ヨーロッパ横断鉄道旅行-第2弾(アテネ→ブダペスト)(4)

ペラ遺跡(1)
5日目

マケドニアの栄光

 朝、ホテルに地元旅行社のドライバー・Dさんがやって来る。Dさんは普段マイクロバスなどを運転してツアー客を運んでいるそうだが、今回は客が私一人なので、何と彼個人の車でツアーである。

 通勤ラッシュで混雑するテッサロニキ市街を抜けて一路西に向かう。綿花などの畑が広がるのどかな田園地帯を1時間ほど走ると、辺りには小さな丘がいくつも現れる。実は、これらは丘ではなく古墳なのだ。そして車は、ペラという小さな町に入る。今でこそ小さな町にすぎないが、このペラこそ古代マケドニア王国の都であり、アレクサンドロス大王の故郷なのである。
 ペラの町に入ったところで異変が起こった。何と、ここには何度も来ているはずのDさんが道に迷ってしまったのだ・・・。私達が行こうとしていたのはペラ考古学博物館なのだが、この博物館が実は最近(2010年)移転していたのである。Dさんは町の人々に道を聞きながら何とか新しい博物館にたどり着いた。
 博物館には、ペラ遺跡から出土した数々の遺物が展示されている。中でも建物の床に描かれたモザイク画は圧巻である。

 ペラ遺跡は現在の町に隣接しているのだが、どうやらその入口も変わってしまったらしい。親切な人に誘導してもらって、私達はようやく遺跡にたどり着いたのであった。
 とにかく広い遺跡である。遺跡は王宮と市街地に分かれており、市街地は本来1km四方もあったようで、それが碁盤目状に区分けされていた。遺跡の多くの部分は人家や畑になってしまっていて、私達が見学できるのは市街地の一部に過ぎないのだが、それでも遺跡の入口から、本来は市街地の中心にあったアゴラ跡までは数百メートルもある。浴場住宅の跡を見ながら盛時のペラを偲ぶ。今は内陸の町であるが、かつては海がこの近くまで入りこんでいて、相当に賑った都市であったようだ。アゴラ跡では柱廊や壁などの復元工事も行われていて、いずれはかつての姿が蘇るかもしれない。

 ペラから南に向かって30分ほど進むとヴェリアという町に至る。その町の一角では、山の麓から上の方にかけて赤い屋根の住宅がずらりと並んで、素敵な風景を作り出している。車はやがて、大きな川をまたぐダムを通り、少し山道を登って行くと、山の中腹にある小さな町に到着する。町の大きさには不相応なくらいに小規模のホテルやペンションが数多く立ち並んでいる。
 この小さな町の名前はヴェルギナと言い、ペラに移転する前のマケドニア王国の都であり、ペラ移転後も王族の埋葬地となった「アイガイ」のあった場所だと言われている。この町の目玉は、巨大なマケドニアの王墓である。小高い丘のような古墳の中には4つの巨大な墓があり、それらの墓を取り巻くように、古墳の中に博物館が作られている。博物館には、墓から出土した豪華な副葬品(金銀の装飾品、大きな武具など)が展示されていて、それだけでもマケドニア王の権勢を示すには十分なのだが、展示室から階段を下りていくと、そこには巨大な王の墓が鎮座しているのだ。中でも、アレクサンドロス大王の父・フィリッポス2世の墓と言われる3号墓は圧巻だ。私達はその入口しか見ることができないが、白い石で造られた巨大な扉、その両脇の太い柱、上部に描かれた壁画等々、王者の威厳に満ち溢れている。
 ヴェルギナには王宮の跡もあるのだが、残念ながらその日は閉まっていた。帰りがけに、王宮跡近くの「ロメウ」と呼ばれる墓を見る。この墓はすっかり掘り出され、雨よけの屋根で覆われている。3号墓に比べると見劣りするが、それでもマケドニア墓の特徴をよく残している。
 車は元来た道を引き返し、ヴェリアの町外れから高速道路に入り、一路テッサロニキに戻る。

 夜、テッサロニキ駅の方へ散歩してみる。町の中心を東西に貫く道路が掘り返され、工事が行われている。これは前回ここに来た時から見られる光景なのだが、実は2012年の開業を目指して地下鉄が建設されているのである。通りに面したホテルや商業施設には、いずれもクリスマス用のイルミネーションが灯っている。一つ一つは地味なのだが、いたるところにイルミネーションが点灯しているので、町全体がクリスマスに彩られている感じがする。
 いろいろ歩き回ってみたものの適当なレストランが見つからず、結局前日に行ったタベルナの隣の店に入ってしまった。骨付きの大きなチキンののったリゾットたっぷりとチーズをかけて食べる。ビールを注文すると、何とハイネケンが出てきた。今日もまた満腹で終わる。

続く
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