ヨーロッパ横断鉄道旅行-第9弾(ヴェネツィア→フィレンツェ)(7)

エステンセ城(1)
5日目

光と闇

 この日も朝から雨だった。少々頼りない小さな折り畳み傘を持って出かける。ホテルから少し北に歩けば、そこはもう町の中心部だ。フェラーラの市庁舎の向かい側には、カテドラルもある。内部には巨大な祭壇画が並んでいて、ステンドグラスも美しい。
 さらに北に歩けば、町のシンボル・エステンセ城が聳え立つ。近くに川がない代わりに、四方に廻らされたには水が湛えられており、今でも要塞として使えそうだ。400年にわたってフェラーラを支配したエステ家の居城である。城の2階の天井画が壮大だ。ここでは大きな鏡が用意されているので、それで眺めることができる。

 エステンセ城からさらに北に歩くと、ディアマンティ(ダイヤモンド)宮という建物がある。現在では絵画館になっているのだが、外観もなかなか面白い。ダイヤモンドのようなファサードが多数埋め込まれているのでこの名がついている。ところが、この時はマティス展をやっていて大混雑。中に入るのは断念した。(イタリアではマティスの人気が高いのか、イタリアで何度か遭遇したマティス展はいずれも混雑していた。)

 エステンセ城の前を通るジョヴェッカ大通りまで戻り、東に歩く。エステ家の離宮の一部であるマルフィーゼの家を見たりしながら、町の東端まで到達。引き返す。マルフィーゼの家の近くから南に折れ、さらに左折したところにあるのが、これもエステ家の離宮であったスキファノイア宮殿だ。
 「12か月の間」と呼ばれる壁いっぱいに描かれたフレスコ画に圧倒される。その感銘も冷めやらぬまま、その奥の間に入った瞬間、私は思わず後ずさりした。そこにはフレスコ画から飛び出してきたような中世風の衣装を着た男性が立っていたからだ。その男性にメイクを施す女性と、居並ぶスポットライトを見て、ここで何が行われているのかやっと了解した。それにしても、一般の見物客の前で映画orドラマの撮影とはすごい。見物客としては、撮影のために部屋を締め切られて、そこが見られなくなってしまうよりは、この方がずっとありがたい。

 青の下地の上に金細工で満たされた奥の間の天井、その下に横たわる男。男は突如「ルクレツィア・・・」とつぶやき、そして息絶える。ルクレツィア?ここはエステ家の離宮であった。エステ家にゆかりのあるルクレツィア。それはただ一人しか思いつかない。ルクレツィア・ボルジアだ。日本では「チェーザレの妹」と言った方が通じるかもしれないが、ヨーロッパではオペラのヒロインになっていて、彼女の方が有名だったりする。ということは、今ここで「死んだ」男は、彼女の最後の夫にしてフェラーラ公爵・アルフォンソ1世ということだろうか。ちなみにアルフォンソ1世は、マントヴァの侯爵夫人イザベッラ・デステの弟である。

 通りを西に向かい、町の中心部に戻る。空はようやく晴れ渡る。街並みは中世の面影を残していて、ポルティコもしっかり残っている。昼食後にいったんホテルに戻る。

 日が暮れてから夕食に出かける。エステンセ城市庁舎カテドラルがライトアップされて、昼間とは別の世界が浮かび上がる。とりわけ昔ながらの通りは人通りもなく、少々不気味だが、幻想的な雰囲気を醸し出している。

続く
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