両編成で、正面が緑で側面が白地に青と緑のストライプというイタリアでおなじみの車両を使っている。
 8時34分、いきなり4分遅れで発車する。最初はミラノ方面に向かい、広い構内線に入る。ここでしばらく停車した後、動き出したかと思うとまた停車。対向列車が通過してゆく。この路線は単線なのだ。ようやく構内線を抜けた辺りで分岐して左に折れる。8時45分、ヴェローナ南西にあるドッソブオーノに停車。ここからはヴェローナ空港もほど近い。列車は南西に向かってまっすぐ走る。辺りは既に田園風景に変わっている。8時52分、ヴィッラ・フランカに停車。しばらくして対向列車がやって来たが、対向列車が発車した後もなお停車している。結局7分停車して8時59分に発車。9時5分、モッツェカーネに停車。やがて列車は、ヴェローナのあるヴェネト州から、ミラノやブレーシャ、そしてマントヴァのあるロンバルディア州に入る。そのせいか、周辺の家屋の壁の色がカラフルに変わった気がする。9時11分、ロヴェルベッラ、9時19分、サンタントニオに停車。小さな川を渡ると、今度は湖を渡って右に折れる。列車は湖の南岸に沿ってスピードを落とす。9時25分、終点のマントヴァに到着する。

続く
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ヨーロッパ横断鉄道旅行-第8弾(ミラノ→ヴェネツィア)(8)

カステルヴェッキオ(1)
花か団子か

 ローマ劇場からアディジェ川に沿って移動したいのだが、乗るつもりのない時にはけっこう頻繁に走っているように見えたバスが、こういう時には全然来ない・・・。しばらく待って、ようやく31番バスがやって来た。バスはしばらく川沿いを走ったかと思うと、川から離れて住宅地に入り込む。「間違えたか」とヒヤヒヤしているうちに、バスは再びアディジェ川に向い、ヴィットーリア橋を渡る。そして、目指す目的地、カステル・ヴェッキオが見えたかと思うと、通り過ぎてしまった・・・。バス停の名前に観光スポットとつながりそうなものが全くないために、降りるべきバス停がわからないのである。結局、一つ先のバス停で下車して戻る。

 14世紀、ヴェローナの領主・スカラ家によって建てられたこの城は、思っていたより立派な外観を誇っている。城内には市立美術館があるので、さっそく入ってみる。いきなり、地面に埋まった巨大な「顔」に出迎えられて驚くが、この美術館の主なコレクションはマンテーニャなどの宗教画で、かなりレベルが高い。
 美術品の展示スペースを過ぎると、意外に複雑なこの城の構造を垣間見て、そして俯瞰することができる。狭い城壁の上に隠された通路や、アディジェ川岸の城壁からまっすぐ伸びているスカリジェロ橋は、見る者の好奇心をかきたてずにはいられない。

 もう昼時をとっくに過ぎている。この辺りで遅めの昼食にしても良いのだが、ヴェローナ観光もそろそろ終わるので、食事はその後にしようと決める。再び31番バスに乗り、先に向かう。バスはアディジェ川岸をしばらく進むと、川からそれる。左手に大きな教会が現れた時には遅すぎた。また1つ先のバス停で下車・・・。
 その大きな教会、サン・ゼーノ・マッジョーレ教会まで戻る。その巨大なロマネスク建築の奥には、マンテーニャが描いた美しい祭壇があり、その真下は墓所になっている。回廊のある中庭もあって、ほっと一息つく。が、空腹と疲労はいかんともしがたい・・・。

 教会前の広場には、この時期には珍しくレストランが営業しているのだが、この時間帯には文字通りカフェしかやっていない。駅の方へ向かうバスが来るには時間があり過ぎるので、とりあえずカステル・ヴェッキオまで歩く。だが、午前中とは比べ物にならないくらいの人出でごった返していて、とてもゆっくり食事などできない・・・。結局、ローマ通りを通って、ブラ広場まで戻ってしまった。ここもすごい人出なので、そのままバスで駅に向かう。
 駅にはファーストフード店など、とりあえず何か食べられるところはあるのだが、悲しいかな私の性分は「ここまで待ったのだから、まともなイタリアン」を求めてしまうのだ。そして帰りの切符を買ってしまう・・・。

 トリノ行きのFBは、6分遅れで16時38分に発車する。金はかかるが、やはりゆったりと座れるのはうれしい。朝からすっきりしなかった空模様は、この期に及んで晴れ渡る。イタリアらしい強い日差しが車窓に注ぐ。16時53分、ペスキエーラ・デル・ガルダに停車。ガルダ湖に注ぐ川の眺めが素晴らしい。17時7分、デセンツァーノに停車。強い日差しが、丘の麓の町を輝かせる。そしてブレーシャには17時21分に停車。列車はさらに遅れて17分遅れでブレーシャに到着したことになる。

 昼食どころか夕食の時間になった。ブレーシャに戻ったものの、駅前で開いている店はケバブ店くらいしかない。それでわざわざ旧市街まで行ってみたのだが、どの店もカフェ状態で、ディナーは19時や19時30分以降にオープンと聞いて落胆する(イタリアではこれが当たり前であることを後々知ることになる)。
 とりあえず、ホテルに戻って疲労を回復させる。そして19時過ぎ、ホテルで紹介してもらったイタリアンレストランに向かう。火の入った竈が見える。これはピッツアが美味しいに違いない。事実その通りで、アンチョビがよくきいたナポリターノ・ピッツアは絶品。さらにミラノ風カツレツまで注文。こちらはよく使われるチキンではなく、ちゃんと子牛肉を使っている。その割には値段が安い。だが、客が少ないのは、時間が「早い」からだろうか?

続く
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ヨーロッパ横断鉄道旅行-第8弾(ミラノ→ヴェネツィア)(7)

ローマ劇場を臨む
遙かなるローマ

 ジュリエッタの家を出て通りを左に折れてしばらく歩くと、アディジェ川のほとりに出てくる。川の西岸をしばらく歩くと、ひときわ奥行きのある教会が現れる。サンタ・ナスターシャ教会だ。外観は地味だが、中に入ると、白く輝く高い天井が、見るものを圧倒する。
 ここから右に折れるとドゥオーモ通りになるのだが、まっすぐ進むと、通りの名の由来である、ヴェローナのドゥオーモ(大聖堂)が現れる。ゴシック様式の高い柱が並ぶ教会の内部には、美しい祭壇画がずらりと並んでいる。

 ドゥオーモの裏手に通じる道をさらに進むと、小さな塔が現れる。この塔の下をくぐる道を進むと、アディジェ川に架かる橋となる。ピエトラ橋だ。昔ながらの舗装で、道幅も狭く、散策するには絶好の橋である。川の対岸に丘があり、その麓に緑の壁で覆われた施設がある。気になるので、早速行ってみよう。

 入口を抜けると再び野外に出る。そこは、またもやローマ時代の劇場であった。丘の斜面を利用して作られており、ステージが川に面している。アレーナとは異なり、前方は現代のステージと座席に覆われているが、後方の座席にはかつての石段が残っている。さらに斜面を上ると、半分崩れかけた遺構が現れるが、後代に築かれた城壁も含まれているようで、どこまでがローマ時代のものかは不明である。
 この遺構に立って眺めると、アディジェ川の向こうにヴェローナの街が切り取られて見える。ローマ時代の人々、中世の人々がここに立って見た風景はどのようなものだったのか、思わず想像してしまう。

続く
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ヨーロッパ横断鉄道旅行-第8弾(ミラノ→ヴェネツィア)(6)

ジュリエッタの家
5日目

ジュリエットはどこに?

 未明から激しい雷雨に見舞われる。朝になっても雨が止まない。この日はブレーシャの東にあるガルダ湖に行く予定だったのだが、雨の湖に行ってもつまらないので予定を変えた。
 ブレーシャ駅に行くと、雨のせいか多くの列車が遅延している。中には250分遅れている列車も・・・。8時35分発予定のヴェネツィア行き快速列車は、8時38分に到着する。この程度の遅れなら、全く問題にならない。だが、8月のバカンスシーズンのせいなのか列車は満員で、狭いデッキに詰め込まれる。これなら、少々高くても特急に乗った方がましであった。

 列車は草原を進む。やがて丘の麓の美しい街が見えると、デセンツァーノに停車する。8時52分。ここからはガルダ湖の南岸を走るのだが、湖岸からは少し距離があり、そうでなくても人がいっぱいなので、湖の姿を見ることはできない。9時12分、ガルダ湖南東岸の町、ペスキエーラ・デル・ガルダに停車。まったく見ることのできなかったガルダ湖に別れを告げ、列車はさらに東に進む。巨大な貨物基地を過ぎると、大きな市街地に入る。9時28分、ヴェローナ・ポルタ・ヌオーヴァに停車。私はここで下車する。

 ポルタ・ヌオーヴァ駅はヴェローナの中心駅だが、市の中心部からは離れているので、バスに乗る。ところが、バスの車内には停留所名が表示されないので、どこで降りたら良いか見当がつかない。こういう時は周りの建物を見たり、人が大勢降りるところで一緒に降りてしまうしかない。そうやって「えいや」で降りてみたら、ブラ広場というところだった。辺りには城壁城門、そして宮殿もある。駅では工事中で閉まっていたツーリストインフォメーションも、ここでは開いている。やはりこのアプローチは正解だ。
 まずはツーリストインフォメーションでヴェローナ・カードを買う。これは市内の見どころの入場チケットとバスの1日券がセットになっているもので、かなりお得である。

 私は今あえて書かなかったが、ブラ広場にやって来た人が真っ先に目にするのは、おそらく城壁や宮殿ではないく、アレーナであろう。ローマ時代(1世紀!)に闘技場として建てられたこのアレーナの外観を見ただけでも、その「現役感」は十分に伝わってくるが、中に入り、薄暗く狭い通路を抜けると、そこには巨大な野外劇場が現れる。実際、毎年夏にはここで野外オペラが開催されるのである。正面から見ると意識しないのだが、ふと横を見ると、観客席の高さに驚く。これなら野球観戦もできそうである。(プレイするスペースがさすがに狭過ぎる気がするが・・・)

 アレーナからマッツィーニ通りに入る。ここはヴェローナで一番の繁華街と言われているが、雨なので気持ちが急ぎ、また路面が滑りそうになるのが気になって、ゆっくり街歩きが楽しめない。通りを抜けたところがエルベ広場である。
 このエルベ広場に面して、かつてのヴェローナの支配者・スカラ家の館などの一群の由緒ある建物が建っている。まずは周囲の建物から突出したランベルティの塔に上ってみよう。
 ありがたいことにエレベーターがあるので、息を切らすこともない。塔の上からのヴェローナの街の眺めは素晴らしい。天気が良ければ、もっと美しいものであったろう。
 これらの建物の中庭はシニョーリ広場と呼ばれており、かつての市庁舎コンシリオの回廊といった美しい建築が見られる。

 次いで、エルベ広場からカッペッロ通りに入ると、何やら人だかりができている建物がある。入ってみると、そこは「ジュリエッタの家」であった。ヴェローナを世界的に有名にしているものは、アレーナの野外オペラと、『ロミオとジュリエット』である。もちろん『ロミオとジュリエット』はフィクションなのだが、「ジュリエット(イタリア語でジュリエッタ)はこんな感じの家に住んでいたに違いない」とばかりに、名もない伝統的な家屋を観光名所にしてしまったヴェローナの人々の商魂には感服するほかない。ジュリエット云々を抜きにしても、5階建ての家の中を見て回るだけでもイタリアの伝統的な生活が感じられて面白い。中庭に面した小さなバルコニー(写真右側)を眺めながら、世界中から集まった乙女達(実は「元・乙女」が多いような・・・)は、バルコニーに立つジュリエットと自分の姿を重ね合わせるのだろう。

続く
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ヨーロッパ横断鉄道旅行-第8弾(ミラノ→ヴェネツィア)(5)

ムゼイ通り
髭の人々の名残

 ブレーシャで観光するために、まずは荷物を預けたいところだ。しかし、ドイツであれば小さな町の駅でもコインロッカーがあるはずなのだが、ロンバルディア州で第2の都市と言われるブレーシャでもコインロッカーや手荷物預かり所がないのである・・・。ついでに言うと、ミラノ、ローマ、ヴェネツィアなど大都市の駅まで行けば手荷物預かり所があるのだが、イタリアではついぞコインロッカーにお目にかかったことがない。それはイタリアの文化だったり、治安状況が関係しているのかもしれない。
 荷物の件は諦めるとして、次は町の中心部に行く方法だ。駅前には大きなバスステーションがあるのだが、これは長距離バスが中心で、路線バスの姿は見えない。「荷物を持って、徒歩か・・・」と途方に暮れていたところ、駅前に地下鉄の駅らしきものを発見した。これは2012年に発行されたガイドブックにも載っていないから、きっと近年開業したものであろう。

 階段を下りてみると、真新しく広い構内が現れる。ホームの列車側は透明で分厚い壁に覆われている。東京メトロ・南北線などと同じである。
 地下鉄が入線する。警笛を鳴らさなければ入線したことにすら気づかないかもしれない。車両はわずかに3両。静かなのは良いのだが、私はやや物足りなさを感じてしまう。列車のたてる音には、何やらその列車の「威厳」が込められているように思われるからだ。
 列車に乗ると、運転席がないことに気づく。完全に自動運転なのだ。ブレーシャ市街の東部からやって来た地下鉄は、ブレーシャ駅の手前から進路を変えて北に進む。そしてわずか一駅で、ブレーシャの中心部・ヴィットリア駅に停車。私はここで降りる。
 地上に出ると、駅名の由来であるヴィットリア広場になっていて、広場は大きな建物に囲まれている。せっかく地下鉄が利用できたはいいが、ここからは荷物を引っ張って歩いて行かねばならない・・・。

 通りを東に進むと、何やら神殿らしきものが現れる。これは見た通りのローマ時代の神殿である。さらに東に進むと、通りは細くなり、左側には高い壁が連なる。そして、この高い壁で囲まれた建物の入口が現れる。
 サンタ・ジュリア博物館。大きな修道院の跡である。外観からは想像がつかないのだが、この博物館は、古代ローマとその後この地を支配したゲルマン系のロンゴバルド王国の面影を余すことなく伝えているのだ。ちなみに、「ロンゴバルド」とは彼らの言葉で「長い顎髭」を意味するそうで、男性は顎髭を伸ばしていたらしい。ミラノやブレーシャを含む地方名である「ロンバルディア」は、この「ロンゴバルド」に由来している。
 ヨーロッパの修道院ではよくあることだが、もともといくつかの教会群があったところが一つの修道院としてまとめられている。まずはかつてのサンタ・マリア教会へ。暗闇の中に壁画が浮かび上がり、展示ケースの中にはロンゴバルドの最後の王であった「デジデリオ王の十字架」が光っている。広い展示室の一角は一段高くなっている。そこから下を眺めると、ローマのドムス(集合住宅)の遺跡だった。噴水の遺構や、床のモザイクがはっきりと残っている。つまり、かつてのローマ遺跡の上に、ロンゴバルドの人々が修道院を建てたのである。そのため、この辺りから出土したローマの勝利の女神像なども展示されているのだ。
 次いで、サン・サルバトーレ教会へ。ここは1階も2階も壁画で埋め尽くされて圧巻だ。地下にはローマ時代の初期キリスト教の地下礼拝堂(つまり、キリスト教が弾圧されていた時代のもの)がある。

 サンタ・ジュリア博物館を見終わったところで、ホテルに行こうと思ったのだが、博物館の係の人に絵画館を勧められた。ガイドブックによると2012/10時点では閉館中となっていたのだが、「現地の人の情報」に勝るものはないと考えて、行ってみることにした。博物館からは南に500メートルくらい歩いたところにある。
 だが、絵画館に近寄ってみると、やはり工事のため閉館中であった・・・(念のため言っておくと、この日記は2013/8時点のものだ)イタリア、手強し。

 今度こそホテルに行き(もちろん、荷物を持って歩いて・・・)、夕方、身軽になって出かける。
 ヴィットリア広場の北にあるロッジア広場へ。その名の通り、ここにはロッジアがあり、広場を挟んだ向かいには天文時計塔がある。いずれも美しい建物だ。
 広場の裏手には町の大聖堂・ドゥオーモと、その右隣に円形のロトンダ(17世紀に今のドゥオーモが建つまではドゥオーモだった建物)が並んでいる。ドゥオーモ内部は多数の絵画に彩られ、外観に引けをとらない。ロトンダは、今はオープン時間のはずなのだが、なぜか入口は閉ざされたまま・・・やはりイタリア、手強し。

 気を取り直して、少し早い夕食にありつく。ボロネーゼ風のラザニアと野菜がたっぷりのったローストビーフだ。

続く
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ヨーロッパ横断鉄道旅行-第8弾(ミラノ→ヴェネツィア)(4)

ヴェネツィア行きFB9713(ミラノ駅)
4日目

ミラノ→ブレーシャ

 旅も4日目となり、いよいよイタリアの北の都を去ることになった。ミラノ中央駅にはこの日も朝から大勢の人々が詰めかけているのだが、何しろ駅が広大なので、あまり混雑しているようには見えない。
 しかし、夏の人々の大移動は、肝心の鉄道ダイヤの方にその影を落としていたようだ。これから乗るはずのトリノ始発ヴェネツィア行きのFB9713は、8時45分にミラノに到着する予定なのだが、9時を回っても姿を見せない。それどころか、到着ホームすら決定していないのだ。
 ミラノのようなターミナル駅では、日本とは異なり、列車ごとに予め乗降ホームが決まってはない。それは列車到着の直前になって決定されるため、乗客は駅の大きな電光掲示板で必ずホームを確認する必要があるのだ。
 ちなみに、"FB"とはFrecciabianca(白い矢)の略で、在来線を走る特急列車である。イタリア固有の特急列車としては、他にも"FA"や"FR"というのがあるが、それらは後に紹介することになるだろう。

 こうして電光掲示板とにらめっこしているうちに、発車予定時刻の9時5分も過ぎてしまった。そしてようやく電光掲示板に到着ホームが表示される。列車が実際に到着したのは、9時10分過ぎ。予想通り車内は満席だ。イタリアでは特急列車は全席予約制だが、日本を発つ前に予約しておいて正解だった。

 9時24分、予定より20分ほど遅れてミラノを出発する。広大な構内を抜けたところで大きく右にカーブし、ミラノ市街を南北に貫く幹線に合流。南に進路を変える。私が泊まっていたホテルのあるランブラーテを通過すと、今度は南北の幹線から左に分岐して、ミラノ市街を離れ、東へと向かう。大きな貨物基地を通過すると、アッダ川を渡り、トレビリオを通過する。
 ロンバルディアの平原がひたすら続く。セーリオ川、次いでオリオ川を渡ると、しばらくして大きな市街地に入り、スピードが落ちる。10時16分、予定より23分遅れでブレーシャに停車。私はここで下車する。

続く
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ヨーロッパ横断鉄道旅行-第8弾(ミラノ→ヴェネツィア)(3)

ストレーザ(4)
3日目

南国?

 朝、ミラノ中央駅に向かう。既に人混みでごった返す中、スイス・ジュネーブ行きのEC32は既に入線していた。車内には左右2列ずつのシートが並んでいる。
 8時25分、列車が出発する。マルペンサ・エクスプレスとしばらく並走するも、マルペンサ・エクスプレスは左に折れて、ポルタ・ガリバルディへと向かう例のヘアピンカーブに入る。この列車も、幾重にも線路が交錯するポイントで、やや緩やかな左カーブに入る。そのままミラノ市街を西に進み、大規模な見本市がしばしば開催されるロー・フィエラ(ちなみに、2015年のミラノ万博は、この地で開催されている)を通過すると徐行し、8時42分、ローに運転停車。
 列車は、8時45分に発車すると北西に向きを変える。8時57分、ガララテを通過。ここからは線路が三手に分かれているが、列車は一番左の線路を進む。この辺りから、ようやく森や牧場が現れて田園風景となる。トンネルも通過する。
 やがて、線路が二手に分かれ、左に進むと大きく南にカーブする。その直後にセスト・カレンデを通過すると、今度は右から来た線路と合流し、大きく美しい川を渡る。ティチーノ川だ。川を渡ったところで、線路はまた二手に分かれ、今度は右に進む。どうやら、ティチーノ川の右岸と左岸に沿った線路が、ここで交差しているようだ。
 右に進んだ列車がティチーノ川に沿って走り出すや否や、川は湖へと姿を変える。マッジョーレ湖である。9時14分、湖岸の町・アローナを通過する。湖岸は山がちで、トンネルやカーブが続く。湖を見下ろす山の斜面には、建物が段状に並んでいて、素敵な景観を作り上げている。9時25分、予定より5分遅れてストレーザに停車。私はここで下車する。

 駅から坂を下ると、すぐに湖岸に到達する。湖岸には豪華なホテルが立ち並び、リゾートの雰囲気満点だ。湖岸の散策も素晴らしいのだが、この湖にはいくつか島が浮かんでいるので、さっそく島巡りをしよう。

 案内板が出ていないので少し迷ったが、ようやくフェリー乗り場を見つける。10時ちょうどのフェリーに乗る。フェリーがストレーザの岸を離れるや否や、水面に緑の軍艦のような建造物が姿を現したので大いに驚く。次第にその建造物に近づくと、それが庭園であることがわかる。感嘆する間もなく、フェリーはベッラ島に到着する。
 ベッラ島には、領主であったボッロメオ家の宮殿がある。美しく飾られた広間や、壁に散りばめられた絵画を楽しむ。私の印象では、イタリア貴族の館は、ドイツの王家などのようなゴージャスさはないものの、小さくても素晴らしい芸術品を揃えており、その配置などのセンスの良さは抜群である。それに加えて、この宮殿には色とりどりの小石で飾られた部屋があり、その細工の妙には唸るばかりだ。もちろん、窓から見える湖の景色は素晴らしい。
 だが、この宮殿の見どころは、これだけにとどまらない。庭園に出ると、人工の「山」と石像の群れが私達を出迎えてくれる。「山」の裏側では、段状に草花が植えられていて、その端は、先ほどフェリーからみた、あの「緑の軍艦」になっているのだ。

 興奮冷めやらぬまま、宮殿を後にする。もう昼時だが、島には続々と観光客が押し寄せていて、レストランには空きがない。そこでいったんストレーザに戻って昼食にする。軽くラビオリを食べる。

 13時ちょうど、再びフェリーに乗る。今度はベッラ島では降りない。フェリーはペスカトーリ島(漁師町の風情がたまらない)、湖岸の町・バヴェーノを経由してマードレ島に到着する。
 到着するや否や、急な階段を上る。その理由は、この写真からも明らかなように、この島の海岸には平たい土地がなく、「岸壁」と呼ぶにふさわしい高い壁の脇に船を寄せざるを得ないからだ。この島にもボッロメオ家の宮殿がある。ベッラ島の宮殿ほどではないが、たくさんの絵画が飾られていて、なかなかのものだ。宮殿から隣接する礼拝堂を見下ろすと、遠くの湖の景色とあいまって、とても絵になる情景となる。庭園も、ベッラ島と同じく段状になっている。庭園のソテツに日光が燦々と降り注ぐのを見ると、ここがイタリアの最北部であることを忘れて、南国に来たような気分になる。もちろん、ヨーロッパ北部の人々にとっては、南国であったに違いないが。

 気持ちの良い天気だったから、観光客もたくさん押し寄せたのだろう。帰りのフェリーは、10分遅れて15時10分にマードレ島を出発。往きと同じく、バヴェーノ、ペスカトーリ、ベッラを経由してストレーザに向かう。島の船着場にはフェリーが1隻しか停泊できないので、他のフェリーの出発を待つなどしているうちにさらに遅れ、ストレーザには予定より30分遅れて16時に到着

 せっかくなので、湖岸を散歩してみよう。朝は曇って視界が悪かったが、今はをよく見渡せる。湖岸には海水浴ならぬ湖水浴客が大勢いる。ベッラ島の方に目を移すと、やはり島自体が大きな軍艦のように見えるのが面白い。

 すっかり満足してストレーザ駅に向かう。ここで初めてイタリア鉄道の券売機で切符を買う。英語対応しているので、外国人でも容易に買うことができるだろう。
 17時ちょうど、ミラノ行きのEC39に乗る。マッジョーレ湖の眺めを見ながら南下する。湖岸の町の朱色の屋根は、「南国」の陽光によくマッチしている。
 往きとは異なり、列車は途中停車することもなく快調に飛ばす。そして、17時50分にミラノ中央に到着。予定より6分も早い!

 もはや芸術的と言えるミラノ中央駅のホールを見下ろすレストランで夕食。チーズのたっぷりのったペンネを食べる。

続く
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ヨーロッパ横断鉄道旅行-第8弾(ミラノ→ヴェネツィア)(2)

ポルディ・ペッツォーリ美術館
2日目

やっぱり街は芸術

 朝、ホテルを出ると、ランブラーテ駅から地下鉄M2に乗り、西へ。サンタンブロージョで下車。
 地上に出てしばらく歩くと、大きな教会が現れる。駅名の由来となったサンタンブロージョ聖堂である。ドゥオーモなどに比べると、外見は地味だが、内装は非常に立派で、黄金の祭壇まである。オルガンの演奏が流れ、日曜朝のミサが始まる。

 M2に乗り、いったんミラノ中央駅まで戻ってM3に乗り換え、南へ。モンテナポレオーネで下車。ここは例によって地上に出ても目立った目印がなく、道に迷ってしまう・・・。何とかマンゾーニ通りに入って、ポルディ・ペッツォーリ美術館へ。
 ここはミラノの貴族であったポルディ・ペッツォーリの屋敷だったところで、彼のコレクションが公開されている。まずは入口の階段を上って2階へ。大量のコレクションを所蔵する美術館のように年代別、作家別などの分類はなく、異なる年代やジャンルの作品を自由に並べているのだが、この配置の仕方自体にセンスの良さを感じる。絵画だけでなく、ヴェネツィアグラスや陶器のコレクションも素晴らしい。室内の調度品ともよくマッチしていて、とても居心地の良い空間になっている。展示の最後が武具というのも面白い。

 ちょうど昼前なので昼食、と思ったものの、ここで思わぬ苦戦を強いられる。なぜなら、空いているレストランが少ないからだ。昼時なのに、これはどういうことか?答えは、ガイドブックにも載っている。レストランの一覧表にある「定休日」を見てみよう。「8月」とか「8月の2週間」などの記載が多いことに気付くだろう。イタリアでは8月にバカンスを取るレストランが実に多い。大都市ミラノの中心部といえども、例外ではない。
 結局、ファーストフード店のようなところでのびのびのスパゲティを食べて昼食はおしまい・・・。

 そのまま南に歩き、ガッレリアを通ってドゥオーモの前へ。近くの王宮を通って、アンブロジアーナ絵画館へ。ここはもともとミラノの司教館だったところで、後に図書館と美術アカデミーになった。
 展示されている絵画は、よく修復されているためか、いずれもピカピカだ。とりわけカラヴァッジョの「果物篭」のリアリティにはため息が出る。建物の由来のせいか、全体としては宗教画が多いが、中には官能的な作品も・・・。
 建物としても素晴らしく、中庭や吹き抜けがあり、天井や階段が絵画や彫刻で彩られている。展示の最後にはかつての図書館ホールを通るのだが、ホールをぐるりと囲む書棚の迫力には圧倒される。

 ちなみに、聖堂といい、司教館といい、「アンブロXXXX」の名前がついているのは偶然ではない。これらは4世紀のミラノ司教にして、ミラノの守護聖人になった聖アンブロージョにちなんだものである。

 すっかりイタリアの美の力に魅せられてしまった私だが、その直後、厳しい現実に引き戻される。いったんホテルに戻るため、地下鉄M1のドゥオーモ駅から列車に乗った直後のことだった。私の目の前にいた若い男がメガネを落とした。ふと下を向くと、かがんだ男はメガネの方は見ず、なぜか私の足を押さえている。「おかしい」そう思った瞬間、後方から手が伸びてきて私のズボンのポケットに入ってゆく。何が起きているのかようやく理解した私は、ポケットをぎゅっと押さえた。
 次の瞬間、かがんでいた男と、私の後ろにいた人影が走り去り、列車の扉が閉まる。話には何度も聞いていたイタリアのスリを体験したのである。幸い、ポケットの中身は無事であった。冬であればポケットの存在や位置を上着で隠すことができるのだが、夏の薄着ではそうはいかない。私の場合、列車に乗る前に自販機で飲み物を買っていたために、財布の位置を確認されてしまったのだろう。

 夜、夕食に出かける。上記のような事情でホテル周辺のレストランも閉まっているため、地下鉄に乗ってミラノ中心部に向かう。さすがにドゥオーモ駅は危険だと思ったので、1つ隣のサン・バビラで下車。地上に出てヴィットーレ・エマヌエーレ2世大通りを歩く。ドゥオーモに続く歩行者天国である。
 ここまで来れば開いているレストランもある。1軒のワインレストランを見つけたので入る。シャルドネと、少々高めで濃厚な赤ワイン(名前は忘れた・・・)を飲む。メインは、ミラノ名物、カツレツだ。

続く
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