シルクロード鉄道旅行-第8弾(ブハラ→テヘラン)(5)

トルクメナバット→マリー間(3)
トルクメナバット→アシュガバッド

 15時30分過ぎ、トルクメナバット駅に着く。駅舎は建て替えられたばかりらしく、真新しい感じがする。あまり広くはないが、天井は高い。入口の上には初代大統領のニヤゾフ氏の肖像が掲げられている。その後もニヤゾフ氏の肖像が掲げられた施設をいくつも見ることになるが、このような場所は軍の管理下にあることを示しており、原則として写真撮影は不可である。そういう訳で、駅などの鉄道施設や列車の写真は一切撮れなかったのだ。

 16時過ぎ、トルクメニスタンの首都アシュガバッド行きのN4列車が入線する。ディーゼル機関車に牽引された10両編成だ。真新しい機関車は中国製で、青みがかった白地に「TURKMENISTAN」と大きく書いてある。ウズベキスタンの電気機関車(これも中国製なので、同じメーカーか?)にとてもよく似たデザインだ。白地に赤のストライプが入った車両も中国製で、ほとんど新品だ。
 検札方法はウズベキスタンと同様で、ホームの入口で切符のチェックを受けた後、各車両の入口で車掌さんのチェックを受ける。私とガイドのNさんは後ろから4両目に乗る。ここは1等車で、二人用のコンパートメントになっている。室内のデザインはカザフスタン・ウズベキスタンと同様だが(向かい合って並んだ座席兼ベッド、窓際のテーブル、座席の下と天井付近の荷物置き場などなど)、新しい分だけ気持ちが良い。

 16時42分、定刻よりやや遅れてN4列車が発車する。まもなく車掌さんがやって来てシーツ代を徴収するのも、見慣れた光景だ。Nさんは十数年ぶりに列車に乗るらしく(ガイドとしては初めて)、少しわくわくしているようだ。それは、トルクメニスタンを旅行する手段として、列車があまり利用されていないということなのかもしれない。
 トルクメナバットの近郊ではまだ田園風景が見られたものの、次第に辺りは乾燥した土地へと変わってゆく。時折ラクダの姿も見える。トルクメニスタンの国土の大部分を覆うカラクーム砂漠の南東部を列車は走っているのだ。ほぼ30分おきに小さな駅に停車する。乗り降りする人はほとんどいないが、ホームの上や停車している貨物列車の陰から、老若男女を問わず好奇心に満ちた視線が列車に注がれる。この辺りを通る旅客列車は一日に数本。珍しいのも無理はない。

 夕食にはピロシキを食べる。昼食を食べたトルクメナバットのレストランで買ったものだ。食べ終わった頃、太陽が西の空に沈もうとしていた初めて中央アジアの地に入った時も大平原に沈む素晴らしい夕日を見たが、中央アジア最後の鉄道の旅で夕日を拝むことができたのは、本当に幸せなことだと思う。
 20時頃、太陽は没し、砂漠は闇に包まれようとしている。日本を出発して丸一日、私はまともな休息をしていなかったので、早くも横になってしまう。そしてすぐに眠りに落ちる。

 この後、列車がいつ・どこに着いたのか、予定でも良いから書いてみたいのだが、今回はそれすらも難しい。なぜなら、カザフスタンやウズベキスタンの列車は、インターネットで簡単に時刻表を入手できたのだが、トルクメニスタンの列車については、どんな列車が運行されているのかすらインターネットで公開されていないようだ。もちろん、現地でも時刻表は入手できない。トルクメナバットのような大きな駅では予定出発時刻が掲示されているが、到着時刻については当日にならないとわからないのである・・・。ちなみに、N4列車が出発した時点において、アシュガバッドの到着予定時刻は明朝5時30分であった。
 確かに言えることは、列車はカラクーム砂漠の南東部を横切って、砂漠の南縁にあるマリーやテジェンなどの都市を通ったこと、そしてマリーとテジェンの間でイラン国境のサラフスへと向かう線路と分岐したことである。


 朝の5時に起床する。窓の外には、薄闇に包まれた平坦な砂漠の風景が広がる。線路に並走する道路を行く大型コンテナのヘッドライトが、単調な風景に時折アクセントを与える。しばらくして車掌さんがやって来た。アシュガバッドの到着時刻は1時間遅れて6時30分になったらしい・・・。しかし、シーツは回収されてしまう。
 次第に空は明るみ始め、辺りには小さな町が点在するようになる。6時過ぎ、辺りには緑とそして市街地が広がるようになる。もうアシュガバッドの近郊なのだ。列車はアシュガバッドの手前で15分ほど停車した後、アシュガバッド中心部に入る。そして6時55分にアシュガバッド駅に到着する。トルクメナバットから約600km・14時間ほどの旅、そしてシルクロード鉄道旅行では中央アジア最後の鉄道の旅が終わる。
 ホーム上は、列車から一斉に降り立った人々でごった返す。駅舎の広さはトルクメナバット駅より少し広い程度だが、駅舎の上には立派な時計台が建ち、さらにその上には黄金の尖塔が天に向かって聳えている。駅前では多数のタクシーが乗客を拾おうとするものの、駐車スペースが少なく、交通整理する警官の笛が鳴りっぱなしだ。

 私達は、迎えに来た車に乗って、市内のホテルに向かう。

続く
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この記事へのコメント

伝蔵
2009年06月20日 12:18
こんにちは。ご無沙汰しまして。
ドストゥク・伝蔵です。
久しぶりに拝見したら、どんどん進まれているではありませんか。
それも懸案だったトゥルクメニスタンを走破されたようで、おめでとうございます。
でも、そうですか。
体制上写真撮影の規制が多かったみたいで、写真が少ないのが少し残念です。
でもでも、続きの行程を楽しみにしております。
伝蔵
2009年06月21日 13:31
伝蔵さん、ご無沙汰です。
鉄道関係以外の観光地は写真OKだったので(ただし有料)、そちらの写真はたくさん出していきます。

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