シルクロード鉄道旅行-第8弾(ブハラ→テヘラン)(4)

バザール(トルクメナバット)
ファラブ→トルクメナバット(閉ざされた鉄路 その2)

 車に乗って、再び荒野を走り始める。あまり広くはない道路だが、同じく越境してきたらしい大きなコンテナが何台も走っている。道路は北へと折れ、しばらくするとようやく踏切が現れる。もちろんファラブからの線路だ。踏切には見張り小屋があり、どうやらゲートを手動で開閉しているらしい(その後も何度か踏切を見たが、いずれにも小屋があった)。やがて、路上にコンテナの大行列が現れる。道路の大渋滞を予感して憂鬱な気分になりかけたが、車はコンテナの脇を素通りして先に進む。道は再び西に折れる。砂埃がひどく、視界が遮られる。そこを抜けると、目の前には泥で濁った大きな川が見えた。中央アジアの大河・アムダリヤだ。水面から道路までの間がほとんどない。どうやら浮橋らしい。コンテナが大行列を作っていたのは、橋の通行に制限があるからなのだろう。
 ふと左を見ると、道路のすぐ上流に鉄橋(後で聞いたところ、長さは150メートルほど)が架かっており、その上には線路が渡されている。しかも、ディーゼル機関車に牽引された列車がその時ちょうど鉄橋を渡っていたのだ!思わずカメラを取り出す。だが、Nさんがそれを制止した。橋は軍の管理下にあり、写真撮影は不可とのことであった・・・。
 橋を渡って軍の検問所を抜けると、またひどい砂埃に見舞われる。河岸の土が乾燥して舞い上がっているようだ。反対車線では、案の定コンテナが大行列を作っている。

 しばらく進むと、辺りには住宅や工場が密集するようになる。道路を左に折れ、線路をまたぐ陸橋を渡って、ようやくトルクメナバットの中心部に到着する。トルクメナバットはトルクメニスタン有数の大都市で、かつてはチャルジョウと呼ばれていた。今でも古い地図には「チャルジョウ」と記載されている。ブハラから約130km、ウズベキスタン-トルクメニスタン間の「閉ざされた鉄路」の旅が終わる。通りには明るい緑色の制服を着た子供達の姿や、緑色に塗装された建物が目立つ。明るい緑色はトルクメニスタンの国旗の色なのだ。
 時刻は13時を過ぎたので、街中のレストランで食事する。羊と野菜の煮込みスープと牛ひき肉のケバブを食べる(ナンは必ずセットになっている)。トルクメニスタンの料理は、ウズベキスタンとほぼ同じようだ。トルクメニスタンの通貨はモナットと言い、1ドルが約2.8モナット(2009年5月時点の実勢レート)である。レストランでまともな食事をしようとすると20~30モナットもするので、決して安いとは言えない。そのためか、昼時なのにレストランは閑散としている。サラリーマンも多くは家で昼食をとるらしい。

 トルクメナバットは大きな町だが特に観光名所もないので、バザールをぶらつきながら時間をつぶし、そして駅へと向かう。

続く
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