シルクロード鉄道旅行-第9弾(テヘラン→イスタンブール)(6)

カプキョイ→ワン(1)
カプキョイ→ワン埠頭

 列車はカプキョイを出ると、おそらくは標高2000メートルを超える高地から、徐々に山を下って行く。谷間には集落が点在し、羊が放牧されている。

 さて、この辺で予定時刻と実際の時刻がどの程度ずれているのか調べてみることにする。イランではそもそも時刻表を入手することができないので、日本から持参したThomas Cook "Overseas Timetable Summer 2009 Edition"を開く。それによると、テヘランを1日目の20時15分に出発したトランス・アジア・エクスプレスは、2日目の9時30分にはタブリーズを出発する予定になっている。確かにテヘランを出発したのは、ほぼ予定通りだが、前にも書いたようにタブリーズを出発したのは10時40分だ。さらに、ラジを出発するのは、予定が14時40分なのに対して、実際の出発時刻は16時9分。カプキョイの出発予定時刻は14時50分(トルコ時間)だが、実際には18時18分に出発している。予定より3時間30分も遅れているのだ。そもそも、これから目指すワン埠頭への到着予定時刻は17時3分。もうとっくに過ぎているのだ・・・。

 列車は西向きから北西へと進路を変え、19時11分にオザルプと思われる駅に到着する。山の斜面に、別荘風の瀟洒な造りの家が並んでいるのが印象的だ。Bさん達にとってもこの風景は珍しいらしく、興味津々に外を眺めては、しきりに話し合っている。そう言えば、チャードルやスカーフですっぽりと頭を覆っていたイランの女性達は、もうこの頃にはそれらをすっかり取り払っていた。彼女達にとって、外国への旅行は私達以上に大きな意味を持つことなのかもしれない。
 オザルプからは再び西に進む。太陽が沈み、次第に薄暗くなってゆく。山道をさらに下り、いくつものトンネルを抜ける。
 19時30分頃、夕食が配られる。メインは何と魚の缶詰だ。それにナンと飲み物がつく。フォークなどの食器は無い。昼までのリッチさは全くない。ワン埠頭への到着予定時刻から考えると、本来夕食が出る予定はなく、急遽出すことにした、いわば非常食なのだろう。Bさん達に予備のプラスチックフォークをもらい、缶詰を開けて食べてみると、それはツナだった。缶詰の大きさは、日本で通常売られているツナ缶の3倍はあるだろう。その上に、これもBさんからもらったライムのような果実を絞ってかける。ツナだけで、すっかり満腹になってしまった。初めての経験だ。
 その間、列車はエルチェク湖の東岸に出て、湖岸を南西に進む。外はもう真っ暗だから湖を見ることはできない。

 列車はしばらく闇の中をひた走るが、やがて灯りの群れが急に現れる。線路脇には人家が建ち並び、空き地には若者達が集まって火を焚き、賑やかな音楽をかけている。ついにワンの町に入ったのだ。ワンは、トルコ最大の湖・ワン湖の東岸に位置し、紀元前9世紀頃には既に高度な文明が栄え、その後もアナトリア東部の要衝であり続けた大きな町だ。列車はワンの市街地をゆっくりと抜け、20時38分にワン駅に到着する。
 列車はワン駅に停車したまま動く気配がない。やがて室内の照明も暗くなってきた。疲れているので、横にはなれないが、ひとまず眠ることにする。

 22時20分過ぎ、列車がしきりに警笛を鳴らす。まもなく出発する合図だ。駅構内に四散していた乗客達が呼び戻される。
 22時25分、列車はゆっくりと動き出す。町の中をゆっくりと抜けて、22時42分にワン湖のほとりの埠頭の入口に停車する。ここは駅ではなく、信号所のような所なのだろう。南側の線路脇には大きな駐車場があり、たくさんの車が停車している。北側の線路脇は、岸壁を隔てるともう湖だ。
 23時5分、列車が再び動き出し、埠頭の中に入って行く。埠頭の中は公園になっており、線路のすぐ脇の芝生には大勢の家族連れが腰を下ろしている。金曜の晩だから、こんなに遅くまで人出が多いのであろう。列車の姿を見た子供達が興奮している。
 23時10分、埠頭にある駅に到着する。ワン駅や埠頭で長い時間調整が行われたのはなぜか?そもそも、なぜ列車は埠頭に向かったのか?これらの疑問は、次回の記事で解決されるだろう。

続く
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カプキョイ→ワン


ワン


ワン埠頭

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