ヨーロッパ横断鉄道旅行-第2弾(アテネ→ブダペスト)(1)

ド・ゴール空港
1日目・2日目・3日目

遥かなるアテネ

 今回の記事では一気に3日分の出来事を書くことになる。当ブログにおいては異常なことだ。一体何が起こったのか?その顛末をこれから書いてゆこう。

<1日目>
 11時過ぎ、大船駅には成田エクスプレス23号が入線していた。車両は、2010年から導入されたばかりのE259系である。車内には大きなディスプレイが数台設置されていて、列車の運行情報やニュースなどの各種情報が日本語の他にも英語・中国語・韓国語等で表示されている。
 11時10分、列車が発車する。横浜・品川・東京と列車は順調に過ぎて行く。千葉県内に入ってしばらく経った頃だろうか、何気なく車内のディスプレイを見ていると、そこには成田発のフライト情報が表示されていた。いつの間にか私の目は、これから乗るはずのアムステルダム行きの便の情報を追っていた。

 その時だった。私の目に信じがたい二文字が飛び込んできたのは。欠航。赤い文字で確かにそう記されていたのだ。その前後に成田を発つ便には何ら遅れ等は発生しておらず、そこだけが不自然に浮き上がっていた。
 原因は何だろう?私は携帯で航空会社のサイトにアクセスした。原因がわかれば何か別の手段が取れるかもしれない。原因は、どうやらアムステルダムに降り積もった大雪のせいらしい。だが、それがわかったからと言って、何かができたわけではなかった。パリ・フランクフルト・ロンドン等、アテネ行きに乗り換えられそうな空港へ向かう便はことごとく満席であったし、仮にそれらが確保できたとしても、かなり高額な追加費用が必要になる可能性があった。結局のところ私ができたことは、この後に起こった出来事に対する心の準備を30分ほど早くできた、ということに過ぎない。

 列車は、予定通り12時56分に成田空港に到着した。こんなに重たい気分で成田に着いたのは初めてだ。けれども、まずはチェックインカウンターに行かないことにはどうにもならない。気を取り直して前に進む。だが、チェックインカウンターの前に待ち構えていたのは長蛇の列であった・・・。
 時は12月の中旬。多くの日本人にとって冬休みはまだ先の話だが、日本に滞在するヨーロッパの人々にとってはクリスマス休暇の時期であり、乗客の数は少なくなかった。その上、私もそうだが、アムステルダムを最終目的地にしている乗客は少なく、多くの乗客はそこからヨーロッパ各地に飛んで行く。チェックインカウンターではアムステルダム便の振り替えのみならず、乗り継ぎ便の振り替えも行う必要があった。そのため、この列は長いのみならず、遅々として前に進まないのである・・・。

 1時間、2時間と時間が無為に過ぎて行く。話し相手のいない一人旅はこういう時につらいのだと痛感する。3時間、4時間と時間がさらに経過する。気分だけでなく、体力的にも相当こたえるようになった。
 5時間経過。気力・体力の衰えに加えてトイレに行きたくなってきた。三重苦だ。そして6時間が過ぎた頃、ようやくカウンターが見えてきた。あともう少し。
 6時間30分後、やっとカウンターに到着。結局、翌日深夜のパリ行きの便に乗ることになった。

 20時前、空港からバスに乗り込み、航空会社の手配してくれたホテルに向かう。ホテルには同じ境遇の人々が多数収容されているためか、レストランは軒並み満席。近所に飲食店やコンビニもないので、自販機で買ったカップラーメンのみで夕食をすませる。後はただ眠るしかなかった。

<2日目>
 前日とは快適さにおいて比較にならないが、無為な時間を過ごすのは同じであった。15時過ぎ、ホテルを出て空港に向かう。アムステルダムを襲った寒波は、北ヨーロッパ全域にも襲いかかっており、この日にはパリ・ロンドン便にも遅れや欠航が相次いでいた。私の乗るパリ行きの便が欠航にならないことを祈るばかりだ。
 19時前、チェックインは予定通り始まったものの、出発時刻は30分遅れて22時25分になった。飛行機が離陸した瞬間、思わず安堵したのはこの時が初めてだ。

<3日目>
 約13時間のフライトの後、飛行機はパリの上空にさしかかる。夜明け前のパリの空を見ながら「翼よ、あれがパリの灯だ」と言ってみたくなるが、この「翼」は今まで数限りなくパリの灯を見てきたに違いないから、そんなことを言われてもさぞ迷惑であろう。
 飛行機は午前4時(日本時間マイナス8時間)にド・ゴール空港に着陸する。滑走路の上は除雪されていたものの、その周辺には雪がうっすら積もっている。エンジンからの風が路面の雪解け水を勢いよくはね上げる。
 ここでアテネ行きの便に乗り換えるわけだが、これは仁川やドバイで乗り換えるのとはだいぶ事情が異なる。なぜなら、これらの空港では基本的に同じターミナルの中でフロア移動だけすれば良いのに対して、ド・ゴール空港では乗り継ぎ便の発着ターミナルが全く異なるからだ。ヨーロッパ圏内を移動するには出入国審査が不要であり、成田-パリ便が名実とも国際線であるのに対し、パリ-アテネ間は言わば国内線みたいなものなのだ。このため、私は到着した国際線ターミナルを出る前に入国審査を受け、聞きしにまさる広いド・ゴール空港(「第2ターミナル」だけでも7つものターミナルが存在する)の中をてくてく歩いて、アテネ行きの出発するターミナルに移動せねばならなかった。外気はマイナス1度。空港内も暖房が十分効いているわけではないのでかなり寒い。フライトの遅延や欠航の割を食った人々であろうか、まだ閉まっているチケット売り場の前で大きな荷物を抱えたまま寝転んでいる人も少なくない。

 夜が明ける頃、止んでいたはずの雪が激しく降り始めたことに私は気づいた。やがて空港全体が白く覆われる。アテネ便が欠航したらどうしようか?だが、この先を考えるには私はあまりにも疲れていた。
 空港内の案内板には予定通りと表示されていたアテネ便であったが、搭乗予定時刻の9時30分を過ぎても全くコールされない。事ここに及んでようやく動揺し始めた乗客が搭乗口に詰め掛ける。外を見ると、アテネ行きの飛行機の上にもしっかりと雪が降り積もっている。点検のことなどを考えると、予定通りになる方がおかしいのだ。
 幸いにも20分ほどの後、搭乗のコールが行われた。飛行機は10時過ぎに動き始める。だが、なかなか滑走路に向かわない。そうするうちに1台の作業車が飛行機に近づくと、伸ばしたアームの先から赤みを帯びた液体を振り掛ける。どろっとした液体が窓の上を流れてゆくのは何ともグロテスクだ。これはどうやら凍結防止剤のようだ。11時20分過ぎ、飛行機はようやく離陸する。

 飛行機が下降を始めると、エーゲ海とそこに浮かぶ島々が現れる。飛行機はやがて海に面する大きな陸地に近づき、アテネ空港に着陸する。時刻は15時頃(日本時間マイナス7時間)だ。
 空港を出て、郊外鉄道の駅に行ったが、何と閉まっている・・・。ストライキのため、アテネの地下鉄・郊外鉄道が運休していたのだ。だが、今の私はこの程度のことなら何とも思わなくなっていた。
 残された公共交通はバスしかない。空港の到着ロビー前のバスチケット売り場は、予想通り大混雑であった。そして、やって来た2両連結の空港バスはあっという間に満員になってしまった。バスは16時20分に出発。アテネの中心部に近づくにつれて夕方のラッシュに巻き込まれ、バスは遅々として進まない。私はかろうじて座れたものの、1日目からの心身の疲労がピークに達していた。このまま旅を続けられるのだろうか?そんな弱音すら聞こえてくる。
 17時30分過ぎ、バスはようやくアテネの中心部・シンタグマ広場に到着する。広場はもちろん、市内の各通りはクリスマスのイルミネーションで飾られ、老若男女がこぞって繰り出している。日本のクリスマスとは異なり、層が厚く、人々の暮らしに根付いたお祭りである。そんなクリスマスに触れた瞬間、さっきまでの疲労や憂鬱がどこかに吹き飛んでいた。2日遅れになったものの、今ここで旅が始まったことを実感することができたからだ。

 そうなるとやはりお腹が空いてくる。久しぶりに歩くプラカの路地に少し迷ってしまったものの、お目当てのタベルナ街で夕食にありつく。ビールグリークサラダ、そしてケバブ。やっとめぐり会えたギリシャが胃袋を満たしてゆく。

続く
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