シルクロード鉄道旅行-第3弾(蘭州→ウルムチ)(10)

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トルファン紀行(3)

 午後は、トルファン東郊の見どころを見学する。トルファンから東へ向かう道路の北側には、火焔山が長く連なる。孫悟空が燃え盛る火を消したと伝えられるこの山は、東西100kmにも及ぶと言う。この壮大な風景の見学は後でじっくりすることにして、先へと向かう。

 やがて車は火焔山麓の渓谷へと入る。眼前に広がる赤い山肌は、本当に火を思わせる。谷の奥にあるのはベゼクリク千仏堂だ。ここは、麹氏高昌国の時代(6世紀)から西ウイグル国が栄えた時代(9世紀)の貴族用の寺院跡である。渓谷上の崖に数十の石窟が並んでいる。石窟の中には見事な仏教絵画があるはずなのだが・・・。
 確かに石窟内には数々の仏画が描かれていた。しかし、仏の目が削られていたり、絵の上に泥が塗られたり(イスラム教の影響による)、丸ごと引き剥されていたり(各国探検隊の仕業)、破壊の跡の方が印象に残ったのであった。
 しかし周囲を山々に囲まれ、谷川に面するここのロケーションは抜群である。俗世を忘れて祈りに専念するには適した場所だったのだろう。

 次いで向かったのは高昌故城だ。漢代に造営されたというこの城には、麹氏高昌国が都を置き、その後も主を変えながら13世紀まで栄えた町らしい。だから面積も半端ではなく、周囲は5km以上にも及ぶそうだ。ただ残った遺構の損傷がひどく、比較的修復の進んでいる宮城内の仏塔周辺を見学する。広いので歩くのは大変というわけで、ロバ車に乗って宮城へ向かう。それほどの人数は乗れないロバ車に乗り合わせたのは、偶然にも2人の日本人の女性だった。そう言えば上海に着いて以降、日本人に遭遇するのは初めてである。久々のネイティブな日本語の会話が心和ませる。もちろん舗装もされていない道だから、ロバ車はひどく揺れる。かつてこの町が栄えていた頃も、人々はこんな乗り物に乗って町中を移動していたのだろうか、などと想像するのも楽しい。
 修復が進んでいるとは言え、ここの仏塔は交河故城のそれよりも立派である。その隣には、かつて三蔵法師も説法したという講堂があった。今は静寂に包まれているこの場所に立って、数百名にも及んだという説法の聴衆の熱気を想像する。

 日暮れも近くなる頃、アスターナ古墳群へ行く。高昌故城で会った2人に、またまた偶然にも居合わせたので、一緒に見学する。ここは高昌国と唐の時代の住民の墓で、公開されているのは3基なのだが、1基は工事中とのこと。残る2基は、裕福な商人と将軍の墓だった。そういうわけだから、古墳内には立派な壁画が残っている。そしてミイラも残っている。ミイラになったのは、単にこの地方が乾燥しているからだそうだが・・・。

 トルファンの主要な見どころは全て見終えて、車はトルファンの町へ向けて走り出す。

続く
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