シルクロード鉄道旅行-第6弾(アルマティ→サマルカンド)(12)

アク・サライ宮殿跡(1)
7日目

シャフリサーブス

 体調はまだ完全ではないが、かなり回復してきた。朝食を食べても特に問題は無い。予定通り、この日はサマルカンド南郊の町シャフリサーブスに向かう。

 今回の旅行で初めてタクシーではなく専用車に乗る。タクシーに比べると、やはり乗り心地が良い。サマルカンドを出ると、辺りは緑のまばらな草原に変わる。はるか前方にはザラフシャン山脈が見える。やがて牛やロバがのんびりと道路を横断する田舎道となり、検問所を通過する。州の境に検問所があるのはカザフスタンと同様で、これもソ連時代の名残のようだ。
 道は次第に急カーブの連続する険しい山道となる。これからタフタカラチャ峠を上り、ザラフシャン山脈を越えるのだ。いくつものカーブを超え、タフタカラチャ峠の頂上に到着。峠からの眺望は素晴らしい。
 上りと同様に下りにも急カーブが続く。山道を下りた所で再び検問所を通過。沿道には再び緑が目立つようになる。ほどなくシャフリサーブスに到着。

 「緑の町」という意味を持つシャフリサーブスは、のんびりとした田舎町なのだが、この町を有名にし、そして私が目指して行くものはティムールの建てた遺跡群である。1336年、当時ケシュと呼ばれたこの町に生まれたのがティムールであり、サマルカンドを中心に一大帝国を築いた後に豪華な宮殿や廟群を故郷に建てたのだ。
 しかし、16世紀後半にブハラのアブドゥル・ハンによって、これらの遺跡の多くが破壊されてしまった。アブドゥル・ハンが、ここをサマルカンドと勘違いしたため、とも言われている。

 まずはアク・サライ宮殿跡に行く。今では大きな公園になっていて、巨大なアーチの一部と地面の下から発掘された床のタイルが、かつての巨大宮殿の名残を留めている。アーチには登ることもできる。その屋上(と言っても往時よりは低くなっているらしい)からは、はるか遠くを見渡すことができる。
 公園の中央にあるティムール像の前を目指して、何組もの婚礼パレードが集結しようとしている。ラッパ奏者がそれぞれのパレードを先導している。太鼓などの鳴り物の音も響きわたる。何組もいるので、かなり賑やかだ。ウズベキスタンでは8月が結婚シーズンなので、このような光景が見られるらしい。

 次に訪れたのは静かなモスク。と思ったら、その庭を抜けて遺跡にたどり着く。そこはドルッサオダット建築群と呼ばれる場所だった。今ではティムールの長男ジャハンギールを祀ったくらいしか目立つ建物はないが、かつては周辺に広大な建築群が建っていたそうだ。
 そんな建築群の一画に小さな小屋が建っている。小屋の中は地下への階段だ。下りてみると、そこには巨大な石棺。実はティムールが自分用に作らせた石棺なのだが、彼は結局ここに入ることはできず、サマルカンドのグリ・アミール廟に葬られることになる。この地下室には湿気が充満していて、とても長居はできない。

 ドルッサオダット建築群から小道を歩いて行くと、前方に青く美しいドームが見える。これがドルッティロヴァット建築群で、1つのモスクと2つの廟から成る。シャフリサーブスの遺跡の中では損傷の少ない所だが、それでも内装を中心として修復の手が入っている。

 一通り観光を終えて昼食へ。久々にまともな食事ができそうだ。出てきたのはラグマンと呼ばれるうどんだ。見た目はとても辛そうだが、実は全く辛くない。

 昼食後、再びザラフシャン山脈を越えてサマルカンドに戻る。4日間お世話になったガイドさんとも別れる。ホテルに戻って、前日に買ったメロンを食べる。甘い!の一言に尽きる。確かに真夏のウズベキスタンは厳しい。だが、このメロンは真夏でなければ食べられない。これまでの労苦が報われた、そんな一時だった。

 夜、初めて1人でサマルカンドの街を歩く。昼間は街を歩く人の姿はまばらなのに、夜はどこから来たのか不思議なくらい人通りが多い。昼間は見かけることのなかった子供達の姿も目立つ。オアシスの人々にとって、夜は安らぎの時間なのだろう。
 レギスタン広場に行く。音楽祭の準備のためだろうか、広場の中央付近に照明が付けられている。闇夜に浮かび上がるアーチの姿が幻想的だ。
 地元の人々で賑う公園のベンチに座って、ぼんやりと星空を見上げる。雲の無い空いっぱいに星が広がる。これが、ウルグベクの見た「サマルカンドの星」であるのに違いない。

続く
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