ヨーロッパ横断鉄道旅行-第9弾(ヴェネツィア→フィレンツェ)(1)

ヴェネツィア(1)
1日目・2日目

迷宮ふたたび

<1日目>
 イタリアへ向かう飛行機の経路は何だか謎めいていた。通常、日本からヨーロッパへ直通する飛行機は、たいてい大圏コースのシベリアを通る。ところが、この飛行機は中国領内の北辺からカザフスタンに入り、カスピ海を越えてアゼルバイジャンやグルジアを通って黒海に抜ける。フライトマップを見ていると、意地でもロシア領内に入らないようにも見えるのだ。旅行の2週間ほど前に、飛行機の到着時間が当初の予定より2時間遅れると告げられた理由はわかったものの、ロシア領に入らなかった理由が、あの当時(2014年)の政治的事情によるものなのか、それは今でも謎のままである。
 やがて高度が下がり、海からようやく顔を出したような低地や無数の水路が眼下に現れる。やがてそれらはドックやコンビナートに姿を変える。20時前、飛行機はアドリア海のほとり、ヴェネツィア空港に到着する。市内に行くバス乗り場はすぐにわかったが、切符の自販機はやはり手強く、窓口で切符を買う。
 ようやく空港を出発したのは21時。約20分で、ヴェネツィア・メストレ駅前に到着。ここからホテルに歩いて行く。今回もメストレに宿を取ったのは、前回と同じ理由に他ならない。

<2日目>
 メストレ駅から列車に乗る。まるで通勤電車のような混雑だが、窓の外には海峡が広がり、その先にはあの夢の島が姿を現す。ヴェネツィア・サンタ・ルチア駅に到着。ヴァポレット(水上バス)には駅前からは乗らず、その西隣のローマ広場からLine2(外回り)に乗って、ヴェネツィア本島の中心サン・マルコ広場に向かう。大運河を行くLine1よりも若干空いているからだ。
 2度目のヴェネツィアという余裕からか、サン・マルコ広場に上陸すると、そこを素通りして北へと向かう。人通り(船通り?)の多い明るい水路から、裏さびれた水路へと誘われるように迷宮に入り込む。別に道に迷いたいわけではないのだが、本当に迷ってしまうのだ・・・

 ようやく迷路を抜け出すと、そこにはサンティ・ジョヴァンニ・エ・パオロ聖堂(舌を噛みそうだ)という大きな教会が聳えていた。騎馬に乗った傭兵隊長・コッレオーニの像が横に控え、正面にはスクオーラ・ディ・サン・マルコという信者会の立派な建物もある。この聖堂の荘厳な内部に入ると、クラシック音楽が聞こえてくる。最初はただのBGMかと思っていたのだが、何と奥の部屋で生演奏していた(コンサートの練習であろうか?)。
 せっかく抜け出した迷路に再び戻る。どこをどう進んだかは思い出せないのだが、スクオーラ・ダルマータ・サン・ジョルジョ・デッリ・スキアヴォーニ(あいたた・・・)という信者会の建物に至る。名前からわかる通り、ダルマティア地方(現在のクロアチア領・アドリア海沿岸)出身の人々が建てたもので、この地方の人々がかつて船乗りとしてヴェネツィアの海運を支えていた名残なのだが、ここにあるカルパッチョの作品群には圧倒される。

 この迷宮には唯一の救いがある。それは迷宮としては大きな欠点であろうが、アリアドネの糸のように、人々をサン・マルコ広場の方向に導いてくれるのだ。だから私もその導きに従い、サン・ザッカーリア教会の前を通ってサン・マルコ広場に難なく帰還する。

 昼時の広場のカフェから流れてくる心地よい音楽に誘われるがままに着席。もちろん、この演奏はタダではなく、この時間帯には高めのテーブルチャージがかかるのである。ならば、心ゆくまで楽しむしかない。18世紀に創業したというこのカフェを訪れた無数の人々との一体感を味わいながら、時が経つのをしばし忘れる。

続く
目次へ


"ヨーロッパ横断鉄道旅行-第9弾(ヴェネツィア→フィレンツェ)(1)" へのコメントを書く

お名前
メールアドレス
ホームページアドレス
コメント