ヨーロッパ横断鉄道旅行-第4弾(ウィーン→プラハ)(5)

トゥシェビーチ
ブルノ→イフラヴァ

 プルゼニュ行きの特急は、結局7分遅れの11時27分にブルノを発車する。すぐに市内を流れるスヴラトカ川を渡るとホルニー・ヘルシュピツェを通過する。大きなターンテーブルのある車庫の前を過ぎると、南のブジェツラフに向かう線路と分岐して西に大きくカーブする。
 棟ごとに色とりどりに塗り分けられたマンション群が見えてきた。日本では到底お目にかかれそうにないが、なかなか良いセンスだと思う。景色は次第に郊外のそれへと変わり、低い丘陵地帯になる。ストジェリツェという駅を通過すると、線路は二手に分かれる。ここを左手に折れた線路は南へと向かい、オーストリア国境近くまで行く。この列車は右手にまっすぐ進んで山地に入る。カーブが連続する。東のモラヴィアと西のボヘミアの間にまたがる広い山地をこれから横断するのである。

 しばらく山中の景色が続くが、やがてようやくが現れる。12時8分、ナームニェシュチ・ナト・オスラヴォウという舌を噛みそうな名前の駅に停車する。停車と同時に、この列車を待ちかねていたであろう対向列車が発車する。

 ナームニェシュチを出ると、いくつものが現れる。池と、そのほとりの森と、赤い屋根の集落のセットがこの後何度も現れるのだが、いずれも絵になる景色で、この地方の印象として私の中に深く刻まれることになった。
 さて、列車は池が点在する地域の真ん中、ストゥデネツという駅を通過したところでまた二手に分かれる。ここを右手に折れた線路は、いったん北に向かい、そして東へと戻って行くことになる。この列車は、左手に分かれて西に直進する。こんな山がちな地域の中に、これほど稠密な線路網が張り巡らされていることに驚く。池が尽きた後は、しばらく平原を走る。

 列車はやがてヴラディスラフの辺りからイフラヴァ川に沿う。坂の上り下りを繰り返す。そして、ナームニェシュチよりははるかに大きな町に入って行く。またカラフルなマンション群が見える。坂を上りきったところで、トゥシェビーチに停車する。12時30分。この町は12世紀に建てられたベネディクト会修道院から発展したもので、かつては相当に栄えたようだ。今でも残る聖プロコピウス聖堂とユダヤ人地区は世界遺産にも登録されている。時間があれば立ち寄ってみたかった場所だ。

 12時33分、トゥシェビーチを発車する。線路は高台を走っているため、鉄橋から町を一望できるのが素晴らしい。緩やかな丘陵が続く。線路は徐々に北西そして北へと向きを変える。今度は南からやってきた線路が左から合流してくる。この線路を南に進むと、モラヴィアの古都・ズノイモに通じている。合流したところで、オクジーシュキに停車する。12時46分。
 しばらくは緩やかな丘陵が続くが、やがてイフラヴァ川の峡谷を上って行く。12時57分、名前不明の駅で停車する。対向列車を待って13時3分に発車する。森を抜けると、谷あいの町川のほとりの町山中の別荘地?など、絵になる景色が次々に現れる。
 峡谷を抜けると、また大きな町が現れた。イフラヴァである。13時21分、イフラヴァに停車する。私はここで降りる。実はここで降りるのはあまりよくなかったのだが、それについては次回に述べることにしよう。

続く
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