ヨーロッパ横断鉄道旅行-第3弾(ブダペスト→ウィーン)(12)

ゼンメリング駅を通過する特急(2)
7日目

ゼンメリング鉄道

 この日も朝マイドリング駅に向かう。だが、目指すのは前日のようにウィーン南駅の方向ではなく、その反対方向である。これからウィーンの西南にあるミュルツツーシュラークを目指すのだ。
 9時2分、オーストリア第二の都市・グラーツに向かう特急列車が到着する。オーストリア国鉄の特急には特急券が不要なので、この列車に乗ることは可能だ。だが、登山客と思わしき人々が大勢乗り込み非常に混雑しているので、これは見送る。
 次いで9時14分にはミュルツツーシュラーク行きの列車がやって来た。だが、これは直前になって入線ホームが変更になったうえ(ここではホームの変更はよくあることだ)、ツアー向けの特別列車であることが判明したので見送る。この特別列車は全て1等車から構成され、サロンカー付きという特別な仕様だ。写真を撮る間も無く、あっという間に発車してしまう。
 同じ頃、ウィーンの南郊・ヴィーナーノイシュタット行きの特急列車が入線する。これはプラハ始発で、大部分の乗客をここで降ろしてしまい、後はガラガラだ。私は2等車の切符を持っていたのだが、2等車にもコンパートメントが多数ある。座席のシートが若干安っぽい気がするものの、1等車並みにくつろぐことができる。

 9時29分、特急が発車する。列車はウィーンの市街地から田園地帯に入り、9時42分にはウィーン南郊の温泉保養地・バーデンを通過する。列車はさらに南に進み、結局ノンストップで終点のヴィーナーノイシュタットに到着する。9時56分。
 ヴィーナーノイシュタットで列車を乗り換え、パイエルバッハ・ライヒェナウ行きの列車に乗る。ブラチスラヴァ・ペトルジャルカから乗ったあの2階建て車両である。列車は10時に発車予定だったが、遅れて10時4分に発車する。発車するとすぐに左右に分岐してゆく線路がある。途中、森や平原を突っ切りながら、ノインキルヘンテルニッツといった町を過ぎて行く。次第に前方に大きな山々が聳えるのが見えてくる。
 10時23分、グログニッツに停車する。いよいよここからがゼンメリング鉄道の始まりである。ゼンメリング鉄道とは正式な路線名ではなく、ウィーンとグラーツを結ぶオーストリア国鉄の路線の中でもグログニッツ-ミュルツツーシュラーク間・41.8Kmの区間に付けられた愛称だ。アルプスの一山系を越えるこの路線は、日本では幕末にあたる1854年に開通した。この事実だけでも当時のヨーロッパの高い技術水準を示すには十分であろう。そして、1998年には世界遺産にも登録されたのである。

 グログニッツを過ぎると川に沿って山道を上って行く。そして10時32分、パイエルバッハ・ライヒェナウに到着する。既に向かいのホームには、ウィーンのSバーンと同じ車両が入線していた。ミュルツツーシュラーク行きの列車だ。10時34分に発車する。駅舎の脇にはSLが鎮座している。きっとこの路線にゆかりのあるものなのだろう。
 パイエルバッハ・ライヒェナウまでは列車は東から西に向かっていたのだが、ここからは逆に西から東に進んで行く。つまりは大きなS字型カーブを描いているのだ。峠の頂上にあるゼンメリング駅までには、この大きなS字型カーブが3つあり、それにより勾配の大きさを抑えている。だから、普通列車も特急列車も山越え用の特別な装備を使ったり、スイッチバックを用いることなく、そのままスイスイ上ってゆけるのである。とは言え、山道らしく小さなカーブやトンネルは多数存在する。
 カーブの先にアーチ橋が見えてきた。列車の中からはその全貌を見ることは難しいが、谷間に架かるアーチ橋もこの鉄道の特徴の一つだ。日本の鉄道橋のように鉄骨造りではなく、古代ローマの遺跡のような造りなのが素晴らしい。ゼンメリング鉄道全体では、このようなアーチ橋が15もあるそうだ。
 そうこうしているうちに、いつの間にか標高が上がっている。先程まで線路脇に見えていた町が、はるか下方に見える。列車はさらに高度を上げ(何だか飛行機のような表現だ)、高原に至る。そして11時2分、峠の頂上付近にあるゼンメリングに停車する。
 ゼンメリングを出るとすぐにトンネル(ゼンメリングトンネル、長さは約1400メートルだそうで、開通当時としては相当に長かったはず)に入り、抜けると山を下る。こちら側は大きなS字型カーブもなく、まっすぐに山道を下る。あまり険しくないからか、こちら側の山麓の方が何となく町が開けている感じがする。11時18分、終点のミュルツツーシュラークに到着する

 駅の外に出てみたが、ゼンメリング鉄道の案内板がある他は、周辺には特に大きな賑わいはなく、静かな場所である。駅にはマイドリング駅で見たあのサロンカーが停車していた。ウィーンに戻るのか、このままここに留まるのかは定かではない。
 折り返し、再びゼンメリング鉄道に乗る。パイエルバッハ・ライヒェナウ行きの列車は11時35分に発車する。まっすぐな山道を上り、11時52分にゼンメリングに停車する。せっかくなので、ここで下車してみる。

 駅には、ここが標高896メートルの地点にあることを示す案内板が掲示されている。グログニッツの標高がどのくらいなのかは知らないが、ゼンメリング鉄道が数百メートル単位の山越えをしていることは確かだ。高地ゆえにウィーンよりもさらに冷え込む。前日に買った上着が大活躍する。駅の構内には、この鉄道を設計したイタリア人技師・ゲガのレリーフ入りの記念碑が建っている。また、車両も1台展示されている。おそらくかつてこの鉄道を走った車両なのだろうが、詳しいことはわからない。
 駅舎を離れて北方(グログニッツ側)の線路沿いに少し歩いてみる。しばらく待っていると、特急が何本も通過して行く。やはりここが幹線であることを改めて実感する。今度は駅の南側(ミュルツツーシュラーク側)にあるゼンメリングトンネルの入口(オーストリア帝国の紋章があるあたり、この鉄道の歴史を感じさせる)の上に行くと、ちょうど特急が駅を通過するところだった。
 すっかり満足して駅に戻ると、特急が、そして貨物列車が次々と通過する。本当にここは現在でも生き続ける鉄道遺産である。

 12時57分、パイエルバッハ・ライヒェナウ行きの列車が5分遅れで到着する。大小のカーブトンネル・そしてアーチ橋を次々と通過する。この鉄道は幹線である以上はもちろん複線なのだが、さらには補助線も存在し、スピードの出ない貨物列車などが旅客列車と並走するのである。また、一部区間では片方の線路に工事用車両を停めて単線運用をするなど、なかなか高度な運用が行われていることに驚く。だが、鉄道にばかり驚いてはいられない。次々に変わりゆく山々の景色にも心を奪われる。本当に乗りがいのある鉄道である。
 だいぶ山を下ったところで13時28分、パイエルバッハ・ライヒェナウに到着する
 ここからヴィーナーノイシュタット行きの2階建て列車に乗り換えて、13時29分に発車する。さらに山道を下りグログニッツに停車してゼンメリング鉄道にお別れする。そして13時57分にヴィーナーノイシュタットに停車する。停車した列車には、さっそく清掃が行われていた。

 駅の外に出てみる。ウィーンの南郊だけあって、駅前はそれなりに賑っている。ここで遅い昼食をとる。
 14時33分、マイドリング行きの特急に乗る。既に満席だ。立つしかない・・・。14時57分、マイドリングに到着する

続く
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