ヨーロッパ横断鉄道旅行-第2弾(アテネ→ブダペスト)(2)

テッサロニキ行き特急(アテネ駅)(1)
4日目

アテネ→リアノクラディ

 朝、ホテルをチェックアウトする。本来ならばアテネに3泊するつもりだったのが1泊になってしまった。当初の予定では、この日の午前中の列車でアテネを発つつもりでいたのだが、アテネで何もしないのはあまりにもったいない気がする。そこで、午後の便でアテネを発つことにした。ギリシャの列車は日本からオンラインで予約できないので、まだ切符を買っていない。今回はこれが幸いしたのだ。
 ホテルを出ると、国立歴史博物館の前を通ってパネピスティミウ通りに出る。そう言えば、朝のテレビで大規模ストライキの情報が流れていたので、バスの切符(地下鉄と共通)を買うついでに地下鉄パネピスティミオ駅の様子を見るが、今のところストライキはなさそうだ。この通りには、アカデミーアテネ大学国立図書館と立派な建物が立ち並んでいる。そのアカデミーの近くにあるギリシャ国鉄の予約センターで列車の切符を買う。そして、アテネ大学前のバス停からトロリーバスに乗る。バスはオモニア広場の手前でパティシオン通りに入り、北上する。私は国立考古学博物館の前で下車する。

 前回も訪れた国立考古学博物館は、古代ギリシャの珠玉の遺物で満ち溢れている。歴史の教科書でもおなじみの「ポセイドン」像をはじめとして、無数の彫刻、青銅器、さらにミケーネの黄金のマスクなどを間近に見ることができるのだ。ただ残念なことに、閉まっている展示室も多かったのだ。これもストライキの影響なのだろうか?

 古代ギリシャにすっかり満足した後は、いよいよアテネを発つことにした。アテネ・ラリッサ駅に行くために博物館近くのバス停で待ってみるのだが、そちらに向かうバスがいっこうにやって来ない。仕方なく、オモニア広場まで歩いてみることにした。
 オモニア広場に着き、地下鉄駅に入ろうとしたその時、駅の中から人々が一斉に外に出てきたのだ。その最後尾には警官がいて、駅に入ろうとする私達を制止する。つまり、地下鉄のストライキがたった今始まったのであった・・・。アテネの人々はストライキには慣れっこになっているだろうが、それでも広場周辺は混雑・混乱している。ラリッサ駅に行くバスもあるのだろうが、乗り場がわからないし、何と言っても道路が激しく渋滞しているのが気になる。
 結局、ラリッサ駅まで歩いて行くことにした。ラリッサ駅まではそれほど遠くはないのだが、重い荷物を担ぎ、信号も横断歩道もない大通りを横切り、荒れ果てた歩道を歩いたりと、楽しい散歩とは程遠いものであった。

 そんなわけで、1時間近くかけてラリッサ駅に到着する。のんびりと昼食をとっているうちに、テッサロニキ行きの特急IC54が入線する。赤・白・青に塗り分けられたディーゼル機関車が、青い客車を牽引している。機関車のすぐ後ろ、1号車は荷物車になっていて、その後ろの2号車が客車の先頭である。私はこの2号車に乗る。ここは1等車なので、片側3席・両側6席で1つのコンパートメントになる。
 13時21分、列車が発車する。列車はアテネ市街を北上し、スカ付近で東西に走る郊外鉄道と分岐・合流する。次第に市街地を離れて山道に入り、カーブが多くなる。山道を抜けたところでイノイに停車する。14時4分。アテネ発の近郊電車は、ここから分岐してハルキスへと向かう。
 イノイからは西に向かって平地が続き、14時18分にテーベに停車する。しばらくは平地が続くが、やがて列車の左側(南)に山地が現れる。14時39分、リヴァディアに停車する。次いで、14時51分にティソレアに停車する。しばらくすると山地に入り、列車の左側にパルナッソス山が姿を現す。今は冬なので、前回(2010年5月)よりも山の上の方に雪が積もっているように見える。
 山地を抜けると、時刻表では停車予定になっていたアムフィクリアを通過してしまい、しばらく平地を走った後、かなり険しい山地に入ってゆく。急勾配・カーブ・トンネルを次々と通り抜ける。車輪とレールが幾度となく擦れ合う。この山地を抜けると、15時34分にリアノクラディに停車する。

続く
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