ヨーロッパ横断鉄道旅行-第1弾(イスタンブール→アテネ)(3)

ブルーモスク(3)
摩訶不思議

 トラムヴァイをスルタンアフメットで下車すると、すぐに巨大なモスクが見えてくる。スルタンアフメット・ジャーミィだ。通常はブルーモスクと呼ばれることが多い。その名の通り、オスマン朝のスルタン・アフメット1世が建てさせたものである。
 入口を入ると広い中庭があり、その奥にドームを戴く巨大な建物が待ち構えている。着いた時は、たまたま礼拝時間中だったので中に入れず、しばらく中庭で待つ。礼拝時間が終わり、中に入る。高い天井に向かって伸びる巨大な柱やその間の壁は青を基調にしたタイルに装飾され、壁に無数に嵌め込まれたステンドガラスも美しい。内部には無数のランプが灯り、ステンドガラスを通して陽光が差し込むものの、全体としては薄暗く、それが神秘的な雰囲気を醸し出す。

 ブルーモスクから広場を挟んで反対側に位置しているのがアヤソフィアだ。もともとは6世紀に建てられたキリスト教の大聖堂であり、15世紀のビザンツ帝国の滅亡まではギリシャ正教の総本山だった場所である。ビザンツ帝国を滅ぼし、イスタンブールに首都を置いたオスマン朝は、このキリスト教の寺院をイスラム教のモスクに変えたのだった。
 近づいてみると、やはり外壁は古く、歴史を感じさせる。中に入ると、幅広く天井も高い回廊を抜けて、建物の中心部に進む。見上げると、イスラムの巨大な2つの円盤に挟まれて、マリアとキリストを描いたモザイク画が天井に描かれているのが見える。何とも言えない不思議な光景である。イスタンブールの歴史が、ここに凝縮されているような気がする。
 2階(と言っても随分高い所にある)に行くには、階段ではなく、傾斜のついた九十九折の薄暗い通路を進んで行く。2階には1階と同様の回廊があり、内側からは吹き抜けになった建物内部の様子が良く見える。現在(2010年5月)修復工事が行われているようで、各所に足場が組まれている。また、壁にはキリスト教のモザイク画が描かれている。これらの絵は、オスマン朝時代に塗りつぶされていたのだが、20世紀に発見され、修復が進んでいるようだ。

 夕方、食事に出る。この日はケバブにした。ナスとひき肉を交互に並べて焼いたパトゥルジャル・ケバブとひき肉に唐辛子を入れたアダナ・ケバブ。それにトルコ風のサラダの盛り合わせ。しかし、少々欲張り過ぎた・・・。

 夜になり、スィルケジ駅に行く。かつてオリエント急行の乗客達が集ったホールで、セマーの公演を見るためだ。セマーとは、日本語では旋舞と呼ばれ、回転しながら踊るダンスのことだ。イスラム教の神秘主義教団の一つメヴレヴィー教団が行う祈祷の一種である。
 公演の前半は、古代音楽の演奏である。笛・琴・太鼓・シンバルを持った5人の奏者が現れる。1人はボーカル専任であり、太鼓担当の男性と共に歌う。リズムは4拍子で、素朴だが良いメロディーだ。
 後半になると、いよいよセマーが始まる。一度退場した5人の奏者は、黒装束にトンガリ帽子をかぶって現れる。これはメヴレヴィー教団の修行僧の装束らしい。次いで、同じ装束をした6人が登場する。一通り儀式を行った後、うち5人は黒装束を脱ぐ。彼らがセマーの踊り手なのだ。(残りの1人は「導師」であろう。)男性2人の衣装は白、女性3人は色とりどりの衣装を着ている。いずれも下半身にはスカート状のものをはいている。
 音楽が始まる。今度は3拍子だ。踊り手達は回転しながら歩き、やがて1点で立ち止まり、その場で何分間も回転し続ける。スカート状のものが膨れ上がり、わずかな風が巻き起こる。そして「導師」がある位置に移動すると、踊り手達は再び歩き出して元の位置に戻り、回転をやめる。これが何回か繰り返される。次第に音楽のテンポが速くなり、踊り手達の回転も速くなる。回転速度が最高潮に達したところでセマーは終了する。回転は宇宙の運行を表し、自ら回転することで神と一体化するのだそうだが、そのようなことが理解できなくとも、セマーは不思議な世界を垣間見させてくれる。

 ちょうどホールを出た時、「オリエント急行」ホームには列車が入線しようとしていた。もちろん機関車が最後尾になった後ろ向きのものだ。どこに向かう列車か判然としなかったが、車体にキリル文字が書かれているので、ブルガリア方面に向かう列車であろう。

続く
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