ヨーロッパ横断鉄道旅行-第2弾(アテネ→ブダペスト)(11)

ベオグラード駅(1)
ニーシュ→ベオグラード

 ニーシュでは、やはり大勢の乗客が降り、そしてまた大勢の乗客が乗ってくる。その間に、この列車を牽引していたと思われる緑色のディーゼル機関車が隣の線路を走り抜けてゆく。代わりに連結されたのは、赤味を帯びた橙色の電気機関車であろう。国境のプレシェヴォからニーシュまでは電化・非電化区間が混ざっていたのでディーゼル機関車を使っていたものと思われる。そしてここからは本格的に電化区間になるようだ。

 列車は15分の停車の後、15時4分にニーシュを発車する。そして、私はトルコのペフリヴァンキョイで分岐して以来、久々にオリエント急行の路線に復帰することになる。1883年に開通したオリエント急行は、最初のうちこそハンガリーからルーマニアを経由していたが(しかも、イスタンブールへは黒海を渡る船に乗り換える必要があった)、ブルガリア国内の鉄道が整備されるにつれて、ハンガリーから南下してセルビアに入り、ここニーシュを経由するようになった。ニーシュに着く前に合流したブルガリアからの線路こそ、オリエント急行の「本線」なのであった。

 そんなことを考えているうちに、線路はまた二手に分岐する。分岐点の側には古いSLが野ざらしになっている。ここを右に向かう線路は、北東へと進み、ザイェチャルに至る。ザイェチャルにはフェリクス・ロムリアーナというローマ皇帝・ガレリウスが建てた宮殿跡がある。ガレリウスと言えば、テッサロニキに凱旋門を建てた人物だ。ガレリウスは4つに分割されたローマ帝国のうちの1つを支配していたに過ぎないのだが、彼ゆかりの遺跡群が現在ではいくつもの国境に分断されていることを考えると、改めてローマ帝国のスケールの大きさを感じずにはいられない。
 この列車は、分岐点を左に進み、そしてニーシュ市街をスキップした線路と合流する。

 やはり電気機関車に替わったおかげだろうか?モラヴァ川流域の平原に出た列車は、今までにないスピードで飛ばす。しかし、それも長くは続かない。15時33分、アレクシナツに停車する。ホームらしきものは存在せず、乗客は線路を渡って列車に乗り込んでくる。やがて平原は狭まり、蛇行するモラヴァ川と共に山中に入る。光が届きにくいため、16時前だというのに車内はとても暗い。ニーシュで車掌が交代したらしく、何度目かの(もう忘れた・・・)検札がある。
 ようやく峡谷を抜けて、16時3分にスタラッチに停車する。ここから少し南西にあるクルシェヴァッツからの線路と合流する。辺りは平地になり視界は開けているのだが、もう日没が近づいていた。ここで車内に照明が点灯する。そして、ここから列車は3たび各駅停車となり、無名の小さな駅に次々と停車してゆく。各駅の周辺にはそこそこの規模の町が存在するため、乗り降りする乗客の数もぐっと増える。この時間帯は夕方の帰宅ラッシュなのかもしれない。
 16時22分、パラチンに停車する。もう夜である。16時28分にチュプリヤ、16時40分にヤゴディナに停車した後、16時58分にラポヴォに停車する。周囲に大きな町はなさそうだが、多くの構内線を擁する大きな駅だ。ラポヴォに着く直前に、この列車は左からの線路に合流していたのだが、この線路こそ、マケドニア共和国のスコピエで分岐し、コソヴォを経由してきた線路なのだ。もちろん、2010年時点ではこの線路は途中で遮断され、コソヴォに行くことは不可能である。

 列車は北進を続ける。マルコヴァッツを通過する手前で、右から線路が合流してくる。これはニーシュで分岐し、ザイェチャルを経由してきた線路である。17時12分、ヴェリカプラナに停車する。ここで線路は右側(北)と左側(西)の二手に分かれるのだが、実はどちらに行っても結局はベオグラードにたどり着く。この列車は、おそらく右側に分岐したようだ。
 ここからはまた特急運転に復帰したようで、次々に駅を通過してゆく。列車が平原の中を進んでいることはわかるのだが、それ以外は真っ暗で何もわからない。17時55分、マーラクルスナに停車する。ここから少し東にある町・ポジャレヴァッツから来た線路と合流し、そして北にあるドナウ河岸の町・スメデレヴォに向かう線路と分岐する。ここはさながら鉄路の十字路になっているのだ。そして列車は西へと向かい、モラヴァ川の流域に別れを告げる。モラヴァ川はさらに北に向かい、ドナウ川に合流することになる。

 しばらくの間、ベオグラード南方の山間部を通っていたようで、並走する高速道路の照明以外には何の灯りも見えず、いくつものトンネルをくぐる。列車のスピードもあまり出ない。
 19時を過ぎてから、ようやく大きな市街地が姿を現すようになる。19時24分、ベオグラード市内南部のラコヴィツァと思われる駅に停車する。ただし、これは運転停車だったようで、乗客の乗り降りは全くない。19時28分に発車するが、ここからは今まで以上に徐行運転となる。乗客達はもう降りる支度をして、到着を今か今かと待っているし、私も14時間を超える長旅にそろそろ疲れていたので、到着が待ち遠しいのだが、列車は遅々として進まない・・・。
 しばらくして、ようやく高層建築群や幾重にも交わる高速道路が現れ、列車はゆっくりとベオグラード本駅に到着する。19時58分。予定よりは2時間ほど遅れ、テッサロニキを出発してから約15時間後の到着であった。改めて確認してみると、列車を牽引していたのはセルビア国鉄の赤味を帯びた橙色の電気機関車であった。

 久々に触れる外の空気は、昼間ほど暖かくはないが、それでも上着を着込むほどではない。ホテルのある町の中心部に向かおうとすると、そこには疲れた体に重い荷物を背負うにはややしんどい坂道が待ち構えていた・・・。
 何とか坂道を上り切り、多少道に迷いながらもどうにかホテルに到着。思った以上に建物は大きく立派なホテルだ。だが、気を休めるには早かった。フロントにパスポートを預ける義務があるのは序の口で、エレベーターや部屋の鍵・器具の仕様があまりに不便なのである・・・。
 その時、「贅沢に慣れちゃダメ!」と誰かに頬をたたかれた気がした。思えば数年前、中央アジアで同様の経験をしながら何とか旅を続けていたのである。それにしても、旧共産圏というのは、こんな所まで瓜二つになってしまうのであろうか?

続く
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