ヨーロッパ横断鉄道旅行-第1弾(イスタンブール→アテネ)(4)

旧トラム(テュネル)
3日目

イスタンブール 電車あれこれ

 朝、ホテルをチェックアウトすると、スィルケジ駅のコインロッカーに荷物を預ける。中国を出発して以来、コインロッカーにはついぞお目にかからなかったが、ようやくここに来てコインロッカーが使えるようになったのはありがたい。来た道を引き返し、トプカプ宮殿へと向かう。
 今回は宮殿そのものには入らず、同じ敷地内にある国立考古学博物館に入る。この博物館はいくつかの建物から構成されている。メインとなる旧館・新館には、イスタンブールの町が「ビザンティウム」というギリシャ人のの植民都市だった時代から、ビザンツ帝国時代にかけての夥しい遺物が展示されている。ずらりと並ぶギリシャ風の彫刻を見ると、何だか一足先にギリシャに来てしまったような錯覚すら覚える。
 旧館の奥には、トルコが協力して発掘を進めている古代フェニキアの都市・シドン(現在のレバノン)などから発掘された貴族階級の巨大な石棺がいくつも展示されている。「アレキサンダー大王の石棺」と呼ばれるものも含めて、これらには精緻で立体的な彫刻が施されており、見る者を圧倒する。
 旧館を出ると、ギリシャ風の彫刻が無造作に並べられた公園があり、その右側には装飾タイル博物館がある。中には貴重な陶器なども展示されているが、スルタン・メフメット2世が建てたという、この建物自体の壁のタイルが素晴らしい。公園の左側には古代東方博物館がある。ここには古代メソポタミアやヒッタイトの石像類がずらりと並んでいて、見る者を唸らせる。

 ギュルハーネ駅からトラムヴァイに乗り、北へと向かう。前日も訪れた新市街のトラムヴァイの終点・カバタシュに到着する。階段を下りて地下に行く。地下ケーブル駅の入口におそるおそる近づくと、そこは開いていた。メーデーから一夜明け、正常に戻ったようだ。真新しい地下ケーブルに乗り込む。地下ケーブルは、カバタシュからタクスィムのわずか1駅間を結ぶだけだが、両駅の間は険しい上り坂になっているので、これでも十分に需要があるのだろう。ケーブルカーらしく、車内には段差がついており、ホームも傾斜している。カバタシュを発車した地下ケーブルは、真っ暗なトンネル(当たり前だが)をぐんぐん登って行き、わずか数分でタクスィムに到着する。

 タクスィム駅の長い地下通路を通って、今度は地下鉄に乗り換える。地下鉄ホームも真新しく、壁には大型テレビが備え付けられているなど、設備も最新だ。タクスィムから北に一駅、オスマンベイで下車する。

 オスマンベイ駅から少し歩いた所にトルコ軍の兵舎があり、その一画が軍事博物館となっている。その名の通り、トルコの軍事に関してありとあらゆるものを展示している。かつて中国北方にいた遊牧民族・突厥から始まり、セルジューク朝、オスマン朝に至るトルコ民族の武器が展示され、合戦の様子を描いたジオラマまで作られている。特に当時コンスタンチノープルと呼ばれた、イスタンブールの町を征服するオスマン軍のジオラマはよく作られている。オスマン朝の歴代スルタンの肖像もあり(ちなみに、地下鉄駅名の「オスマンベイ」は、オスマン朝初代スルタンの名前である)、さながら歴史博物館のようだ。もちろん、鎧・兜・刀剣・盾・銃・大砲など兵器の展示も夥しい数にのぼる。
 しかし、何と言ってもこの博物館の名物は、毎日15時から行われるトルコ陸軍の軍楽隊による生演奏である。15時前、博物館入口前の広場に観客が集まる。日差しが容赦なく照りつけ、観覧する環境は決して良くはないのだが、老若男女が続々と集まってくる。
 やがて博物館の裏手の方から、演奏が聞こえてくる。演奏の音が次第に大きくなり、いよいよ軍楽隊が入場する。隊長以下、旗手などに率いられた軍楽隊は、オスマン朝時代の伝統そのまま(?)の衣装を着て、演奏しながら広場の中心をぐるりと一周して定位置につく。
 一通り挨拶が終わると、隊長の「ハイディ、ヤッラー」の掛け声で演奏が始まる。西洋のメロディーとは明らかに異なる、どこか懐かしい旋律や、非常に細いスティックで細かく刻まれる太鼓のリズムが、暑さを忘れさせてくれる。こうしてあっという間に1時間が過ぎてゆく。

 オスマンベイ駅まで戻り、地下鉄に乗って再びタクスィムへ。今度は地上にあるタクスィム広場に出る。前日、メーデー集会の中心地だったらしいこの広場は、まるで何事も無かったかのように休日を楽しむ人々でごった返している。しばらくして、広場にトラムヴァイ(路面電車)がやって来る。今まで何度も乗ってきた新型トラムヴァイとは似ても似つかないから、こちらを旧トラムと呼ぶことにする。広場で乗客を降ろした旧トラムは、どこかに行ってしまう。実は旧トラムは運転台が1つしかなく、折り返すことができないので、広場に敷かれたレールを通って一周し、また戻ってくるのである。
 戻ってきた旧トラムに乗り込む。車両はわずかに1両、とても年季が入っている。あっという間に車内は満員になる。そのレトロさ故か、人気があるのだ。
 旧トラムが出発する。だが、遅々として前に進まない・・・。それもそのはず。この電車が通る通りはもともと狭い上に、無数の商店が建ち並ぶ目抜き通りで、人ごみがすごいのだ。運転手さんは鉦をたたきまくっているのだが、あまり効果はないようだ。スピードが遅すぎる故に、車両後部の手すりなどに外側からつかまってタダ乗りしている輩も少なくない。その時、ふと電車の上側から霧状のものが噴霧されているのに私は気付いた。パンタグラフの辺りを霧で冷やすというのは聞いたことがないし、もしかするとこれは周囲の人々を追い払う「露払い」なのだろうか?
 歩いた方が早いくらいの速度ではあったが、それでも電車は少しずつ進み、中間点で対向電車と行き違い、そして終点のテュネルに到着する。実用性には欠けるが、それでも(それ故?)また乗ってみたくなる電車である。

 テュネルからは、世界最短の地下鉄と言われる「テュネル」に乗る。開業したのは何と1875年だそうだ。だが、これは地下鉄というよりはほとんどケーブルカーに近い。テュネル駅から終点のカラキョイ駅にかけては、急な下り坂になっているからだ。しかし、ホームも傾斜していると言うのに、車両の方はケーブルカー仕様でなく、床が平らになっている。
 テュネル駅を出発したテュネルは、真っ暗なトンネルをひたすら下って行く。上記の通り床が平らなので、立っている私は油断すると前方へと滑り出してしまう・・・。わずか数分でカラキョイに到着する

 カラキョイから新型のトラムヴァイに乗り、旧市街へと向かう。グランドバザールで買い物などをした後、スィルケジに戻る。スィルケジの裏通りでボスフォラス海峡トンネルの工事現場を見つけた。この工事はボスフォラス海峡に鉄道用のトンネルを敷設するもので、日本のゼネコンが施工している。このトンネルが完成して鉄道が開通したら、私はまたこの町に来ようと思う。

 もう夕暮れ近くになった。レストランに入って夕食だ。この日のメインはキョフテ(トルコのミートボール)にした。そしてラク酒に初めて挑戦する。ラク酒はワインの絞りかすを蒸留したものに強い香りをつけている。もともと無色透明だが、水や氷で割ると白く濁るのが面白い。アルコール度数が強い上に香りも強いので、相当にクセのある酒である。もちろん、ビールもいただく。すっかりいい気分になった。だが、もうすぐこの町を、そしてトルコを離れなければならないのだ。

続く
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