東九州縦断鉄道旅行(8)

臼杵城下
石仏と城下町

 臼杵駅前から石仏へと向かうバスの便は少なく、この時間帯には便がなかった。そこでタクシーに乗る。内陸部に向かって走ること約15分で石仏前の駐車場に着く。
 木々の生い茂る静かな山道を登って行くと、道端の岸壁に彫られた数多の石仏が現れる。これらの石仏は、平安時代末期から鎌倉時代初期、真名長者夫妻がスポンサーになって蓮城法師が彫ったものと言われている。数は60体以上もあり、その多くが国宝に指定されている。とりわけ有名なのが、12体の仏像に囲まれた大日如来像だ。
 自然の中に洗練された彫刻を彫るのは並大抵の努力ではなかったであろう。以前に敦煌の莫高窟を訪れた時の感動が蘇る。
 山の麓には、蓮城法師が開いたとされる満月寺があり、真名長者夫妻や蓮城法師が祀られている。
 石仏の見学を終えた頃、雨が降り出す。またもや適当なバスの便がないので、再びタクシーに乗る。

 臼杵の中心部に入る手前、三重塔で有名な龍原寺でタクシーを降りる。ここから臼杵の旧市街に入る。江戸時代からの町並みは石畳で舗装され、とても風情がある。あいにくの雨だが、それがかえって石畳の魅力を増している。かつて真光寺というお寺だった所で、現在は休憩所となっている建物に入る。昔の建物の雰囲気がそのまま残されていてとても良いのだが、ここから見る町並みの眺めがまた素晴らしい。
 城下町を散策しながら北に進み、臼杵藩の藩主であった稲葉家の下屋敷に行く。この屋敷は明治の廃藩後に建てられたものだが、それでも旧藩主の貫禄を見せつけるのに十分な大屋敷である。庭園もまた広い。この庭園の奥には平井家という別の住宅があり、そちらも見学できる。規模は稲葉家には及ばないものの、保存状態はこちらの方が良さそうだ。
 稲葉家屋敷の東側にあるのが臼杵城である。もともとは丹生島という島であり、戦国時代に大友宗麟がここに築城したのが始まりである。江戸時代には稲葉氏の居城となった。今では周囲の海も埋め立てられ、すっかり街中の小高い丘になってしまった。建物の多くは失われているが、石垣や櫓が残っていて、城の雰囲気はまだ十分にある。

 傘をさしていたものの、雨の激しさに服はびしょ濡れ・・・。しかも駅前に開いている飲食店はなく、駅でコンビニ弁当を食べる。

続く
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石仏


市街

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