シルクロード鉄道旅行-第8弾(ブハラ→テヘラン)(6)

ニサ(1)
2日目

アシュガバッド(1)

 ホテルに着いてから、朝食をとったり少し休憩しただけで、すぐに出かける。
 アシュガバッドの中心部から幹線道路を西に向かう。道路には線路も並走している。トルクメニスタン西部のカスピ海沿岸の都市・トルクメンバシへ向かう線路であろう。

 20分ほど進むと、道路沿いに黄金の屋根を戴く巨大なモスクが現れる。ルーヒー・モスクだ。中は非常に広く、床には巨大な絨毯が敷き詰められており、壁や天井の真新しい装飾がキラキラ光っている。ここには最大で2万人を収容できるらしく、中央アジアで最大規模のモスクだ。しかし、この日が礼拝日でないためだろうか、私達以外に訪れる人はなく、ためにがらんとした巨大な空間がそこにいる者を圧倒する。
 モスクの隣は初代大統領のニヤゾフ氏とその家族が眠る霊廟である。実は、この場所こそニヤゾフ氏の生家であり、彼の家族が1948年の大地震で亡くなった所なのだ。廟の入口には2人の衛兵が直立しており、交代時間になると、ロンドンのバッキンガム宮殿よろしく、交代の儀式も行われるらしい。廟の中には、青い照明に照らし出されたニヤゾフ氏とその家族の墓標が並んでいるのだが、壁際には手でがれきを支える「聖母像」のような像が立っている。これはニヤゾフ氏の母親を表しており、彼女は崩れ行く自宅の中で、自分の命を犠牲にして息子を救ったとされている。
 モスクも霊廟もニヤゾフ氏の生前から建設していたそうだが、彼が亡くなった2006年に完成した。

 ルーヒー・モスクから道路をさらに西に進み、やがて道を南に折れる。一面が草花に覆われた田園地帯を進む。そして、カーブの続く丘陵地帯に入ると、草に覆われた土塁が現れる。ニサの遺跡だ。
 この遺跡は、パルティア王国の初期の都として知られ(遺跡自体はパルティア期以前から存在したようだ)、現在では世界遺産にも登録されている。パルティアは、紀元前3世紀にイラン北東部から勃興し、やがてイラン全土とその周辺を支配した巨大な王国だ。ニサは王宮のあった「旧ニサ」と一般の人々が居住した「新ニサ」に分かれているが、私が訪れたのは「旧ニサ」の方である。
 重要な遺跡なのだが、毎年秋に行われる発掘は全体の20%程度しか進んでおらず、まだ全貌はわかっていないらしい。それでも、象牙に人面を描いた酒盃など重要な遺物が既に発掘されており、日干しレンガを使って建物の壁を修復する作業も進んでいる。パルティア王の玉座があったとされる「王の間」には、柱が一部残っており、古代へのロマンをかきたてる。
 ここから見るコペット・ダグ山脈の眺めも素晴らしい。この山々から流れる地下水がニサの人々を潤し、今でもアシュガバッドの水源になっているそうだ。そして、この山々を越えると、そこはもうイランである。

 ニサからアシュガバッドの中心部に戻り、絨毯博物館に行く。トルクメニスタンは昔から独特の羊毛絨毯を生産することで知られていた。伝統的な絨毯は、赤地に各部族のマークを織り込んだものだ。トルクメニスタンには主な部族が5つあり、この5つのマークはトルクメニスタンの国旗にも描かれている。博物館内にはたくさんの伝統的絨毯が壁に掛けられ、台の上にも絨毯がたくさん積まれていた。伝統的絨毯以外にも物語の一節や風景を描いた絵画風のものもある。びっくりするのは、ギネスブックに認定されたという巨大絨毯だ。正確な大きさは忘れてしまったが、縦横共に10メートルを越える巨大なもので、重さは1トン近くあるそうだ。もちろん全て手作業で作られている。これが、1階から3階まで吹き抜けになった部屋に架かっていて、劇場の巨大な幕のように見える。こうした巨大絨毯は、これを含めて既に5つもあるそうだ(全て「国威発揚」のために近年作られたものだ)。
 このように良い絨毯を見せられると欲しくなるのが観光客の人情というものである。だから、博物館のすぐそばには国営の絨毯ショップがちゃんと営業している。Nさんによると、絨毯はバザールなどでも購入できるが、出国時の持ち出し手続きが面倒で、その点国営ショップの商品は持ち出し手続きが省略できて便利なのだそうだ。そういうわけで、私も1つ買ってしまった。テッケ族という部族のマークが折られた伝統的な絨毯だ。値段は他の店で買うよりも割高(関税も含まれている)らしい。

 ようやく昼食だ。スープ代わりにラグマン、そして羊のケバブを食べる。ラグマンの麺はインスタントラーメンのようだ・・・。羊のケバブは、しっかり脂肪のついた骨付き肉で、これはもうスペアリブである。

 朝は気持ちよく晴れていたのだが、昼食の間に空はすっかり曇ってしまった。アシュガバッドの最も中心部にある独立公園に行く。ここに立っているのが中立のアーチだ。これは1995年にトルクメニスタンが「永世中立国」となったことを記念して建てられた塔で、塔の上にはニヤゾフ氏の金色の像が立っている。塔の足を斜めに登るエレベーターに乗り、中層階に登る。2009年5月現在、そこから上には登ることはできない。
 だが、中層階からでもアシュガバッドの中心部を眺めるには十分だ。整然と並ぶ真新しい政府関係の建物、特に大統領府は黄金の屋根を戴いている。しかし、通りを歩く人影がほとんど見えないのは何とも寂しい・・・
 中立のアーチの隣の建物は地震博物館で、1948年の大地震関連の資料が展示されているらしい。建物の上の、角の先に地球を戴く牛(地震を象徴しているらしい)の像が面白い。

 ホテルに戻った後、強い夕立が町を襲う。それが止んで夕日が射してきてから、一人で外に出る。ホテル近くの公園で大きな屋台レストランに入る。ケバブを炭火で焼く良い匂いが漂ってくる。ビール(ロシア製)を飲み、牛のケバブを食べる。牛のケバブを薬味と一緒に薄皮に包んで食べるのもウズベキスタンと同じだ。ビールにとても良く合う。値段が安いためか、屋台は仕事帰り風の地元の人々で賑っている。ようやくほっとする風景に出会えた気がした。

続く
目次へ

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック